第72回:「カネはないけど目立ちたい!?」 パリショーで見た自動車メーカー必死のプロモーション活動
2008.12.20 マッキナ あらモーダ!第72回:「カネはないけど目立ちたい!?」パリショーで見た自動車メーカー必死のプロモーション活動
「スズキ・マイティボーイ」
「カネはないけど目立ちたい」
今から25年前の1983年、そんな歌がある日突然テレビから流れ始めた。「スズキ・マイティボーイ」のCMソングである。
マイティボーイは、2代目「スズキ・セルボ」のボディ後半をデッキ(荷台)に替えて2人乗りにするという、なかなかアンビシャスな自動車だった。
そうしたコンセプトに合わせてなのか、CMもいきなり“自動車=豊かさ”をあえて否定する画期的なものだったと、当時免許がなかったボクも思った記憶がある。
当時の自動車業界は、その2年前に登場した「トヨタ・ソアラ」効果もあって、ハイパワー&ゴージャス化を邁進し始めていた。「カネがない」はカッコ悪いことになり始めていたのである。
のちにその流れは、「きっと、新しいビッグカーの時代がやってくる」という大胆なキャッチコピーとともに誕生した、1988年の初代「日産シーマ」で決定的なものとなる。ボクは学校が私服だったのをいいことに、高校生の分際でDCブランドの服をとっかえひっかえ着ていたものだ。
そんなこんなで、インパクトのあるマイティボーイだったが、社会のトレンドとはなり得ずに消えていったのだ。
考えてみると、自動車にとどまらず日本の産業の奢りと衰退は、あのマイティボーイのハングリー精神を軽視したところから始まったような気がしてならない。そういうボクも、今や普段着はイタリアのリサイクルショップで漁っていたりする。
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ただのポスターじゃない
「あのとき、ああしておけばよかった」と嘆くのは“オヤジ化”の始まりである。
それよりも、今日自動車メーカー各社が限られた予算の中で、いかに人々の関心をひくべくプロモーションやディスプレイに知恵を絞っているのを観察したほうが面白い。その努力が如実に表れていたのは、10月にモーターショーが行なわれたパリの街だ。
まずはショー会場に最寄の地下鉄パルク・デゼクポジシォン駅に貼られたポスター。
香水やベビーフード、バスケットボールのショー、新作映画、さらにヴァカンスツアーの広告? だが登場人物の一人が切り抜かれていたり、本来なら目を合わせているであろう共演者が、まったく違う方向を向いていたりする。
よく見ると、前者は「彼(ら)は、『ダッジ・ジャーニー』を観に行ってしまいました」と追加で張り紙をしたような但し書きがあった。後者は、そっぽを向いた出演者の視線の先(隣)にダッジ・ジャーニーのポスターがあり、「誰も本当のダッジを見る機会がなかった」と張り紙コメントが追加されているのだ。
クルマが写っているだけで無視してしまう今日の人々の目を、いかにひきつけるかという制作者の苦心が感じとれる。
その風潮にあった特別展示で
シャンゼリゼでも、各ブランドがさまざまな工夫を凝らしていた。プジョーのショールーム「プジョー・アべニュー」では、ボディ全面を優雅な柄のテキスタイル張りにしたうえ、同じ柄の椅子を室内に置いた「1007」がターンテーブルの上にのっていた。
欧州車としては画期的なスライドドアをもったコンパクトカーとして2004年に誕生しながらも市場での評価は今ひとつだった1007だけに、その一番の売りである「お部屋感覚」をアピールしようとするその努力が泣ける。
マジメな日本で同じことをするには「このままでは走行しないでください」もしくは「展示の椅子は車両代金に含まれません」といった注意書きが必要か?
いっぽう通りの反対側の「アトリエ・ルノー」には低価格戦略車「ダチア・ロガン」の“国別バージョン”が特別展示されていた。ルーマニア、インド、モロッコなど世界各国の生産拠点で造られたロガンを一堂に集めたものである。
もしボクが企画担当者だったら、このショールームの慣例どおり、ちょっと前のショーカーを展示するほうが準備が楽ちんとも思われる。だが、非現実的なショーカーよりも、2007年に国内新車登録ランキングで12位まで上り詰めた人気上昇車種ロガンを置いたほうが時代の風潮に合っていることは確かだ。
アイデアはいいけど……
ルノーの並びにある「ランデブー・トヨタ」では、ヨーロッパでも自動車ファンの間で話題の「iQ」が展示されていた。
ちなみに2階は数年前までレクサスの展示ブースがあったが、現在は「KAISEKI BENTO」と名づけられた和食レストランが設営されている。ただし、前日に日本食料品店でイタリアに持って帰る味噌・醤油を買ってしまい、財布が底をついていたボクに、世界のシャンゼリゼ通り価格はちょいときつかった。
落胆とともに階段を下り、ふたたび1階の一角をふと見れば、「iQ」の横にちょっとしたコーナーが併設されているではないか。
iQ型の付箋が用意されていて、来場者がメッセージを書き込んでペタペタ貼れるようになっている。その光景は、まさに神社に掛かる絵馬の如く壮観なものであった。これも「カネはないけど〜」のアイデアといえよう。
多くは自分の名前が書いてあったりするのだが、中には「J'aime Toyota(トヨタ大好き)」とありがたいお言葉も記されていた。こんなにクルマが売れない時代、渡辺社長が見たら涙が出るかもしれない。
残念だったのは、併設された折り紙コーナーである。iQのイメージカラーと同じパープルの折り紙が無料で置かれている。もちろん、作品の折り方がいくつか例示されているのだが、誰も相手にしていない。
これでは寂しいので、折り紙で鶴をいくつか作ることにした。そうして折っているボクの姿をみてちょっとは気にしてくれるかと思ったが、ちょうどお客さんが途切れたときだったせいなのか、鶴を折る日本人などヌンチャクを振るブルース・リーと同じくらい珍しくなかったのか、まったく注目されずさらに悲しくなった。仕方がないので、自動車産業の1日も早い復興を願って、鶴はテーブルの上にそっと置いてきました。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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