ポルシェ・カイエンSハイブリッド(4WD/8AT)
次の1点をどちらが取るか 2013.07.02 試乗記 今年でデビュー3年目を迎えた「ポルシェ・カイエンSハイブリッド」に試乗。その進化の度合いとともに、欧州製ハイブリッドの特徴をあらためて検証した。思えば遠くへ来たもんだ
1990年代の後半に「トヨタ・プリウス」や「ホンダ・インサイト」が出現した時、ヨーロッパの人はハイブリッドという新しい仕組みにそれほど乗り気ではなかったように記憶している。少なくとも、「オー、イエー!」という態度ではなかった。ハイブリッド車は、平均速度が低いうえにストップ&ゴーが連続する日本的な道路環境では効果的かもしれないけれど、高速走行が多いヨーロッパでは燃費が伸びないと彼らは考えたのだ。
当時、ヨーロッパでハイブリッドが盛り上がらない理由として、個人的に「なるほど!」と膝をたたいたのは、自動車評論家の舘内端さんの「キリスト教は一神教だから」という説だった。「モーターとエンジン、神様が2人いる状態はヨーロッパ人としてはキモチ悪いのではないか。一方、八百よろずの神を信仰する日本人はハイブリッドになんの抵抗もない」ということを、舘内さんはおっしゃっていた。
2010年、ついにポルシェの市販モデルにもハイブリッドシステムが搭載された。それが「カイエンSハイブリッド」で、翌11年には日本に導入されている。
久しぶりにカイエンSハイブリッドのステアリングホイールを握りながら、いまやドイツの自動車メーカーにとってハイブリッドがあたりまえの技術になっていることに、思えば遠くへ来たもんだと思う。
ポルシェだけでなくメルセデス・ベンツもアウディもBMWもフォルクスワーゲンも、ハイブリッド車をラインナップしているのだ。先日発表された「ポルシェ918」のプラグインハイブリッドの仕組みを見ても、意外と早く追いつかれてしまったというのが率直な印象だ。
ここでカイエンSハイブリッドの仕組みをおさらいしておきたい。333psを発生する3リッターのV型6気筒ガソリン直噴+スーパーチャージャーユニットに電気モーターが組み合わされ、システム全体で380psを発生する。トランスミッションには8段ATが組み合わされ、0-100km/hを6.5秒で駆け抜ける。
ちなみに4.8リッターNA(自然吸気)のV型8気筒エンジンを積む「カイエンS」の最高出力は400psで、0-100km/h加速は5.9秒。スペックを見る限り、カイエンSハイブリッドの動力性能は4.8リッターNAに近いことがわかる。
2013年モデルのカイエンSハイブリッドのメカニズムは、2011年に日本に導入された時から変わっていないという。けれども市街地を走りはじめてすぐに、フィーリングに変化している部分があることに気付く。
まるでヨットかグライダー
ひとつは、カイエンSハイブリッドで初めて採用された電動油圧式パワーステアリングの手応え。重すぎもせず軽すぎもせず、切った瞬間にドライバーの意思を前輪に伝えるいかにもポルシェらしいフィールになった。
もう一つ、「かっくんブレーキ」になりがちだったブレーキのフィーリングも改善されていた。以前は「ここまでは回生ブレーキ」「ここからは摩擦ブレーキ」といった具合に、部署間の連携が悪かった。けれども2年の年月を経て、互いの意思の疎通が図られるようになった。結果、ブレーキのフィーリングはシームレスになった。
ステアリングホイールとブレーキペダルはともに直接触れる部分だけに、ここの手触りがよくなると一気にクルマが上等になった気がする。
といったことを確認しながら、しばらく市街地を流す。
赤信号で止まるとすかさずアイドリングストップ。青信号でスタートする時、バッテリーに残量があればモーターだけで静かに発進する。ただし少し深くアクセルペダルを踏み込むと、すぐにエンジンが始動する。
モーターだけで走るEV走行の頻度が高いハイブリッド車の方がありがたいと感じてしまうけれど、そうとも言い切れない。カイエンSハイブリッドのモーターの出力は34kWであるのに対してトヨタ・プリウスは60kW。ポルシェのハイブリッドシステムが、そもそもモーターだけで走るEV走行を重視していないことがわかる。
では何を重んじているのか? それは高速道路に入るとわかる。
高速巡航中にアクセルペダルを少し戻すと、ストンとエンジンが停止する。「セーリングモード」と呼ばれる状態だ。エンジンがクラッチで切り離されるから走行抵抗が激減し、したがって大幅に燃費が向上する。
「セーリングモード」の走行感覚は、ヨットやグライダーのように動力源を持たない乗り物に似ているという。残念ながらヨットもグライダーも経験がないので比べようがありませんが、とにかく新鮮なフィーリングであることは間違いない。
