BMW M3セダン コンペティション(FR/7AT)
“M”の集大成 2017.12.21 試乗記 BMW伝統の高性能セダン「M3」に、さらに動力性能を突き詰めた上級グレード「コンペティション」が登場。よりパワフルなエンジンと専用チューニングの足まわり、そして多彩なセッティングを可能にする可変制御システムがかなえる走りを試す。お得になったハイパフォーマンス
M3には現在、2種のグレードがある。現行ラインナップとなったのは2017年5月9日のことだ。M3(とクーペの「M4」)全体がマイナーチェンジされて、アダプティブLEDヘッドライトやハーマンカードンのオーディオ、カーボン内装トリムなどが標準化されたのと同時に、今回の主題である上級の「M3コンペティション」が追加となった。
素のM3とコンペティションのちがいは、以前にあったオプションの「コンペティションパッケージ」の内容と実質的に同じ。機能面では、専用の鍛造20インチホイール+20インチタイヤや、制御変更と専用エキゾーストによりノーマル比で19ps増強した高出力エンジンに加え、標準装備されるアダプティブMサスペンション、横滑り防止装置のDSC、アクティブMディファレンシャルがそれぞれ専用セッティングになる。
加えて内外装でも、高輝度ブラック仕上げのキドニーグリルとブラッククロームのテールパイプ、青/赤のMストライプが織り込まれたシートベルト、軽量構造の専用スポーツシートが備わる。
ちなみに、マイチェン直前のM3の本体価格は1163万円、コンペティションパッケージのオプション価格は98万1000円だった。これを合計すると1261万1000円だ。対して、最新のM3コンペティションは1256万円だから、マイチェンによる装備充実が図られながらも、額面では5万1000円の値下げとなった。それどころか、素のM3はマイチェンで22万円値上げされたから、純粋な“コンペティション代”は27万1000円も安くなった……との計算も成り立つ。M3のコンペティション仕様をねらっていた向きには“祝・正式グレード昇格!”だろう。
ついでにいうと、連続可変ダンパーのアダプティブMサスペンションは、すでに素のM3のオプションリストから姿を消している。同サスが専用セッティングというのがコンペティションの売り文句のひとつのはずだが、今やM3/M4に普通のアダプティブMサスペンションは存在しないわけだ。
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「コンフォート」モードは出色の出来栄え
このクルマの目指したところは“圧倒的なパフォーマンスをさらに向上させると同時に、サーキット走行における卓越したダイナミズムを提供する(プレスリリースより)”だそうだ。つまり、クルマ好きのみなさんが「コンペティション」というネーミングから想像するとおりではある。
しかし、実際のM3コンペティションの味わいが“コンペティション(=競技)”や“サーキット”という文言から連想されるようなガキゴキにスパルタンな公道レーサー仕様か……というと、まるでちがう。
最初に感心するのは、なにより乗り心地のよさだ。ダンピングモードは3種あるが、中でも最軟の「コンフォート」モードは出色のデキ。路面からの突き上げをきれいに丸めつつも、動きは非常にタイトで正確なのだ。この種のハードコア車のコンフォートモードというと、突き上げを緩和する柔らかい減衰が硬いバネとのバランスを取りきれず、走行中にユラユラ・フラフラがおさまらないケースが多々ある。しかし、M3コンペティションのそれはバネとのバランスがいいのだろうか、クルマ酔いを誘発する不快なユラユラがまるでないのがステキだ。
つまりは絶対的な減衰も高めなのだろう。それでも乗り心地とタイトな反応がここまで見事に両立しているとは、よほど可変ダンパーの制御が巧妙で、車体の局部剛性や各部品の精度が高く、そして意外とバネが柔らかいのだろう。
そして「スポーツ」「スポーツ+」とモードを上げていくにつれて、身のこなしと乗り心地は着実に締まっていくが、最硬のスポーツ+でも、乗り心地はギリギリで暴力的なものにはならない。
性能的には申し分ないが……
3リッター直6ツインターボは450psの専用チューンだ。550Nmの最大トルクは不変だが、ベースをそのままに高出力化したためか、2350~5500rpmという最大トルクの発生回転数はノーマル(1850~5500rpm)より少しせまくなった。
それにしても3リッターから450psを絞り出しながらも、7500rpmのトップエンドまでトルクが鈍ることもなく、無粋な振動もなく、シレッと回してしまう技術力には感心するほかない。サウンドもノーマルより迫力を増した気がしないでもない。
エンジンにも「エフィシェント」、スポーツ、スポーツ+という3つのモードがあり、燃費優先のエフィシェントでも過給ラグがほとんど目立たず、右足を緩めた瞬間のタイトな“回転落ち”にも感心する。さらにスポーツ、スポーツ+とモードを上げていくと、最終的には、まるで右足裏に吸いつくようなレスポンスを披露する。それはまさに本物のスポーツエンジンのオーラがただよう。
そんな高出力エンジンによって、実際に0-100km/h加速もノーマル比で0.1秒短縮の4.0秒をうたう。しかし、自然吸気で8000rpmオーバー(!)が売りだったかつてのMエンジンと比較すると、ちょっとだけ物足りないのは否定しない。回転上昇にともなうドラマや、トップエンドでの“泣き”といった演出に欠ける気がする点だけは、非コンペティションとさして変わるところがない。
絶対的な速さより“速い感じ”を愛でたい叙情派エンスーにとっては、低中速域のトルクやレスポンスを少しばかり犠牲にしてでも、最後の1000rpmでなにかしらの“さく裂”や“憂い”のようなものがほしい……とかいったら、コンペティションという車名に恥じるのだろうか。
マニアックかつ現実的な可変システム
このクルマには前記の可変ダンパーとエンジン特性に加えて、パワステで3段階、横滑り防止装置のDSCで3段階、7段デュアルクラッチATの変速スピードで3段階……と、いろんなところで任意のセッティングを選べる。
