第22回:『生まれてくるのが早すぎた』ホンダライフ・ステップバン(1972〜74)(その3)
2006.09.13 これっきりですカー第22回:『生まれてくるのが早すぎた』ホンダライフ・ステップバン(1972〜74)(その3)
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■生産台数2万台弱
そんな「ステップバン」だったが、いざ市場に出してみると販売は振るわなかった。当初の計画では、月産台数にして2000台。当時ホンダは乗用車・商用車を合わせた軽自動車全体で月平均1万5000台以上、シェア20%以上をコンスタントに記録していたから、これはけっして無理な数字だったとは思えない。だが実際には販売27カ月間で総生産台数1万9012台だから、ひと月あたりではおよそ700台しか売れなかったことになる。
いったいなぜ、こうした結果になってしまったのだろうか。要因として考えられるのは、次のようなことである。市場におけるステップバンの競合車種はホンダ以外の軽メーカーがラインナップしていたキャブオーバー型ワンボックスバンだったわけだが、絶対的な積載能力、とくに荷室の前後長ではそれらのほうが有利だった。また、それらの一部車種がリアに採用していたスライドドアのほうが、ステップバンのヒンジ式ドアより、状況によっては使い勝手に優れていた。
思い浮かぶことはこれくらいである。とはいえその違いが、ステップワゴンにとっては致命的だったと考えざるを得ない。ミニバンなどという概念が影もカタチもなかった当時、いくらステップバンが新しかろうが、シャレていようが、対象となるユーザーにとってはひとつでも多く米俵を積めるほうが重要だったということなのだろう。さらに加えるならば、作り手であるホンダも不振だからといってステップバンの拡販に力を入れることはなかった。ステップバンより2カ月ばかり早い72年7月に発売されたシビックのヒットによって小型車市場に足場を固めたこと、およびN360によって自ら火をつけた軽ブームの衰退もあって、軽から小型車へのシフトを進めていたからである。
ちなみにホンダは74年10月をもって軽乗用車の生産を中止し、年末には前に記したようにステップバンも生産中止。キャブオーバー型軽トラックであるTN7のみを残して、軽自動車市場から一時撤退を決めている。
■バニングブームで脚光を浴びる
新車時はこうした状況にあったステップバンが、中古車市場で注目を集め始めたのは、生産中止から3年ほど経過したころから。折りからのサーファーブームに乗って、「バニング」と呼ばれるバンをカスタム(改造)するスタイルがアメリカ西海岸から伝播してきたことに端を発する。
当時の典型的なバニングスタイルは、ワンボックスバンをベースにBピラーより後方のウィンドウを潰し(埋め)てからエアブラシでペインティングし、足下にはメッキされたワイドホイール/タイヤを履き、内装にはムートンを敷きつめ……といったものだった。
ベース車両の主流は「トヨタ・ライトエース」などの小型ワンボックスバンだったが、ミニマム級ではステップバンがダントツの人気だった。サイズこそ小さいながらも、本場フォードやシボレーのバンを縮小したような雰囲気を持っていたことが、その理由である。
バニングブーム以降、ステップバンは独自のカスタムワールドを形成していく。内外装に手を加えるだけでなく、エンジンのツインキャブ化をはじめ400cc前後にボアアップしたり、ベースとなったライフや姉妹車であるホンダZのホットバージョン用の5段ギアボックスをスワップするなどして高性能化を図る手法も次第に広まっていった。そして誕生から30年以上経った今なお、ステップバンは熱心なファンに愛され続けている。一般論として小さいクルマというのは小動物と同じで基礎体力が弱く、平均寿命も短い。それをカスタムしたり、チューンするということは、ただでさえ乏しい耐久性を一段と犠牲にすることになる。ステップバンもその例外ではなく、相当数がいじり倒され、乗り潰されてしまったことだろうが、逆をいえば今日まで残存している車両は、愛好家のもとで厚い庇護を受けているというわけだ。
絶対数こそ少なく、またサイズは小さいものの、本来は仕事グルマとして生まれながら、趣味の対象として愛でられ生き残っているという意味では、ステップバンは「フォルクスワーゲン・タイプII」に近い存在かもしれない。考えてみれば、乗用車と基本コンポーネンツを共有するという成り立ちにおいても、両者は共通しているのだ。
■元祖ミニバン?
