第246回:大矢アキオ、パリ式電気自動車カーシェアリング道場へ入門!?
2012.05.25 マッキナ あらモーダ!第246回:大矢アキオ、パリ式電気自動車カーシェアリング道場へ入門!?
クルマ、自由、オトリブ
人間ができてきたからなのかどうかは知らないが、近ごろボクは「自動車を所有したい」という意欲が薄くなってきた。今はイタリアの、公共交通機関が貧弱な地方都市に住む身ゆえ、生活上自家用車は必須だ。
しかし年をとったらクルマが要らない大都市に引っ越して、クルマの維持費が浮いた分で芝居やコンサートに行ったり、うまいものを食べたりしたい。
クルマとは、同好の士とカタログや本を見ながら談義を楽しんだりする“お話派自動車評論家”として関わりたいと思っている。人のセンスや価値観はある程度クルマで表現できるものの、クルマだけで表現するものではない。そもそも人の価値は乗っているクルマで決まるものではない。
そんなボクが気になっていたサービスがある。フランス・パリ市の電気自動車(EV)シェアリング「Autolib(オトリブ)」だ。
オトリブは2007年に開始された自転車シェアリング「ヴェリブ」に次ぐシェアリング交通機関として、2011年12月にパリと周辺都市でサービスが開始された。「Autolib」とは“Auto”(自動車)と“liberte”(自由)を組み合わせた造語である。
実際に運営を担当しているのは民間企業ボロレ社だ。指名コンペでは 有名なレンタカー会社エイビスとパリ市交通局の共同事業体や、公共サービス企業で知られるヴェオリアを差し置いて採用された。参考までに、ボロレ社の社主ヴァンサン・ボロレ氏は、サルコジ前大統領の当選直後、彼の休暇のためヨットを貸したことで有名になった。
シェアリングに使用されるEV「ボロレ・ブルーカー」は、同社のバッテリー部門が製造するリチウムポリマー電池を搭載している。ボディーはボロレが大株主を務める伊ピニンファリーナ社が設計し、イタリア企業が製造したもの。スペック上の航続距離は約250kmである。
250カ所のステーションに250台を配備してスタートしたオトリブは、月300台の増車計画を進行中で、2012年夏までには1100ステーション、1740台を整備する予定という。
まずは登録から
今年2月、パリ15区に半月ほど滞在していたときのことだ。貸しアパートの近所にオトリブのステーションができていた。思い起こせば、前述のシェアリング自転車「ヴェリブ」ができた直後は、それを試してみたくて、わざわざ申し込みに必須なICチップ付きクレジットカードを作った。
しかし、いざ借りるとなると、「ボルヌ」といわれる操作端末の入力が複雑だったり、壊れていたりで結構手間取った。初心者の身には「自転車1台借りるのに、この苦労かよ」と思った。
あの苦労をもう一度繰り返すのかと思うと、カーシェアリングというものに興味こそあれ少々気が引けた。さらに窓の外を見ると、雪がちらつき始め、翌朝カーテンを開けるとかなり積もっていた。オトリブどころではない。
だがその日、外出予定を取りやめたボクは、せめてオトリブの仕組みを研究してみることにした。ラップトップPCでウェブサイトの1ページを開いてびっくり。パリのグーグル地図上におびたただしい数のフラッグが立っている。ステーション所在地と、現在利用可能なブルーカーの数がリアルタイムで表示されているのだった。ヴェリブとまったく同じである。
トップページに戻ると、「登録しましょう!」の文字がある。まあ、課金されないところまでやってみることにした。1年、1カ月、1週間といったプランもあるが、最短の1日プランを選んで先に進む。住所、氏名、メールアドレスなど個人情報を入力する。やがて顔写真、免許証、IDカードの画像を送信するようにとの表示がでた。アパートにスキャナーなどあるはずがない。だめだ……とうなだれながら、いいアイデアを思いついた。
免許証などをテーブル上に置いて一眼レフカメラで撮影し、JPEG画像にして送信してみた。すると、間もなく「受信しました」というメッセージが自分のメールアドレスに送られてきた。
「ユッピー(フランス語でやったーの意味)!」と思わず声を上げた。
登録するも乗れず
しかし、そう甘くはなかった。
よく読むと1日プランの場合、実際に「ブルーカー」を借りる前に「登録スペース」と名付けられた無人端末機までクレジットカードを持って赴かなければならないことがわかった。登録スペースは、すべてのステーションにあるわけではない。先ほどのグーグル地図上の表示を見て最寄りの所在地を確認しなければならない。
前述のようにその日は大雪。とてもクルマを試す気になれない。さらにボク自身も時間切れになってしまった。翌日イタリアに戻らなければならなかったのだ。次にパリに来るのは少なくとも1カ月以上先だ。それまで送信したデータが残ってるのかな。期限切れでもう一度頭からやり直し、なんていうことになったら泣ける。
唯一の気休めは、後日ボクのメールアドレスにたびたび送られるようになった「ぜひご利用ください」といったメールマガジンだった。
ちなみにイタリアに戻ってから、パリ在住の知人たちに「オトリブ、どうよ?」とたびたび聞いた。しかし返ってくる答えは、一様に「まだ使ったことないよ」だった。考えてみれば、彼らはみんないわゆる硬派のカーエンスージアストだから、カーシェアリングなどには興味ないのだろう。
というわけで、今回は試すところまでお伝えできなかったが、次回は涙なしには見られないオトリブ乗車奮闘記を動画付きでお届けする。ハンカチを手にお待ちください。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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