しかも、それらをメーカー推奨パターンで組み合わせた統合モードは用意されておらず、かわりに自分なりの個別組み合わせを2つ設定して、それをショートカットボタンで呼び出せる「Mドライブ」が用意されるのが、なんともエンスーで、リアルな場面で使いやすい工夫である。
M3コンペティションでは、すべてをコンフォート/エフィシェントにしたオールマイルドパターンも、私の個人的なお薦めセッティングのひとつ。これだと日常づかいに十分な快適性を発揮しつつも、同時にそこいらのスポーツカーをまとめて成敗できるくらいのダイレクトでキレのある走りを披露する。
ダンパーをハイグリップサーキットまで想定したスポーツ+にしてもむやみに跳ねまわることはないが、公道では、よほどの好条件でないと硬すぎる。一般の山坂道で遊ぶには中間のスポーツが無難なケースが多いのだが、いっぽうで、旧道的な荒れて滑りやすいコンディションでは、最軟のコンフォートでもかなり使えるのが、このクルマの美点だ。
モード変更でクルマとの対話を楽しむ
というわけで、このクルマを所有する幸運に恵まれても、可変ダンパーとエンジンのモード選択は、路面と走りたいペースに合わせて、日常的に切り替えることになりそうだ。
パワステは個人的にはスポーツ固定でいい。コンフォートだとこのクルマのリズム感には少しばかり軽すぎる。デュアルクラッチは最速にしておけばいかなる場面でもキレッキレで快感だが、それに正比例して変速ショックも増していくので、同乗者の口うるささに合わせて、緊急避難的に遅くするのはアリだ。
……と、これらはすべて、あくまで私個人の好みの話であって、当然ながら異論もあろう。ただ、M3コンペティションで感心するのは、すべてのモードがクルマのキャラから逸脱しておらず、切り替えによる変化は微妙だが明確で、同時にそれぞれに説得力のある味わいをもっていることだ。ひとつひとつのセッティングを試しながら、自動車工学のだいご味と自分のスタイルを追求するのは、このうえなくエンスーな遊びである。
それにしても、このコンパクトサイズのFRにして、トランスアクスルのような裏技的レイアウトでもないのに、この怪物級エンジンを御しきっているM3コンペティションの仕上がりは“なんの魔法だよ?”といいたくなる。もっとも、そこに魔法があるはずもなく、その秘密は各部の支持剛性と低フリクションを両立したシャシー性能に加えて、「アクティブMディファレンシャル」の効果なのだろう。
先代のM3(のとくに初期モデル)は明確なテールハッピーカーだった。しかし、この最新M3は、山坂道では迷わず、横滑り防止装置を介入が限定的な「MDM」モードにセットしたくなる。さらに、場合によっては公道でも“OFFにしてみようかな”と思えるほど、基本的な安定性が高まっている。
すがすがしい達成感を味わえる
もちろん、パワーもトルクも圧倒的に過剰だから、不用意なアクセル操作では容易に後輪グリップを失ってしまう。しかし、そんなときにも、すべてを放棄して横に逃げていくことはなく、クルマを前に進めんとするトラクションを失わない。常に路面を食っているので、限界を超えそうな兆候もきちんとリアルに伝えてくる。よって、私のようなアマチュアでも、必然的に“もっと踏めるかも”と積極的な運転になり、乗った後にすがすがしい達成感に包まれるのだ。
いや、ホント、こんな超速FRを私ごときでも留飲を下げられるクルマにしつけるとは、M3開発チームの技術と見識に土下座するほかない。現行M3もデビューから3年半以上がたっているが、M3は乗るたびにリアルな道で鍛えられてきた熟成感があり、このコンペティションは現時点でのその集大成といえる。
そういえば、シートバックがパックリと口を開けたスポーツシートもコンペティション専用らしい。軽量化のための肉ぬきだそうだが、見た目の大胆さとは裏腹に全身をしっとりホールドして、座ってしまうとシートバックの大穴をすっかり忘れてしまうほど違和感のない素晴らしさだった。しかも、取材日はまだ暑さの残る9月下旬だったが、違和感がないだけでなく、本革スポーツシートとは思えないほど快適でもあった。その理由も、肉ぬきシートバックのおかげで背中がムレなかったからでもある。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
BMW M3セダン コンペティション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4685×1875×1490mm
ホイールベース:2810mm
車重:1640kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:450ps(331kW)/7000rpm
最大トルク:550Nm(56.1kgm)/2350-5500rpm
タイヤ:(前)265/30ZR20 94Y/(後)285/30ZR20 99Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:11.9km/リッター(JC08モード)
価格:1132万円/テスト車=1366万円
オプション装備:BMW Individualボディーカラー(48万3000円)/BMW Individualインテリアトリム(12万3000円)/パーキングサポート・パッケージ(11万3000円)/Mカーボンセラミックブレーキ(110万円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:2378km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:294.0km
使用燃料:33.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.8km/リッター(満タン法)/9.4km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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