第77回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その6)(矢貫隆)
2005.11.28 クルマで登山第77回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その6)(矢貫隆)
■100年後も、荒れ地のまま
道すがらの光景は、治山事業の一環としての山肌の修復風景であり松木沢へと流れ込む谷筋を覆う落石群であり、あるいは、わずか100年のうちに完全に表面の土を失って岩肌を露にした山容であり、堆積場に山と積まれた真っ黒なカラミであった。
カラミとは、銅の精錬過程ででる残りかすのことで、細かく磨り潰した石炭のかすをエジプトのピラミッドほども積み上げて表面を固めたように見えなくもない。
松木村跡は、こうした荒涼とした風景を抜けたとたん、僕たちの目の前に現れた。
まるでグラススキーのゲレンデのように草で覆われた山の急斜面。おそらく民家が立ち並んでいたと思われる緩斜面も草に覆われた広い平地で、その中心部には深い緑の、背丈の低い木々の林がある。沢にも近く、集落を形成するには絶好の地形であり、まるで絵はがきのような風景の場所だった。
村の入口で見つけた、沢に向いた数個の墓石に埋葬の時代を示す「天保」の文字が読み取れた。それは僕に村の歴史の長さを実感させたものだが、村の歴史を辿れば、実は天保どころか1200年以上も前に遡るのだと足尾の郷土誌は書いている。
山岳信仰が盛んだった時代、勝道上人が日光を開拓したと戦場ヶ原の項で書いたけれど、その弟子、彗雲が790年(延歴9年)に松木に入り、方等寺と名付けた小屋を建てたのが村の始まりだというのだ。
やがて集落が形成され松木村となり、1843年(天保14年)の記録では「36戸、石高96石余、反別20町歩余」の足尾郷最大の村となった。
村外れに建つ数個の墓石を除けば、かつて人が住んだ形跡など残っていない村跡に、僕はひとり立っていた。
見渡すと、沢に沿うようにして山々が重なっている。それは、まるで果てしなく重なっているのではないかと思えるほど奥へ奥へと続いていた。
人里を離れた地にあって、グラススキーのゲレンデを連想させる松木村跡。ここは、下流側の荒涼とした風景と上流側の山深い地の間に現れた、まさに絵に描いたような風景の美しい場所に思えた。
けれど実は、明治の人々が家を捨てたときと変わらず、今も荒れ地のままなのだ。
「どういうことですか?」(つづく)
(文=矢貫隆/2005年11月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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