第23回:クルマを使って殺人!……なのにデートにも使える映画 − 『青い塩』
2012.03.12 読んでますカー、観てますカー第23回:クルマを使って殺人!……なのにデートにも使える映画『青い塩』
なぜか登場しないあの国のクルマ
この連載で取り扱ってきたクルマを見返してみると、圧倒的に多いのがアメリカ車である。「T型フォード」から「リンカーン・タウンカー」に至るまで、のべ17台が登場している。続いてドイツ車と日本車が13台、イタリア車とフランス車が5台、イギリス車とスウェーデン車が2台だった。
これは、各国の自動車産業のレベルを反映したものではもちろんない。アメリカ車が多いのは、取り上げる映画がどうしてもアメリカ映画に偏ってしまうためである。それはいいとして、奇妙なことがある。今や世界中で売れまくっているあの国のクルマがない。そう、韓国車だ。日本車が重要な役割を持つアメリカ映画はいくつもあるのに、韓国車が前面に出た作品はひとつもなかった。販売面では日本車の脅威となっている韓国車だが、映画の世界に浸透してくるのはこれからのようだ。
というわけで、今回は初めて韓国車が登場する映画である。紹介するのが韓国映画なのだから、当然なのだが。クルマと同様、映画でも韓国の勢いはめざましい。才能のある若い監督がどんどん出てきていて、ポン・ジュノ、キム・ジウン、ナ・ホンジンらはすでに安定感がある。一昨年、『息もできない』で彗星(すいせい)のように現れたヤン・イクチュンのように、まだまだすごい才能が隠れていそうだ。
ヤクザとツンデレ美少女の物語
アイドルの活躍や『冬ソナ』のイメージで韓国文化をとらえていると、甘ったるいものだと思ってしまうかもしれない。しかし、映画では痛いほどの暴力描写が多いのが最近の特徴だ。昨年の『悪魔を見た』や『アジョシ』など、思い出すだけで今でも背筋が寒くなる。そんな中で、今回紹介する『青い塩』を撮ったイ・ヒョンスン監督は、ちょっと異色な存在だ。
女性を美しく描くことには定評があり、スタイリッシュな作風を持つ。2000年に撮った『イルマーレ』は、韓国映画として初めてハリウッドでリメイクされた。海辺の一軒家が舞台のラブストーリーで、2年の時を隔てた男女が郵便受けを介して手紙をやり取りするという、激甘なロマンチック映画だった。ちょっと日本のトレンディードラマを思わせるところもある。でも、今回の作品はヤクザが主人公だ。どう料理するのか、興味が湧く。
引退したばかりの元ヤクザの親分ドゥホンを演じるのは、韓国きっての演技派ソン・ガンホである。『殺人の追憶』『渇き』『義兄弟』などでおなじみの俳優だ。さえないおっさんだが、彼が出てくるだけで安心感が漂う。故郷の釜山で食堂を開き静かに余生を送るのが彼の願いで、料理教室に通う。教室で隣になるのが美少女のセビン(シン・セギョン)だ。
イ・ヒョンスン監督はさすがに女の子を撮るのが上手で、彼女は水際だった美しさをまとう。ただし、恐ろしく無愛想だ。いつもうつむき加減で、まともに会話もかわさない。しかし、のちのち実はとんでもないツンデレキャラであることが明らかになっていくのだが。
カーチェイスは韓国のミニバン
セビンは、ドゥホンを監視するために雇われていたのだ。オリンピック候補になるほどの腕前を持つ射撃選手だったが、交通事故によって夢を断たれてしまった。しかも巨額の借金を抱えてしまい、怪しげな仕事を引き受けるようになっている。彼女は、前髪を垂らして右目を隠すようなヘアスタイルで、これが不気味な魅力を醸し出す効果をもたらしている。ただ、後で出てくる殺し屋の男も同じ髪型なのだ。そういえば、『アジョシ』のイ・ビョンホンも片目を隠していた。殺し屋の暗い心情を表す手法として、韓国ではこれが流行しているのかもしれない。
二人はだんだん心を通わせるようになるが、ドゥホンを殺せという指示がセビンに伝えられる。荒唐無稽な話だと感じるだろうか。もっともなことだ。ただ、これこそが韓国映画の真骨頂である。ありえない無理やりな設定に、チカラ技で説得力を持たせる強引さこそが魅力なのだ。冷静に考えれば奇妙な話でも、なぜかリアリティーを感じてしまう。まことに、映画というのは理屈ではない。
セビンはドゥホンを殺すのをためらうが、彼は道でクルマにはねられてしまう。結構なスピードでぶつかったのだが、命に別状はなし。韓国の男はタフなのだ。この時使われたクルマは「ヒュンダイ・エラントラ」だった。日本にも2001年から輸入されていたが、これはその一つ前のモデルだ。5代目となる現在のエラントラが彫刻的なフォルムなのとは似ても似つかない、ぼうっとした形である。
最後には、カーチェイスも用意されている。ドゥホンが乗るのは「ジープ・グランドチェロキー」で、殺し屋が運転しているのは「ヒュンダイ・スタレックス」だ。日本には導入されたことのないミニバンである。
血は流れるし人は死ぬし、普通なら殺伐とした映画になりそうなものだ。しかし、イ・ヒョンスン監督はあくまでスタイリッシュさを優先する。安心してデートにも使える映画だ。監督の趣味は貫かれていて、ラストには海辺のレストランが登場する。見覚えがあると思ったら、どうやらフィリピンのセブ島にあるハドサン・ビーチ・ホテルのようだ。チキン・アドボがおいしかったと記憶している。いかにも監督好みの、すてきなレストランである。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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