第65回:軽3輪トラック「アペ」のある風景 ウェブ写真展開催!
2008.11.01 マッキナ あらモーダ!第65回:軽3輪トラック「アペ」のある風景 ウェブ写真展開催!
イタリア上陸初日に喰らったパンチ
12年前、一眼レフカメラと携帯ワープロ「オアシスポケット」、そしてバイオリン1丁だけを抱えてイタリアに辿り着いたボクが、初日から悩まされたものがある。小型3輪トラック「ピアッジョ・アペ」だ。
製造しているのは、ヴェスパ・スクーターと同じピアッジョ社。そのルーツは1948年にヴェスパに荷台をくっつけて、3輪としたという単純なものだ。
そこで何が「悩み」かといえば、まずその音がうるさい。50cc単気筒エンジンの振動がボディ全体に伝わって増幅される。さらに、その音が煉瓦作りの建物や石造りの路面に反響するのだ。
ちなみに、“ape operaia”とはイタリア語で「働きバチ」の意味である。働くトラックであることと、「ベ〜ンベンベン」いう音にひっかけたものといわれている。まさに、その「ベ〜ンベンベン」にやられたのである。
次に排気だ。2サイクルゆえの独特の排気臭はかなりきつい。そのうえ当時街なかを走っているアペの大半は、まだキャタライザーが付いていなかった。そんなわけで、音と臭いのダブルパンチにやられたボクは、さっそく頭が痛くなり、日本から持参した頭痛薬「ノーシン」をグイッと飲んだのを覚えている。
イタリア到着2日めも、朝からアペにやられた。向かいの八百屋のアペが市場で仕入れた野菜や果物を満載して、「ベ〜ンベンベン」と音をたててやってきたのだった。早朝で時差ぼけもまだ残っているというのに、思いきり起こされてしまった。
昔、映画「ローマの休日」で、オードリー・ヘプバーン演ずる王女アンが、滞在中の館に納品車としてやってきた3輪トラックに潜り込んで脱走に成功する。という場面を観て、劇中車はアペと特定できないものの、「3輪トラックはロマンティックなものだ」と勝手な夢を抱いていたボクとしては、憧れの彼女にふられたような気がしたものだ。
アペとともに
しかしやがてアペの、イタリアにおける役割がわかってきた。
著書などでたびたび書いてきたとおり、50cc版はイタリアで原付バイク扱いなのである。そのため当時は14歳以上なら誰でも無免許で運転できた(現在は14歳以上でも筆記試験のみの原付免許が必要)。税金・保険も原付並みで、そのくせヘルメットは要らない。ゆるいイタリアの、ゆるい乗り物なのである。バイクのようでクルマでもない立場を武器にしているところは、いわば「イタリア車界のグレーゾーン金利」である。
そのうえ路上でもバイクの駐輪場に停めてもお咎めなしで、原付しか進入できない歴史的旧市街にも、いつでも入ってよいことになっている。旧市街にある我が家の近所の八百屋さんも、食料品店もアペ50を持っている。したがって、うちの食料補給線は、アペなしには成立しないといってよいのだ。
生活の一部であることが判明し、時間が経つにつれてアペに愛着さえわきはじめたボクである。
たとえアウトストラーダを疾走するフェラーリを無視しても、街角のアペ写真を撮りまくるようになり、自称・日本におけるアペ研究の第一人者となっていった。
だからいつか銀座のド真ん中で、出版社からの「大矢アキオさん江」と書かれた花に囲まれ、アペばかりの写真展を開催しようと企んでいるのである。
だが、あまりにカルト企画であることと、根っからの小心者ゆえ実現の道は遠そうだ。
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大矢アキオの「アペのある風景」
ということで、初公開・既発表取り混ぜて、今回ここにウェブ写真展を開催することにした。
まずは「アペ・カレッシーノ」(1ページ目の写真1)である。昨年限定発売されたもので、観光ハイヤーを主目的としたものだ。この夏、なんとローマ法王にも白ボディのカレッシーノが献上されたが、サンピエトロ広場のミサで乗る姿が見られないのは残念である。
写真2は、ボクの住むシエナの郊外で撮影した、カンティーナ(倉庫)脇に佇む古いアペである。姉妹関係にあるヴェスパと、春の日向ぼっこといったところだ。
写真3は、近所の写真屋さんの改装中に撮影したものである。左官屋さんが夕方工事終了後、アペを置いて帰ってしまったものだ。狭い間口に突っ込めるこのクルマだからこそできる技といえよう。
続く写真4は、夏の知恵である。キャビンが狭く、もちろんエアコンもないアペは、炎天下で乗りたくない乗り物の代表だ。そこで、オーナーの皆さんは木陰に停め、日向きに合わせてこまめに動かすなどの工夫を怠らない。しかし、近くに日陰がない場合は、こうやって、そこいらにある段ボールで日陰を作る。
写真5は、ローマにおけるワンショットだ。花&植木屋さんが、ジウジアーロ・デザインのアペ「TM」型に、商品をてんこ盛りしている。何か飛んできそうで直後はあまり走りたくないが、その憩い度は他のどんなクルマにも勝る。
次(写真6)はアペ50の2タイプ揃い踏みだ。屋根のついたフルゴンチーノ(奥)と、トラック型のカミオンチーノ(手前)が仲良く横丁で、ご主人様のお呼びを持っているところ。
続く風景(写真7)はクリスマスの電飾が施されたシエナの八百屋さん前に佇むアペ50である。オーナーを家に送り届け、また明日早朝から市場へと向かう。アペに休みはない。
アペは前述のように14歳になると乗れることから、一部の若者たちは、商店や農家で使われなくなった中古アペを安く買い求めては乗りまわす。不思議なリサイクルが成りたっているというわけだ。なかには最後の写真8のようにBMWやメルセデスのアートカーもビックリのペインティングが施されて余生をおくるアペもある。
アペなしには生きられない!
ところで、先日東京の滞在先で、妙に眠れない日が続いた。ようやく気がついたのは、「あまりに静かすぎる」ことだった。
住み始めた当初あんなに悩まされたアペ・サウンド? だが、イタリア生活12年のなかで、いつの間にかあの「ベ〜ンベンベン」が聞こえていないと、落ち着かなくなっていたのだ。まずい。もはやボクは、アペなしには生きられない体になっている!
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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