ステップバンの登場から20年余を経た93年、スズキからワゴンRと呼ばれるモデルが登場した。ステップバンを知る者にとってはソックリに見えるこのクルマは大ヒットを記録、今日まで続くミニバンブームの嚆矢となった。ホンダ自身も96年にステップバンを拡大コピーにかけたような2リッター級のミニバンを「ステップワゴン」の名で発売、5年間で約50万台を売った。
ワゴンRやステップワゴンをはじめとする現代のミニバンは商用バンではなく乗用車ではあるが、1.5ボックスのトールボーイスタイルは基本的にステップバンが提唱したカタチを受け継いでいると言っていいだろう。それはつまり、ステップバンは生まれてくるのが20年以上早かったということなのだろうか。(おわり)
(文=田沼 哲/2003年9月2日)

田沼 哲
NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。
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第53回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その4「謎のスプリンター」〜 2006.11.23 トヨタ・スプリンター1200デラックス/1400ハイデラックス(1970-71)■カローラからの独立1970年5月、カローラが初めて迎えたフルモデルチェンジに際して、68年に初代カローラのクーペ版「カローラ・スプリンター」として登場したスプリンターは、新たに「トヨタ・スプリンター」の名を与えられてカローラ・シリーズから独立。同時にカローラ・シリーズにはボディを共有する「カローラ・クーペ」が誕生した。基本的に同じボディとはいえ、カローラ・セダンとほとんど同じおとなしい顔つきのカローラ・クーペに対して、独自のグリルを持つスプリンターは、よりスポーティで若者向けのムードを放っていた。バリエーションは、「カローラ・クーペ」「スプリンター」ともに高性能版の「1200SL」とおとなしい「1200デラックス」の2グレード。エンジンは初代から受け継いだ直4OHV1166ccで、「SL」にはツインキャブを備えて最高出力77ps/6000rpmを発生する3K-B型を搭載。「デラックス」用のシングルキャブユニットはカローラとスプリンターで若干チューンが異なり、カローラ版は68ps/6000rpm(3K型)だが、スプリンター版は圧縮比が高められており73ps/6600rpm(3K-D型)を発生した。また、前輪ブレーキも双方の「SL」と「スプリンター・デラックス」にはディスクが与えられるのに対して、「カローラ・クーペ・デラックス」ではドラムとなっていた。つまり外観同様、中身も「スプリンター」のほうがよりスポーティな味付けとなっていたのである。しかしながら、どういうわけだか「スプリンター1200デラックス」に限って、そのインパネには当時としても時代遅れで地味な印象の、角形(横長)のスピードメーターが鎮座していたのだ。
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第52回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その3「唯一のハードトップ・レビン」〜 2006.11.15 トヨタ・カローラ・ハードトップ1600レビン(1974-75)■レビンとトレノが別ボディに1974年4月、カローラ/スプリンターはフルモデルチェンジして3代目となった。ボディは2代目よりひとまわり大きくなり、カローラには2/4ドアセダンと2ドアハードトップ、スプリンターには4ドアセダンと2ドアクーペが用意されていた。このうち4ドアセダンは従来どおり、カローラ、スプリンターともに基本的なボディは共通で、グリルやリアエンドなどの意匠を変えて両車の差別化を図っていた。だが「レビン」や「トレノ」を擁する2ドアクーペモデルには、新たに両ブランドで異なるボディが採用されたのである。カローラはセンターピラーのない2ドアハードトップクーペ、スプリンターはピラー付きの2ドアクーペだったのだが、単にピラーの有無ということではなくまったく別のボディであり、インパネなど内装のデザインも異なっていた。しかしシャシーはまったく共通で、「レビン」(型式名TE37)および「トレノ」(同TE47)についていえば、直4DOHC1.6リッターの2T-G/2T-GR(レギュラー仕様)型エンジンはじめパワートレインは先代から踏襲していた。ボディが大型化したこと、および双方とも先代ほど簡素でなくなったこともあって車重はレビン930kg、トレノ925kgと先代より60〜70kg前後重くなった。
