第83回:ジュネーブショーよもやま話 「コンパニオンのウロコ!?」と「世界一カッコいい男」
2009.03.21 マッキナ あらモーダ!第83回:ジュネーブショーよもやま話「コンパニオンのウロコ!?」と「世界一カッコいい男」
「i」があふれる会場
2009年3月15日に閉幕したジュネーブモーターショーの入場者数は、前年比9.3%減の64万8000人。主催者の事前予想は70万人と、昨年よりもやや少なく見積もっていたが、それをも下回ったかたちだ。
しかしショーとしては、今回も十分楽しませていただいた。
話題のモデルについてはさまざまなメディアで紹介されているので、本稿ではそれ以外の風景を切り取ることで、親愛なる読者の皆さんに会場のムードを宅配して差し上げたいと思う。
まず気になったのは、「i」を使ったネーミングの多さである。既存モデル、量産車、コンセプトカーを含めると「iQ」(トヨタ)や「i MiEV」(三菱)「i20」(ヒュンダイ)、「ix-onic」(ヒュンダイのコンセプトカー)、「iChange」(Rinspeed社の電気自動車のコンセプトカー)ときたもんだ。
どれが先発でどれが後発などと目くじらをたてて議論するのはともかく、その背景にあるのはやはり「iPod」の成功であろう。
ついでにいうと、フォルクスワーゲンはブース内に「iPod touch」を用意していた。そこでは、ジャーナリストのおじさんたちが仕事を忘れて遊んでいるではないか。覗けば、今回発表された新型「ポロ」が登場するシュミレーションゲーム「フォルクスワーゲン・ポロ・チャレンジ」というゲームだった。iTunesなどを通じて3月中旬から無料配布されるという。
「最近じゃ、ヨーロッパも流行に流されるなんて情けないねェ」と嘆くなかれ。
考えてみれば、19世紀末のウィーンでは動物園にキリンがやってきたとき、「キリン」と名のついたものがたくさん街に溢れ、ついには「キリンワルツ」まで作曲されたという。ヒット商品にあやかるのは、欧州でも今に始まったことではないのである。
いっぽう、ホンダは新型「インサイト」のお披露目におなじみの「ASIMO(アシモ)」を活用していた。1日2回のショー形式である。
日本では9年前のデビュー時にあれだけ騒がれながら、ここのところ注目度は、本木雅弘に負けてるアシモ。だが、ヨーロッパの観衆はまだまだ驚きの眼差しとともに、彼の一挙手一投足に釘付けになっていた。
「i」にこだわるのもいいけれど、技術を誇る企業のプロモーションとしては、アシモ活用のほうが正攻法であるとボク自身は思う。ついでにいえば、そこがジュネーブにもかかわらずアシモが“お辞儀”を欠かさないところは、海外赴任したての邦人社員のようで微笑ましかった。
「ローコスト」だけじゃない!
中国車の品質向上も顕著だった。昨年のショーでブリリアンス(華晨汽車)の高級車は、プレスデイだというのに早くもグローブボックスが閉まらなくなっていた。しかし今回は問題なし。よく観察するとフタのロック部分が改善されていた。操作系の質感など、まだまだ世界の高級車水準には及ばないが、2年前の初出展のときからすると着実に向上している。こうした改良のペースは、1980年代から90年代初頭の韓国車を彷彿とさせる。
そんなことを考えながら見ていたら、その熱心さが買われたのだろうか、ブリリアンスのヨーロッパ人スタッフが「福」文字入りの飾りをボクにプレゼントしてくれた。が、残念だったのは、縫製が悪くて、あっという間に「福」の文字がなくなってしまったことだった。運がついていない自分を象徴するようで悲しくなってしまった。景品の品質向上も望みたいところである。
向上といえばルーマニアの「ダチア」が、初の本格的ショーカーを発表したことも忘れてはいけない。「ダスター」と名づけられたそのモデルは、首都ブカレストにあるルノー欧州デザインセンターと、パリ近郊のギアンクールにあるルノー・デザイン技術センターとの合作である。ダチアの堅牢性を表現しつつ、スポーツマインドをプラスしたクロスオーバーという。
1999年に正式にルノーグループ入りしたダチアは、2004年にローコストカー「ロガン」を投入。当初、12カ国で9万6300台だった販売台数を、昨2008年には50カ国で25万7000台にまで増やした。
なにより今回のショーにおいて「ダチア・ダスター」は、ルノーグループで唯一の本格的コンセプトカーであったことも特筆すべきだろう。
かくも何気ない小ネタともいえる事象を面白がっているうちに新しい潮流が感じられる。モーターショーはまだまだ捨てたものではない。
