第261回:警告! 電気自動車も「ガラケー化」する?
2012.09.07 マッキナ あらモーダ!第261回:警告! 電気自動車も「ガラケー化」する?
もうさよなら!? フランス版「i-MiEV」
三菱自動車は2012年8月初旬、PSAプジョー・シトロエン(以下、PSA)に供給している電気自動車「プジョー・イオン」と「シトロエンC-ZERO」に関して同社水島工場での生産休止を決定した。イオンとC-ZEROは、ともに三菱の電気自動車「i-MiEV」のOEM車。PSAは一時的な措置としているが、再開の時期は示されていない。
2012年上半期にPSAが欧州で販売したのは、イオンが852台、C-ZEROが935台だった(JATOダイナミクス調べ)。日本ではあまり報道されなかったが、思えば2年前、2010年のパリモーターショーでは、プジョー/シトロエン両ブランドのスタンドにおいてこの2台はスター扱いだった。プレスリリースにはプジョー・シトロエン・グループの未来を切り開くクルマであるがごとく記され、詳細まで読まないと、あたかも完全自社開発とみまがうかのようだった。
しばらくすると、パリのレンタカー会社の営業所では、ラインナップに加えられたイオンが、一番いいポジションに飾られたものだ。また、イオン/C-ZEROではないが、2009年11月には、モナコ公国の公用車としてアルベール2世大公立ち会いのもとi-MiEVが4台納入されるという華やかな周辺ニュースもあった。
今回のニュースは、あの頃には想像できなかった結末である。ましてや皮肉なタイミングだった。折からの自動車販売低迷に加え、2012年7月上旬にPSAが発表した国内工場閉鎖と大規模人員削減策を受けるかたちで、オランド政権が発表した環境対応車開発奨励策の直後だったのだ。
これはボクの空想にすぎないが、あたかもPSAが「政府がエコカー奨励といっても、そう簡単に売れる代物ではない」と抗議しているかのように思われた。
フランスにおける2011年の電気自動車国内販売台数は2630台。日本市場における「三菱i-MiEV」と「日産リーフ」「三菱ミニキャブ・ミーブ」の販売台数合計1万3449台からすると、5分の1以下である。
イタリアの2012年上半期の電気自動車販売台数を見ても、「C-ZERO」は107台、「イオン」は80台だ。そのほか「リーフ」40台、「スマート・フォーツー electric drive」29台、「ルノー・フルエンス」18台、「i-MiEV」7台と、「フィアット500」の3台に比べれば良好とはいえ、決して好成績とは言えない数字だった。
ヨーロッパでEVが難しい背景
イタリアしかりフランスしかり、電気自動車を購入する際は、個人でも手厚い補助金制度が適用される。たとえばイタリアの場合、2012年は5000ユーロ(約50万円)である。プジョー・イオン2万8318ユーロ(約280万円)のところが、2万3318ユーロ(約230万円)になる。
フランスでは、電気自動車購入奨励金を5000ユーロから7000ユーロ(約69万円)に増やす案が目下検討されている。にもかかわらず、自治体や電力会社が主導するカーシェアリングを除いて、個人向け電気自動車が普及しないのはなぜか?
ひとつは都市間の距離である。フランス、イタリアとも「街を一歩出れば、次の街まで長い田舎道が続く」というエリアは多い。ボクが住むイタリアのシエナも同じだ。次の大都市フィレンツェまでは75kmある。往復で150km。i-MiEVの16kWh仕様の航続距離はカタログ値(JC08モード)180kmだから、たとえフル充電後であっても寄り道などすると、少々心配になる。
「それなら街中で使えばいいじゃないか」という意見もあるだろう。だが、欧州の歴史的旧市街は、たとえ環境対応車であっても進入禁止や歩行者天国が多い。あまりメリットが見いだせないのである。
電気自動車になくてはならない充電器の設置についても困難な問題が多い。歴史的旧市街だと、一戸建て住宅は極めて少ない。集合住宅も古いものが大半だ。日本の一部の民間マンションのように、地下駐車場に充電装置を設置するということは難しいのだ。
そもそも市街地では年々人が少なくなり、ボクが住むアパートのように管理組合が事実上なくなってしまったところも多いから、「みんなで相談して設置」などということは、これからますます難しくなる。家庭用電源が日本の100VよりEV充電に適している220Vなだけに、なんとも惜しい。
ディーラーに充電器を設置するのも容易ではない。少し前イタリア各社の現役自動車セールスマンたちとピッツァをかじりながら、ボクが「日本で日産は電気自動車『リーフ』のために、全国に充電スタンドを設置した」と話したら、即座に「それは日本だからできることさ」という答えが返ってきた。
日本のように、充電器を作るとなったら徹底的に設置し、その空き状況を個人の車内ディスプレイにリアルタイムで表示するシステムを構築することなど、到底考えられないというわけだ。
ましてや、このご時勢だけに販売店に負担を強いるのはかなり難しい。充電設備の維持管理も問題だ。イタリアやフランスの街中で故障したり、壊されたり、もしくは燃やされてたりしている公衆電話や自動販売機を見れば、それが難しいことは想像がつく。
日本式は通じない!