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第51回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その2「狼の皮を被った羊(後編)」〜 2006.11.10 トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■違いはエンブレムのみ1972年3月のレビン/トレノのデビューから半年に満たない同年8月、それらを含めたカローラ/スプリンターシリーズはマイナーチェンジを受けた。さらに翌73年4月にも小規模な変更が施されたが、この際にそれまで同シリーズには存在しなかった、最高出力105ps/6000rpm、最大トルク14.0kgm/4200rpmを発生する直4OHV1.6リッターツインキャブの2T-B型エンジンを積んだモデルが3車種追加された。うち2車種は「1600SL」と「1600SR」で、これらはグレード名から想像されるとおり既存の「1400SL」「1400SR」のエンジン拡大版である。残り1車種には「レビンJ1600/トレノJ1600」という名称が付けられていたが、これらは「レビン/トレノ」のボディに、DOHCの2T-Gに代えてOHVの2T-B型エンジンを搭載したモデルだった。なお、「レビンJ1600/トレノJ1600」の「J」は「Junior(ジュニア)」の略ではないか言われているが、公式には明らかにされていない。トランクリッド上の「Levin」または「Trueno」のエンブレムに追加された「J」の文字を除いては、外から眺めた限りでは「レビン/トレノ」とまったく変わらない「レビンJ/トレノJ」。だがカタログを眺めていくと、エンジンとエンブレムのほかにも「レビン/トレノ」との違いが2点見つかった。
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第50回:「これっきりモデル」in カローラ・ヒストリー〜その1「狼の皮を被った羊(前編)」〜 2006.11.6 誕生40周年を迎えた2006年10月に、10代目に進化したトヨタ・カローラ。それを記念した特別編として、今回は往年のカローラおよびその兄弟車だったスプリンター・シリーズに存在した「これっきりモデル」について紹介しよう。かなりマニアックな、「重箱の隅」的な話題と思われるので、読まれる際は覚悟のほどを……。トヨタ・カローラ・レビンJ1600/スプリンター・トレノJ1600(1973-74)■スパルタンな走りのモデル型式名TE27から、通称「27(ニイナナ)レビン/トレノ」と呼ばれる、初代「カローラ・レビン1600/スプリンター・トレノ1600」。英語で稲妻を意味する「LEVIN」、いっぽう「TRUENO」はスペイン語で雷鳴と、パンチの効いた車名を冠した両車は、2代目カローラ/スプリンター・クーペのコンパクトなボディに、セリカ/カリーナ1600GT用の1.6リッターDOHCエンジンをブチ込み、オーバーフェンダーで武装した硬派のモデルとして、1972年の登場から30余年を経た今なお、愛好家の熱い支持を受けている。「日本の絶版名車」のような企画に必ずといっていいほど登場する「27レビン/トレノ」のベースとなったのは、それらが誕生する以前のカローラ/スプリンターシリーズの最強モデルだった「クーペ1400SR」。SRとは「スポーツ&ラリー」の略で、カローラ/スプリンター・クーペのボディに、ツインキャブを装着して最高出力95ps/6000rpm、最大トルク12.3kgm/4000rpmを発生する直4OHV1407ccエンジンを搭載したスポーティグレードだった。ちなみにカローラ/スプリンター・クーペには、1400SRと同じエンジンを搭載した「1400SL」というモデルも存在していた。「SL」は「スポーツ&ラクシュリー」の略なのだが、このSLに比べるとSRは装備が簡素で、より硬い足まわりを持った、スパルタンな走り重視のモデルだったのである。
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