BMW M3セダン(FR/7AT)【試乗記】
M3の大本命 2009.01.06 試乗記 BMW M3セダン(FR/7AT)……1101万5000円
2ペダルMTモデルが選べるようになった「BMW M3セダン」。
新しいトランスミッションは、ハイパフォーマンスセダンの走りにどんな変化をもたらすのか?
あくまでMT
主役があとから登場するというのは、お芝居の世界などでもよくあること。2007年9月の「M3クーペ」発表から半年以上を経て、M3シリーズのラインナップに、これぞ主役!といいたくなるモデルが並んだ。それが、今回試乗した「M3セダン」の「M DCTドライブロジック」バージョンだ。
ポイントは、7段のツインクラッチトランスミッション。すでに欧州メーカーではフォルクスワーゲンやポルシェなどが採用。国産車でも「日産GT-R」や「三菱ランサーエボリューションX」といったハイパフォーマンスカーに同様の機構が使われている。今さら説明の必要はないかもしれないが、ひとことでいってしまえば、ひとつのエンジンにふたつのマニュアルトランスミッションが組み合わされているようなもので、1-3-5-7速(とリバース)のギアセットに、2-4-6速のギアセットと、ふたつのクラッチを制御して変速を行う。スムーズかつ途切れることのない加速特性が持ち味だ。
乗り込んで、始動を試みる。と、ありもしないクラッチペダルを踏もうとした。MTモデルではないとわかっていても、エンジンをかける時にブレーキペダルを踏んでみると、その配置と大きさがMTモデルと変わらないので、ついつい勘違いしてしまう。ツインクラッチ方式を採用したクルマはほかにもあるといったが、多くは、オートマ車のように大ぶりなブレーキペダルを備える。だがM3のそれは小ぶりで、MTモデルの3つのペダルからクラッチペダルだけを取り去ったようなもの。左足の前方はガランと空いている。
ラクするだけの道具じゃない
ギアをローに入れて走り出す。発進は、40.8kgmの大トルクを発生するエンジンとは思えないほど穏やか。しかも、ラフにアクセルを踏んでもガクガクと雑なマナーを見せることもない。相当走りこんで味付けを煮詰めたな!と感じられる瞬間だ。
さらに加速を続け、ギアが1速から2速、3速へと変わる。変速のたびにクラッチを切るMTでは、動力が断たれて加速が途切れるというだけでなく、首が前後に動くほど体感上のG変化がある。だがDCTでは加速が途切れることもなければ、そのような変速ショックも皆無だ。強烈な加速を実現しつつ、体にも優しいのがいいところ。
このように、トルコン式のオートマと同等の扱い易さと快適性をあわせもつのは確認できた。しかし、これはまだDCTの表面上の魅力でしかない。いざスポーツ走行を試みれば、さらに多くの魅力があふれ出す。まず、全体を通じての「ダイレクト感」。アクセルを操作してエンジン出力が変わるのはATも同様だが、トルコンではなくクラッチで直接動力を伝えるからこそ、タイヤの駆動をダイレクトに操作している感覚が味わえる。ひいては、クルマの姿勢を細かくコントロールできるのだ。
もうひとつは、「ドライブロジック」と呼ばれる機構がもたらす乗り味。5段階に調整できるドライブロジックを、最もスポーティなモードに変更すると、クラッチを切っている時間がうんと短くなり、ドライビングに適度な刺激が加わる。アクセルを深く踏み込めば、シフトショックを伴いながら、クルマはグンッ後ろから押し出されるようになる。これは、次のギアに対して適切なところまでエンジン回転数を落とす間もなく次のギアセットのクラッチが繋がり、生じているのだろう。今まで経験したどのツインクラッチモデルよりも、変速のスピードは速く、強烈な加速は途切れない。
ビーエムらしいメカニズム
これらペダルの造りや、シフトショックをあえて設ける味付けなどから感じるのは、BMWがこのツインクラッチシステムを、ATではなくあくまでMTの延長線上にあるトランスミッションとして造り上げているということだ。
つまり、M3のキャラクターに合わせ、速さをさらに際立たせるために、そしてスポーツ性を高めるための手段。操作上の快適性は、おまけとして付いてきた付加価値でしかない、とすら感じるのだ。
現にこのDCTを使って走り慣れたワインディングを走ると、MT仕様のM3よりも気持ち良く、そして速く走れる。加速が途切れないから、というのはもちろん。シフトショックによる姿勢の乱れが少ないから4つのタイヤを巧みに使ってスポーティに、気持ち良く走れるワケだ。特に後者は、50:50の前後重量配分にこだわってクルマを造るなど、走行中のバランスの乱れを防ごうとするBMWにふさわしいポイントといえよう。
さて付加価値とは表現したものの、快適性の向上も個人的には大いに魅力的。同乗者は楽に乗っていられるようになったわけだし……今回試乗したM3セダンは、DCTが開発されたからこそ日本導入に踏み切れたのだと予想する。
ユーザーになるのは、クーペではなく、あえてリアドアをもつセダンタイプのハイパフォーマンスカーを選ぶ方々。実用性を重視するなら、DCTは外せない。まさにあとから登場した主役のごとく、その存在はM3の魅力を一段と高めることとなった。
(文=五味康隆/写真=菊池貴之)

五味 康隆
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