第64回:大矢アキオ危機一髪 ! あわや一生フォード男??
2008.10.25 マッキナ あらモーダ!第64回:大矢アキオ危機一髪 ! あわや一生フォード男??
どげんかせんと……
先日開催されたパリサロンでも気づいたが、モーターショー取材でありがたくも、改良すべきは「報道資料」、通称プレスキットである。ジャーナリストが記事を書きやすいよう、新型車や展示物が詳説してある資料のことだ。
もちろん新車開発者の皆さんや、実際に資料の企画デザインを手がける人たちの苦労は語っても語りきれないものであろう。だが、あまりにも重量級なのである。
2000年頃からは、CD-ROMやDVDにデータを挿入したものが添付されるようになったが、それでも念のためなのか、いまだ印刷物が付いていることが多い。そうした重い資料を持って歩いていると、ときに入れておいた袋がビリッと破れたりする。
中学生時代、晴海のモーターショーの帰りに銀座のど真ん中で同様にカタログを満載した袋が破れて困ったのを思い出し、「ああ、オレっていつまでたっても似たようなことやってんだな」としみじみしてしまう。
そんな冗談はともかく、そうした重い報道資料は、クルマでイタリアの我が家に帰れるジュネーブショーはともかく、パリサロンなどでは飛行機の預け荷物制限があるので、減量しなければならない。したがってホテルの狭い部屋で、厚い表紙やカバー、ケースをビリビリと破いて取り外すのが、夜の作業となる。
「これを徹夜で製作したデザイナーさん、ごめんなさいッ」と心の中で呟きながら。
今回エレベーターのない安宿で、捨てるぶんを袋に入れ「捨ててください」と張り紙をしておいたら、翌日宿のおばさんから、「あんな重いもの捨てるんだったら、1階まで持ってきてヨ」と嘆かれた。
それに何より、その捨てる膨大な紙の量、実にもったいない。環境性能を標榜するメーカーが、過剰なデコレーションを施した資料を配る。まったくもってエコじゃないという矛盾がある。
「どげんかせんといかん」と思わず、ちょっと前の流行語をパリで口にしてしまった。
危うく夏までタンス入り
最近は、コスト削減のためUSBフラッシュメモリに報道資料の内容を入れて配布するメーカーもショーを追うごとに増えてきた。おかげで軽くていい。ただしそれはそれで、パソコンに差してみないと一切中身が見られないのは不便である。
ウケを狙いデザイン的に凝ったフラッシュメモリも面白い反面、一瞬戸惑ってしまう。
今回のパリサロンを例にとれば、レクサスが配布したのはカード型だった。ボクなどは最初「かざして使える」のかと勘違いし、自分のパソコンのFeliCaポートにスイカのごとくしばらくかざし、パソコンが反応するのをジッと待ってしまった。一部を引き出してUSBジャックに差さなくてはいけないとわかるまで、しばらく時間がかかった。
またフォードは今回発表した新型「Ka」型のフラッシュメモリを配布したのだが、ぷにょぷにょしたその外装マテリアルからして、“水に浮くキーホルダー”かと思い込んだ。
シボレーはシボレーで、一見ゴムのブレスレット型だった。
いずれも一歩間違えば、来年夏までタンスにしまっておき、フラッシュメモリと知らず海で思いっきり水に浸けるところだったのは、思い込みの激しいボクだけだろうか。
はじめてのタトゥーで、あわや……!?
かわって、同じパリサロンで一般来場の人たちに向けたアイテムで面白かったものを挙げるなら、まずはクライスラー/ジープの「フレグランス」だろう。
コンパニオンが香水瓶を持っていて、来場者やテスター用の紙にひと吹きしてくれる。暖炉のある家のような、いい香りが漂う。テスター用の紙を見ると「焚き火の香り」と書いてあった。
「焚き火の前のジープ」は、「マールボロと馬」「和田アキ子と麻婆春雨」と同じくらい、著名な組み合わせである。事実、ジープのカタログには、何年周期かでカタログにそういうシーンが登場するといっていい。
香りで攻めるとは、なかなかイカした演出ではないか。そういえば、ハマーブランドから香水が発売されていたから、これもその類なのだろうと思って会場を離れた。
ところが後日、テスター用紙に書かれたインターネットサイトを検索しても、また報道関係者用のサイトを確認しても、「焚き火の香り」は出てこない。
「ああ、もっとコンパニオンのお姉さんにかけてもらえば、暖炉付き住宅のオーナー気分になれたのに」と思うと悔やまれる。
いっぽうフォードは新型Ka発売を記念して、ポストカード大のお楽しみセットを用意していた。
硬質ビニール製の袋に、エクステリア写真などとともに、さまざまなボディカラーのKaをサイドから描いたシールも入っていた。もしボクが子供だったら、絶対冷蔵庫に貼り付けて遊んだに違いない。
さらにボクの気をひいたのは、新型Kaのデカールを模したインスタントタトゥーである。
本物のタトゥーをする勇気のないボクにはぴったりと、さっそく説明書どおり表面の保護紙をはがし、手の甲に当てて水で浸してみた。しばらくすると、あら簡単。ちゃんと転写された。転写した当初は光沢が本モノっぽくないが、シャワーを浴びて時間がたつと、だんだん肌に馴染みリアルになってくる。
ついでに付いていた「Ka」の文字もきれいに貼りついた。広告料がとれるなら、いっそのこと他メーカーのロゴも貼り付けて、人間F1状態になってもいいと思った。
イタリア自動車界に縁があるVIPでタトゥーをしているのは、ボクの知る限りフィアット創業家の御曹司ラポ・エルカン(彼は腕に「神風」と彫っている)だけである。これで彼に負けないぜ。
そんな妄想を抱きながら、翌日日本行きの飛行機に乗った。しかし日系の航空会社である。コップを受け取るとき、さすがに客室乗務員の皆さんの視線を感じた。トイレに駆け込み、貼ったタトゥーをこする。なかなか落ちず、これじゃ一生「フォード男」になるかと思った。
爪をたててゴシゴシと格闘の末、ようやく落とすことができた。が、後で「ああ、人目を気にせず貼っておけば、東京の出版社で原稿料値上げ交渉をするとき、結構無言の威嚇ができたのに」と悔やんだ身勝手なボクである。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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