第92回:人生を捨てた男は青いクルマで復讐に向かう
『ブルー・リベンジ』
2015.02.13
読んでますカー、観てますカー
ボンネヴィルで暮らすホームレス
その男は、ビーチの近くで暮らしている。ゴミ箱をあさり、空き缶を拾って小銭を稼ぎ、時には民家に忍び込んで勝手に風呂を使う。要するにホームレスなのだが、寝る場所はある。さびて穴だらけになったブルーの「ポンティアック・ボンネヴィル」だ。以前この欄で紹介した映画『ダブリンの時計職人』では、ホームレスが海辺の駐車場に停めた「マツダ626」に寝泊まりしていた。ホームレスが寝床として選ぶクルマには、どこか共通点がある。
雨の朝、後席で寝ていると、警官に起こされて署に来るように命じられる。立ち退きを迫られるのかとおびえたが、そうではなかった。警官は、「彼が釈放される……」と告げる。司法取引により、刑期満了の前に保釈されることになったという。
“彼”というのが誰なのか、まだ明らかにされない。危険を避けるために警察署に隠れるように促されるが、ドワイトと呼ばれたホームレスは従わなかった。クルマに戻り、出発の準備を始める。ポリタンクにためてあったガソリンを入れてバッテリーをつなぐと、一発でエンジンが目覚めた。ただの寝場所に見えたポンティアックは、まだ生きていたのだ。バージニア州の地図を買い込み、彼はクルマを走らせる。
刑務所の出口で待っていると、男が釈放されて出てくる。迎えにきたのは、「マーキュリー・グランドマーキー」のリムジンに乗った家族だ。貧しくてひとりぼっちというドワイトの悲惨な境遇とは対照的に、彼らは裕福で家族の絆は固い。ドワイトはリムジンの後をつけ、出所祝いの会場に忍びこむ。
素人対素人の殺し合い
映画が始まって20分ほどで、あっさり復讐(ふくしゅう)は果たされる。出所した男は、ドワイトの両親を殺害した犯人だった。時節柄詳しくは表現できない残忍な方法で、敵討ちを成功させるのだ。タイトルは、『ブルー・リベンジ』である。まだ70分も残っているのに、これでは物語が終わってしまうではないか。
この作品の原題は、『Blue Ruin』である。復讐ではなく、破滅がテーマなのだ。リベンジは始まりにすぎず、憎しみはさらなる争いを呼び込む。殺された男の家族であるクリーランド家の人々にとっては、ドワイトが復讐するべき相手となる。憎悪の念が強いほど、破滅は早くやってくるだろう。
何とか逃げ出したものの、彼は異常な事態に気づく。ラジオやテレビでは、殺人事件が一切報じられていない。彼らが警察に通報していないのは、自分たちの手で報復するつもりだからだ。ドワイトは、ホームレス生活を始めてから縁が切れていた姉を訪ね、危険が迫っていることを知らせた。復讐に関わっていない姉の家族を守るには、自分が戦いを終わらせるしかない。
ジャンルとしては、サスペンス・スリラー映画と言っていいだろう。ナイフと銃による殺人が描かれ、主人公も命を失う危機にさらされる。ただ、ドワイトは殺しのプロではない。ド素人もいいとこだ。武器の扱いには慣れていないし、殺し合いがエスカレートすることに恐怖を覚えている。クリーランド家には豊富な武器がそろっているが、彼らもまた日常的に暴力に生きているわけではない。ギャング映画やスパイ映画とは違い、素人対素人の戦いなのである。
気の弱い人にはツラそうな残虐シーンも多い。血と肉片が、スクリーンに生々しく映し出される。痛み描写も容赦なく、ドワイトが足に刺さった矢を抜く場面など、とても正視できないほどだ。それは悪趣味なスプラッターではなく、普通の人が殺し合うことのリアリティーを追求するための必然である。痛みが伝わるからこそ、観客は復讐のむなしさを肌で理解することになる。
家族と親友で製作した映画
監督のジェレミー・ソルニエは、かつて特殊メイクに携わっていたことがあるそうだ。流血シーンのディテールにこだわっているところは、出自が影響していると思われる。CGも多用されているというがこれみよがしではなく、見ていてまったく気づかない。
2007年に『Murder Party』という低予算映画を作ったことはあるが、ソルニエ監督はほとんど無名だったと言っていいだろう。撮影監督として実績を積んできた彼は、自分と妻の預金と退職口座をすべて使い、背水の陣で製作した。もちろん、自主映画である。撮影の舞台となった家は監督の母親のものであり、ポンティアックは父親が乗っていたクルマだ。主人公のドワイトを演じたのは、幼なじみのメイコン・ブレア。高校時代、一緒に映画を作った仲間で、25年来の親友だ。
映画は2013年にカンヌ国際映画祭の監督週間で上映され、関係者から絶賛された。国際映画批評家連盟賞を受けている。監督も主演俳優も無名だったが、この成果を掲げて全米公開されることになった。コーエン兄弟の作品になぞらえられたというから、最大限の称賛を受けたわけだ。現在、はるかに予算規模の拡大した次作『Green Room』を製作中である。
名作『わらの犬』とこの作品との類似性を指摘する人もいる。気弱なインテリが野蛮な田舎者から卑劣で陰湿な攻撃を受けるうちに、内に秘めていた暴力性が解き放たれていく物語だ。『ブルー・リベンジ』でも、ドワイトはごく普通の市民であり、ホームレスとなってからも粗暴な振る舞いをすることはなかった。落ち着いたブルーのポンティアックは“青い廃虚”であり、そこは人生を破滅させた男がひそやかに暮らすにふさわしい場所だった。両親を殺した犯人が適正な処罰を受けていれば、暴力の連鎖が幕を開けることはなかっただろう。
暴力を受けた側が、同じ暴力で対抗することは許されるのか。血の匂いに満ちた作品だが、この問いに肯定的な回答を示したとは思われない。非道で理不尽な憎悪に直面した今だからこそ、日本人が見るべき作品である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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