ハイブリッドのネガを感じない
富士山麓までの往復を含む377.8kmを走っての燃費は7.76km/リッター。う〜ん、微妙……。
ステアリングとブレーキのフィーリングがよくなったことに気をよくして、ワインディングセクションで飛ばし過ぎたのが燃費悪化の原因だ。走り始めた瞬間にクルマと自分が一体化して、ボディーが実際のサイズより小さく思える感覚はほかのポルシェと共通。ついつい飛ばし過ぎてしまった。
高速道路でもセーリングモードを試す場面以外は、そこそこアクセルを踏んだ。それでも車載コンピューターの数値は11km/リッター程度を示していたから、少なくとも高速走行に限れば、あと2割程度は燃費が向上したと思われる。
ワインディングロードでの燃費は微妙であったけれど、ハイブリッドシステムのフィーリングは絶妙だった。
停止時のアイドリングストップ状態からモーターだけのEV走行、そしてモーター+エンジンでの加速で滑らかにスピードを上げる。さらに加速を続けるとモーターは存在感を消してV6エンジンとスーパーチャージャーが主役になる。巡航状態でアクセルペダルをすっと戻すと、エンジンが切り離されて車内に平和が訪れるセーリングモード。
一連の動作の間に段差やショックは一切なく、滑らかに連続する。
カイエンSハイブリッドに乗っていると、エンジンとモーターが別々に存在しているのではなく、ふたつあわせてひとつの原動機になっていると感じる。冒頭の舘内さんの言葉を借りれば、神様が一人になった。
もうひとつ、セーリングモードを体験すると、このハイブリッドシステムが効率的に高速走行をすることを主眼に置いていることがわかる。
つまりカイエンSハイブリッドの仕組みは、ヨーロッパ人がハイブリッドを嫌いな理由をふたつともつぶしたことになる。
サッカーにたとえれば、日本のハイブリッド車は前半開始早々、見事な得点を立て続けに2点決めた。対するヨーロッパ勢も、前半10分に得意の高さで1点返した。ゲームはまだまだ先が長い。解説のセルジオ越後さんなら、次の1点をどっちが取るかが大事、とおっしゃるだろう。
(文=サトータケシ/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
ポルシェ・カイエンSハイブリッド
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4845×1940×1710mm
ホイールベース:2895mm
車重:2270kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:8AT
エンジン最高出力:333ps(245kW)/5500-6000rpm
エンジン最大トルク:44.9kgm(440Nm)/3000-5250rpm
モーター最高出力:47ps(34kW)/1150rpm
モーター最大トルク:30.6kgm(300Nm)/1150rpm
タイヤ:(前)265/50R19 110V/(後)265/50R19 110V(グッドイヤー・イーグルF1)
燃費:8.2km/100km(約12.2km/リッター、欧州複合モード)
価格:1130万円/テスト車=1434万2000円
オプション装備:車体色<ジェットグリーンメタリック>(18万1000円)/オートマチックテールゲート(11万6000円)/プライバシーガラス(8万3000円)/ポルシェ・ダイナミックライトシステム(11万6000円)/ポルシェ・アクティブサスペンションマネージメントシステム(27万4000円)/ポルシェ・セラミックコンポジットブレーキ(141万8000円)/19インチ カイエンターボ ホイール(25万3000円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(2万9000円)/フロアマット(3万2000円)/シートヒーター(フロント)(7万7000円)/シートベンチレーション(フロント)(20万円)/コンフォートメモリーパッケージ(14Way)(26万3000円)
テスト車の年式:2012年型
テスト車の走行距離:2万2616km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:377.8km
使用燃料:48.7リッター
参考燃費:7.8km/リッター

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。