フィアットのブースで
と思いながら会場を見渡すと、あちこちに不思議な物体が落ちている。白い物体のそれは、マンドリンを弾くときのピックに見えた。いや、ウロコのようにも見える。それは、非常口に向かって点々と落ちている。
もしやレマン湖の人魚? と思ってしばらく歩いていると、その正体がわかった。フィアットのコンパニオンが着ている衣装から剥がれ落ちたものだった。
非常口に向かって落ちていたのは、彼女たちのブーツが原因。ヒールがあまりに高くて痛いらしく、ときおりスタンドを離れて休憩に向かう途中に、「ウロコ」をまいていたのだった。
疑問が氷解してホッとした瞬間、フィアットブースを「スーパースター」が通りかかった。それは、ラポ・エルカン氏(31才)である。
フィアット名誉会長だった故ジョヴァンニ・アニエッリの孫で、現在フィアットグループ副会長を務めるジョン・エルカンの1つ年下の弟だ。フィアット在籍中は主にマーケティングを担当。ディレクターとして、FIAT文字をあしらった若者向けアイテムを展開した。従来イタリアで「オヤジブランド」だったフィアットイメージの若返りに成功したほか、新型「500」の企画にも大きく貢献した。
その後フィアットを退職し、自らのファッションブランド「イタリア・インディペンデント」を立ち上げて現在にいたる。ファッションリーダーとしても知られ、過去にヴァニティ・フェア誌で「世界一カッコいい男」に選ばれ、表紙を飾ったりしている。
彼のブログ内のジュネーブショー訪問記には、「気に入ったのはフィアット『500C』と『500 DIESEL』。500は、もはや自動車界のスーパーヒーローだ」と綴られている。
ボクが「写真撮らせてください」と声をかけると、超有名人にもかかわらず快く「フィアット500 DIESEL」の前に収まってくれた。見た目は以前にも増してコワいが、そのフランクさに育ちの良さを感じる。そればかりか「次は一緒に撮ろうぜ」というラポの提案で、ご覧の写真となった。見返してみると、筆者はラポよりも10歳以上も年上というのに、彼が漂わせる迫力にビビり、顔がひきつっている。来年はラポに会っても怖気づかぬよう、髪とヒゲを伸ばそうかと思い始めたのであるが、ボクがやっても「不精」と言われておしまいなところが悔しい。それどころか気がつけば、自分の歩く姿は限りなく「アシモ」に似ていたのだった。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第925回:やめよう! 「免許持ってないのかよ」ハラスメント 2025.8.28 イタリアでも進んでいるという、若者のクルマ&運転免許離れ。免許を持っていない彼らに対し、私たちはどう接するべきなのか? かの地に住むコラムニストの大矢アキオ氏が、「免許持ってないのかよ」とあざ笑う大人の悪習に物申す。
-
第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道 2025.8.21 イタリア在住の大矢アキオが、シエナのワイナリーで元気に働く初代「フィアット・パンダ4×4」を発見。シンプルな構造とメンテナンスのしやすさから、今もかくしゃくと動き続けるその姿に、“自動車のあるべき姿”を思った。
-
第923回:エルコレ・スパーダ逝去 伝説のデザイナーの足跡を回顧する 2025.8.14 ザガートやI.DE.Aなどを渡り歩き、あまたの名車を輩出したデザイナーのエルコレ・スパーダ氏が逝去した。氏の作品を振り返るとともに、天才がセンスのおもむくままに筆を走らせられ、イタリアの量産車デザインが最後の輝きを放っていた時代に思いをはせた。
-
第922回:増殖したブランド・消えたブランド 2025年「太陽の道」の風景 2025.8.7 勢いの衰えぬ“パンディーナ”に、頭打ちの電気自動車。鮮明となりつつある、中国勢の勝ち組と負け組……。イタリア在住の大矢アキオが、アウトストラーダを往来するクルマを観察。そこから見えてきた、かの地の自動車事情をリポートする。
-
第921回:パワーユニット変更に翻弄されたクルマたち ――新型「フィアット500ハイブリッド」登場を機に 2025.7.31 電気自動車にエンジンを搭載!? 戦略の転換が生んだ新型「フィアット500ハイブリッド」は成功を得られるのか? イタリア在住の大矢アキオが、時代の都合で心臓部を置き換えた歴代車種の例を振り返り、“エンジン+MT”という逆張りな一台の未来を考察した。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。