第38回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その2)
2006.09.13 これっきりですカー第38回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その2)
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■史上最小の4気筒エンジン
4ドアから2ドアに改められたものの、そのモノコックボディやリアに横置きされた水冷直4エンジンなど、キャロルの基本レイアウトはマツダ700から踏襲していた。
58 年型リンカーン・コンチネンタル・マークIIIに始まり、59年秋に登場した英国フォードのアングリアによって広められた「クリフカット」と呼ばれる、逆に傾斜したクォーターピラーが特徴的なスタイリングは、工業デザイナーの小杉二郎氏によるもの。日本の工業デザイナーの草分け的存在である小杉氏の作品は、家電からスクーターやクルマまで多岐にわたるが、R360クーペやキャロルをはじめとする50年代から60年代初頭にかけてのマツダ車の多くは、彼が手がけたものだった。
足まわりはR360クーペのそれを発展させた、トーションラバースプリングとトレーリングアームによる四輪独立懸架で、車高調整が可能だった。ステアリングはラック・ピニオン、ブレーキは四輪ドラムだが、当時は高級とされていたアルフィン・ドラム(フィンを切ったアルミ製)で、冷却性の向上とバネ下重量の軽減を図っていた。
キャロルの最大のセールスポイントであり、結果的にはウイークポイントともなってしまったのが、総排気量358ccという、市販四輪車用としては現在に至るまで史上最小の水冷4ストローク4気筒エンジンだった。もちろん360cc時代の軽乗用車用としては、日本初にして唯一の4気筒(注1)だったこのエンジンは、軽量化と冷却性の向上を狙ってシリンダーヘッド、同ブロック、クランクケースからトランスミッションケース、クラッチハウジングまで総アルミ合金製というぜいたくな設計で、鈍い光を放つその鋳肌からマツダでは「白いエンジン」と呼んだ。またバルブ配置はOHVながらクロスフローで燃焼室は半球型、すなわちヘミヘッドという凝りようで、圧縮比は当時としては驚異的な10.0をレギュラーガソリン仕様で実現していた。さらにクランクシャフトは剛性が高く耐久性に富むダグタイル鋳鉄製で、それを支持するメインベアリングは4気筒としては最大の5個で、高速や高負荷での耐久性に優れていた。
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■意あって力足りず
そのころの国産4気筒エンジンといえば、最高級車だったクラウンやセドリック用ですら鋳鉄ブロック、OHVターンフローの3ベアリングだったから、キャロル用ユニットは軽のみならず上級車用を含めても、もっとも進歩的かつ高級なエンジンだったのだ。
もっとも絶対的なキャパシティが小さいだけに、最高出力18ps/6800rpm、最大トルク2.1kgm/5000rpmというカタログデータは既存の軽と同等で目を引くものではなかった。2速以上がシンクロの4段ギアボックスを介しての最高速度は90km/hと発表されたが、これも既存モデルとほぼ横並びだった。しかし、そうした数字の上ではともかく、実際の出足や加速に関しては物足りないと評されてしまった。
その理由は、ほかでもない車重にあった。自慢の凝った設計のエンジン、普通車なみのしっかりしたボディ、ほかにもたとえばサイドウィンドウを巻き上げ式にしたり(注2)、フロントウインドシールドに安全合わせガラスを採用するなど(注3)軽らしからぬぜいたくな作りのせいで、キャロルの車重は525kgにも達してしまったのだ。これは軽のリーディングブランドであり、最大のライバルだったスバル360の385kgと比べて成人男子の平均体重にして2人分以上も重かった。ちなみにスバルの最高出力は同じ18psだったから、1馬力あたりの重量はスバルの21.4kgに対してキャロルは29.2kgということになる。絶対的なパワーの限られる軽において、この差はけっして小さくはなかった。
とはいうものの、水冷4ストローク4気筒ならではの滑らかさや静かさ、白煙の少なさ、よく利くヒーターといった美点をはじめ、乗り心地のよさ、また既存の軽にはなかった3ボックスの、一般人がイメージするところの自動車らしいスタイリングなどが相まって評判は上々で、当初は月産1000台だったが、数カ月後には3000台にまで引き上げられた。なお価格はスバル360より5000円高いだけの37万円だったが、空冷2ストローク2気筒エンジンのスバルに比べたら、「小さな高級車」ともいうべきキャロルの製造コストは相当高くついたに違いない。(つづく)
(文=田沼 哲/2005年7月)
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注1)商用車まで含めると、ホンダSシリーズ用をスケールダウンした水冷直4DOHC4キャブレターという、とてつもないエンジンを積んだ軽トラック、ホンダT360が63年に登場している。
注2)62年型までのスバル360のサイドウィンドウはスライド式だった。
注3) マツダは1950年に登場したオート三輪から採用していた。ちなみに保安基準で採用が義務づけられたのは85年のことである 。

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
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第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
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第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
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第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
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第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
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