ところで日本の技術は、モノ単体だけではなく、背後にあるインフラとメンテナンスするシステムに支えられていることがよくある。
例えば新幹線は世界に誇る安全なモビリティーである。それは車両本体のみならず、高度な列車制御と、主要路線では今日まで開通以来守られてきた「専用線」があることは明らかだ。
おサイフケータイやスイカ/パスモ機能の付いた携帯電話、いわゆる“ガラケー”は、コンビニや自動販売機、さらには各鉄道会社とのチームワークによって成り立っている。
いずれも素晴らしいものでありながら、日本の新幹線システムは海外の受注合戦でライバルたちにたびたび負け、携帯電話はご存じのとおり世界2強の作るスマートフォンに気がつけば惨敗していた。
その背景には、日本のような高度なインフラを構築し、維持・管理することはかなり難しく「それを構築するくらいなら……」と別の選択肢を取られてしまったことがあるのは明白である。
今回イオンとC-ZEROの生産休止で、「日本の電気自動車も、国内の常識が世界で通用すると勘違いすると、“ガラケー”の二の舞になるゾ」と、今から心配しているボクである。
いきおいついでに、日本のように考えてはいけない実例として、もうひとつ。それは宅配システムである。
日本の宅配が好評な背景には、よく教育された礼儀正しいドライバーとともに、高度な物流システムと年中無休・全国均一のサービスがある。日本や米国ではあたかもフルタイムサービスのようにうたわれる国際クーリエ会社も、イタリアでは土日祝日は休み。平日もボクが住むシエナは県庁所在地にもかかわらず午後にならないと集配にやって来ない。最寄りの基地が前述のフィレンツェにあるためだ。
さらにうっかり不在にすると、たとえ重要書類でもポストに投げ込まれてしまったり、「数十キロ離れた物流センターまで取りに来ること。さもなくば差出人に返送」とぶっきらぼうに書かれたステッカーが投函(とうかん)されていたりする。
そうかと思えば、あるとき待っていた書類が届かないので問い合わせたら、しばらくして見知らぬおばあさんが国際クーリエの封筒を持ってわが家を訪ねてきた。聞けば、ドライバーのマンマ(お母さん)だった。どうやらドライバーはボクが不在だったものの、物流センターまで取りに来させるのをかわいそうに思い、自宅に書類を取り置いていたら何がなんだかわからなくなってしまったようだ。国際標準のサービスを掲げる企業でも、こちらではこちらの論理で動かしてしまう。
日本で空気のごとく享受しているモノが国外でも同様に機能すると錯覚してはいけない。さまざまな危険が、いろいろなところに潜んでいるのだ。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第941回:イタルデザインが米企業の傘下に! トリノ激動の一年を振り返る 2025.12.18 デザイン開発会社のイタルデザインが、米IT企業の傘下に! 歴史ある企業やブランドの売却・買収に、フィアットによるミラフィオーリの改修開始と、2025年も大いに揺れ動いたトリノ。“自動車の街”の今と未来を、イタリア在住の大矢アキオが語る。
-
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達― 2025.12.11 イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
NEW
フォルクスワーゲンTロックTDI 4MOTION Rライン ブラックスタイル(4WD/7AT)【試乗記】
2025.12.20試乗記冬の九州・宮崎で、アップデートされた最新世代のディーゼルターボエンジン「2.0 TDI」を積む「フォルクスワーゲンTロック」に試乗。混雑する市街地やアップダウンの激しい海沿いのワインディングロード、そして高速道路まで、南国の地を巡った走りの印象と燃費を報告する。 -
NEW
失敗できない新型「CX-5」 勝手な心配を全部聞き尽くす!(後編)
2025.12.20小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ小沢コージによる新型「マツダCX-5」の開発主査へのインタビュー(後編)。賛否両論のタッチ操作主体のインストゥルメントパネルや気になる価格、「CX-60」との微妙な関係について鋭く切り込みました。 -
NEW
フェラーリ・アマルフィ(FR/8AT)【海外試乗記】
2025.12.19試乗記フェラーリが「グランドツアラーを進化させたスポーツカー」とアピールする、新型FRモデル「アマルフィ」。見た目は先代にあたる「ローマ」とよく似ているが、肝心の中身はどうか? ポルトガルでの初乗りの印象を報告する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――ポルシェ911カレラT編
2025.12.19webCG Movies「ピュアなドライビングプレジャーが味わえる」とうたわれる「ポルシェ911カレラT」。ワインディングロードで試乗したレーシングドライバー谷口信輝さんは、その走りに何を感じたのか? 動画でリポートします。 -
ディーゼルは本当になくすんですか? 「CX-60」とかぶりませんか? 新型「CX-5」にまつわる疑問を全部聞く!(前編)
2025.12.19小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ「CX-60」に後を任せてフェードアウトが既定路線だったのかは分からないが、ともかく「マツダCX-5」の新型が登場した。ディーゼルなしで大丈夫? CX-60とかぶらない? などの疑問を、小沢コージが開発スタッフにズケズケとぶつけてきました。 -
EUが2035年のエンジン車禁止を撤回 聞こえてくる「これまでの苦労はいったい何?」
2025.12.19デイリーコラム欧州連合(EU)欧州委員会が、2035年からのEU域内におけるエンジン車の原則販売禁止計画を撤回。EUの完全BEVシフト崩壊の背景には、何があったのか。欧州自動車メーカーの動きや市場の反応を交えて、イタリアから大矢アキオが報告する。
