第12回:「リーフ」のすごいところ
2012.11.28 リーフタクシーの営業日誌第12回:「リーフ」のすごいところ
お客さまの要望は第一です
午前9時の池袋一帯はもう何時間も前に夜の街の姿を消し去っている。駅から押し出され目的地へと急ぐ会社員や学生たちは永遠に途切れることのない行列のように続き、交差点横の立ち食いそば屋では、少しばかり遅すぎる朝食を求める人が食券の自販機にコインを入れていた。
男は、シャッターを半分だけ閉めた酒場の前に立っていた。
この時間の風景に溶け込みようもない全身黒ずくめの、少なくとも堅気の勤め人であるはずがない格好に身を包んだ彼は、眠りにつく時間を逸したのか、まだ夜の続きのなかにいるのか、上機嫌とは言いにくい顔を車道に向け、どんぴしゃのタイミングで通り掛かった黒いタクシーを止めたのだった。
「渋谷までだ。急いでくれ」
年配の運転手(=矢貫隆)を威嚇するような物言いは、「もしかしてコワイ系の人?」を思わせ、「西池袋から首都高に乗って富ヶ谷で降りてくれ」とゴルゴ13ばりに最低限の用件だけを告げてリアシートに身を沈めるあたりは、まさにハードボイルド。「このタクシー、妙な格好だな」とか「へぇ〜、電気自動車か、初めて乗ったよ」とか余計な口は一切利かない。「ガソリンぜんぜん使わないの?」とか「リッター何キロ走る?」とか聞くわけない。
池袋から渋谷まで行くのに首都高とは、これはまたとんでもない急ぎ客だと気を利かせ、「急いで」と言われりゃ、お客さまのご要望に応えねば、それが公共輸送機関の役割というもの、と責任感のかたまりと化した運転手。「かしこまりィ」とばかりシフトレバーを「エコモード」から「ドライブモード」に戻してアクセルペダルをグッと踏み込んだ。
グワーンとばかり走りだすリーフタクシー。もちろんリーフは「グワーン」とはうならず「シャ〜ッ」。ネコが怒ったんじゃない。聞きようによっては「ザーッ」のタイヤの接地音である。でも、それは気分じゃない。背もたれに体を押しつけられるような感覚の急加速ぶりを文字にするなら、やっぱり「グワーン」と書きたくなる。
そう。実は、リーフ、めっぽう速いのだ。
池袋のハードボイルドもびっくり仰天
首都高に入ったところでもひとつアクセルを踏み込んで、前を行く乗用車を、タクシーを、トラックを右に左にかわしながらシャ〜ッ。上空から見たら水を切って進むミズスマシのように映ってるんだろうか。いや、ここはトンネル内だし見えね〜な、とか考えながらシャ〜ッ、シャ〜ッ。
おお、すげ〜な、リーフ。
この加速感はスポーツカー並みか? シャ〜ッ。タイヤだってブリヂストンの高級品だ。怪しげなタクシー専用タイヤとはそもそも質が違う。首都高のコーナーだって、ほれ、この通り。シャ〜ッ。
「おい……」
シャ〜ッ。
「おい……」
シャ〜ッ。
「おいッ!」
ハードボイルドが例の威嚇調で運転手を呼んだ。
「そんなに……」
はい?
「そ、そんなに急がなくていい」
なぜかは知らないけれど、多くの人が「電気自動車は『グワーン』とか『ギューン』と走れない」と思っているフシがある。乗ったことがないのにそう思うのは、電気自動車には「遅い」というイメージがあるからなのだろう。でも、実際は違う。いままで「寒いの苦手」とか「暑いのも苦手」とかリーフの弱点ばかりを書いてきたけれど、加速感とかパワフルさという点を言いだしたら、池袋のハードボイルドもびっくり仰天のすごさなのである。シャ〜ッ。
「カチャッ」
ゴルゴ13が撃鉄(げきてつ)を引いたような音がしたのは、目的地に到着した瞬間だった。
拳銃?
まさか。
じゃ、なに?
シートベルトを外す音だった。
いつの間に……。
(文=矢貫隆/写真=荒川正幸)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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