第67回:「スーパーデラ」にシビれました! 日欧タクシー談義
2008.11.15 マッキナ あらモーダ!第67回:「スーパーデラ」にシビれました! 日欧タクシー談義
小林彰太郎氏の名場面
『CAR GRAPHIC』創刊編集長・小林彰太郎氏の文章中には、歌舞伎十八番のごとく、もはや定番となった名場面がたびたび登場する。そのひとつが、小林氏の少年時代の思い出だ。
子供の頃、家族で映画を観に行くとき、いつもタクシーを使った。
クルマを拾わせるため家政婦を道に出すと、つまらないモデルのクルマを呼び止めてしまう。そのため自分で率先して乗りたいクルマを止めに出た。という一文である。
一般の人にとっては、「どれも同じ」に思えるタクシーだが、エンスージアストにとっては、その選択にはこだわりたいのだ。そして、ボクもそのひとり。
20年以上前、初めてパリの街を旅したときのこと。当時シャンゼリゼ通りは、車線のド真ん中にタクシー乗り場があった。「シトロエンCX」や「ルノー25」のタクシーに乗りたいために、後ろに並ぶ客を先に譲って、“順番調整”したのを覚えている。
そしてそれを日本でも実行しようとしたことがある。その頃東京で導入され始めた「小型タクシー」というのに乗ってみたかったのだ。初代「トヨタ・コロナ」などを使ったもので、すでに地方では普及していた。
ところがボクが住んでいた東京郊外の町は、まだ小型タクシー専用の乗り場が設営されていなかった。そこで、後方に待機している小型タクシーに乗るべく、他の客に中型タクシーを譲っていた。すると、小型狙いのセコい客とみられてしまったらしく、タクシードライバーたちから、「乗せるな、乗せるなッ!」と怒鳴られ、ボコボコにされかかったのだ。
家一軒分の大投資!!
日本のタクシーには、法人タクシーと個人タクシーがあるが、イタリアやフランスのタクシーは、原則としてすべて個人である。ドライバーは営業権を買うと同時に、自治体の試験にパスして、やっと営業できる。
ただし、その営業権というのがクセ者なのだ。二玄社刊の拙著『Hotするイタリア』でも解説しているが、自治体によって台数が決められているので、現役ドライバーの誰かが廃業するか、台数枠が増えないと参入できない。
さらに、営業権というのは時価で譲渡売買されていて、大都市では家一軒分! に相当する額に達する。それも多くの場合、現金取引が基本なのだ。
イタリアでタクシードライバーになるためには、それなりのチャンスと資本がないとなれないし、個人だからクルマもそれなりの大きさで、持ちのいいモデルを買わないといけないのだ。
そして、そんな大型投資のため、一旦ドライバーになるとみんなその権利を守ろうとする。自治体による台数枠増加案が出ようものなら、同業者の組合でストライキを起こして抗議したりするのだ。
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「デラックス」は追加料金、1日300円
一方、ここ数週間東京にいた僕は、深夜ラジオに出演した帰り、放送局からのタクシーで、日本のタクシー事情について意外な話を聞くことができた。
その前にちょっと言わせていただくと、ボクはタクシー仕様の定番であるトヨタの「コンフォート」および「クラウン・コンフォート」(以下コンフォートとする)が大好きである。
5ナンバーサイズをぎりぎりまで使いきったあの絶壁サイド、スタイルに目をつぶり立たせたCピラーのおかげで、車内は広々としている。それと、日本ではドライバーが重いスーツケースを載せるのを手伝ってくれない場合が多い。そうしたときにもセドリックと違い、トランクリッドがバンパー高まで開くコンフォートは、大変ありがたい。
あの普及台数からして、もはや「東京におけるロンドンタクシー」といってもよいだろう。もし日本に住むなら、コンフォートを自家用車にしたいとさえ思っているボクである。
そんなことを書いていたら10月8日、コンフォートがグッドデサインの「ロングライフデザイン賞」を受賞したではないですか。ああオレは正しかったんだ、と自己満足に浸った次第である。
と、そんなボクだが、その放送局から乗った法人タクシーのドライバーが言うには、コンフォートよりも上級車種である「クラウン・セダン・スーパーデラックス」のほうが、明らかに乗り心地が良く疲れないそうだ。
彼らを雇うタクシー会社もそのあたりを知っていて、ある会社では、スーパーデラックスを選んで乗務すると、1日300円が給与から天引きされるという。しかし、それでもスーパーデラックスは「お客を取りやすい」のだそうだ。というのは、その会社では、スーパーデラックスは黒塗りの車両なのだ。
「銀座に飲みに行くのには、“黒いクルマで”っていうお客さんが意外に多いんですよね」と。酒が苦手なボクではあるが、花の銀座に繰り出すのにパリッとしたいその気持ち、わからないではない。
ちなみに、彼の会社ではカーナビ機器も1日300円、ドライバーからレンタル料を徴収している。他社には商売道具といえる無線にも、レンタル料を課しているところもあるらしい。
イタリア式しかり、日本式しかり、こんな一面だけを見てもタクシードライバーは大変なのである。
蛇足ながら、東京のタクシードライバーとクルマのお話をしていてカッコいいと思ったのは、
このタクシーの車種なんですか? の質問に
「このクルマ? “スーパーデラ”っすよ」との回答。
何のことはない。前述のクラウン・スーパーデラックスのことである。
ただし客のボクが知ったかぶりをして、「スーパーデラ」なんて使っても、妙にすかした感じを与えるだけでドライバーには嫌われるであろう。
この微妙なニュアンス、寿司屋さんにおける職人さんとのやりとりに似ている。“スーパーデラ”の一言は、そうしたプロっぽさに溢れていて、妙にシビれてしまったのであった。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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