第21回:ラウンドアバウト――環状交差点の”今”を見に行く(その4)
アバウト女とタクシー運転手
2015.11.20
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
住人たちの意見
「環状交差点?」
「ラウンドアバウトのことですよね?」
JR飯田駅前で、明らかに近所の住人とわかる風体の中年の女性に聞いてみた。環状交差点についてお話を伺いたいのですが、と。そこで返ってきたのが冒頭の言葉だった。
「ゆずれ」の文字や交差点進入時に一時停止しないという事実に、グッときたり新鮮さを覚えたりしたけれど(第20回参照)、今回の取材でもっとも驚いたのはこの女性の言葉だった。
「ラウンドアバウトですよね」
環状交差点、と尋ねた私に、当然のように彼女の口を突いてでた「ラウンドアバウト」。それが意味しているのは要するに、この街では、少なくとも彼女自身、あるいは彼女の周囲では「ラウンドアバウト」が日常用語として使われているということにほかならない。日常生活のなかにラウンドアバウトが存在し、その交差点を利用しているのだから当然と言ってしまえばそれまでだけれど、そういう環境で暮らしているわけでない私にしてみれば、やっぱりびっくり仰天ものなのである。
東和町と吾妻町のラウンドアバウトを走って、これ、いいんじゃないか、と、私は感じた(第20回参照)。
では、地域の人たちの意見は?
ラウンドアバウトに改修した交差点の印象を尋ねた飯田市の調査によると、回答者(688人)の半数以上(54.3%)が「良くなった」「少し良くなった」と答えていたが、その一方で、20%弱の人が「悪くなった」「少し悪くなった」と感じているとわかった。で、私は思ったわけだ。「良い」とか「悪い」とか、この交差点を利用している地域の人たち――街行く人やタクシー運転手など――の意見を聞いてみたい、と。そして、最初に話を聞いたのがこの女性だったのだ。
「そもそも交通量が少ないのに、前は信号待ちがあった。それがなくなって無意味に止まることがなくなったのがいい」
彼女はこう話し、そして続けた。
「一時停止しないで譲るんですけどね、あの“ゆずれ”っていうの、あれ、判断はドライバー任せで、すごくアバウト過ぎるんじゃないかしら。だからラウンドアバウトっていうんでしょ?」
しゃれのつもりらしい。自分で言って、自分だけ笑っていた。
駅前のタクシー乗り場で客待ちをしていた運転手にも聞いてみた。
「吾妻町のラウンドアバウトは、改修前は、私たちが『ロータリー』と呼んでいた円形の交差点だった。だから交差点の形状としては見慣れていた。でも、それまでの“一時停止”から“ゆずれ”になって、その違いに慣れるまでは違和感があった。ロータリーの時代からそうだったけれど、信号待ちがなくてスムーズでいい」
たくさんの市民に意見を求めたわけではないけれど、それでも、私が接触した何人かの人たちからは、似たような言葉――「スムーズ」だとか「信号待ちがない」だとか――が聞こえてきて、ラウンドアバウトに否定的な意見って、きっと少ないんだろうと推測できた。
けれど、交差点進入時の「ゆずれ」(=一時停止なし)という事実を考えると、先の「20%弱」は、おそらく対歩行者の安全性への不安なのだろうとも同時に推測できた。
拡大 |
わけありの桜並木
東和町と吾妻町。300メートルほどしか離れていない場所にあるふたつのラウンドアバウト。5枝の道路が集まっている点は同じだが、見た目が決定的に違うのは、吾妻町のラウンドアバウトが見事な桜並木(写真参照)の途中にあるというところである。
ここ、実は、わけありの桜並木なのだ。
かつて飯田藩の城下町としてのたたずまいを残していた飯田の市街地。ところが、戦後間もない1947年(昭和22年)に起こった大火で、小京都といわれた町並みの大半が失われてしまう。そして、後に区画整理事業で防火帯として整備されたのがこの桜並木だったのである。
桜並木の道を走っていくと、そこに現れるラウンドアバウト。進入してくるクルマがいないときは、騒音どころか、物音ひとつ聞こえてこない、市街地にありながらも静寂な時間を持つ交差点である。全面を芝に覆われた中央島(=交差点の中心の円形島)に、それこそ数えきれないくらいのトンボがホバリング状態で飛んでいた。周囲に高層の建物がないものだから、見上げると、快晴の秋の空がとてつもなく大きく広がっている。
その交差点の端にたたずみ、ラウンドアバウトに思案を巡らせているサングラスの男は、もちろん私である。
それにしても、なぜラウンドアバウトなのか?
それにしても、なぜ、“今”なのか?
ラウンドアバウトの現場を見たいと思ったそもそもの疑問(第19回参照)を、現場に立って、あらためて思い浮かべるサングラスの男なのだった。
(文=矢貫 隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
-
第31回:「制限速度120km/h へ引き上げ」の背景にあるもの(最終回)
絶対の自信あり 2016.8.11 交通事故が多発し「スピードは悪」とされた時代には考えられなかった制限速度の見直し。時代は変わり、今回警察庁は高速道路の制限速度引き上げを決定した。その理由は? 背景には何があるのか? シリーズ最終回。矢貫 隆が解説する。 -
第30回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その3)
「なぜ120km/hなのか」のわけ 2016.8.4 賛否両論ある高速道路の制限速度引き上げ問題。制限速度を引き上げるにしても、なぜ120km/hなのか? それには「自動車専用道路の設計速度」が関係しているという。矢貫 隆が詳しく解説する。 -
第29回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その2)
印象と現実は違う、かも 2016.7.28 高速道路の制限速度引き上げについては、自動車の性能や実勢速度を考えれば当然という声もあれば、速度差が大きくなって危険が増えるのでは、という意見も。他車との速度差があると何が起きるのか? 速度引き上げ想定道路のひとつ、新東名を走ってみた。 -
第28回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その1)
プロローグは「昔の思い出」 2016.7.21 警察庁の発表直後こそメディアは120km/h時代の到来を報じたが、それから3カ月、なぜ今、なのか、なぜ120km/hなのか、なぜ限定的な区間だけなのか等についての続報がいっこうに伝わってこない。だから矢貫 隆が、今、それを語る。 -
第27回:元リーフタクシー運転手、最新型リーフに仰天する(最終回)
俺、感動しちゃったよ(小さな旅編) 2016.4.14 最新型「日産リーフ」で横浜から小田原の漁港に向かった、元リーフタクシー運転手の矢貫 隆。「航続距離200kmはいける」「約6000基の急速充電器」という数字のすごさを実感しながら、今回の旅を振り返る。
-
NEW
新生ノートンがいよいよ始動! 名門の復活を担う次世代モーターサイクルの姿に迫る
2026.1.16デイリーコラム英国のモーターサイクル史にあまたの逸話を残してきた名門、ノートンが、いよいよ再始動! その数奇な歴史を振り返るとともに、ミラノで発表された4台の次世代モデルを通して、彼らが思い描く未来像に迫った。 -
NEW
第858回:レースの技術を市販車に! 日産が「オーラNISMO RSコンセプト」で見せた本気
2026.1.15エディターから一言日産が「東京オートサロン2026」で発表した「オーラNISMO RSコンセプト」。このクルマはただのコンセプトカーではなく、実際のレースで得た技術を市販車にフィードバックするための“検証車”だった! 新しい挑戦に込めた気概を、NISMOの開発責任者が語る。 -
ルノー・グランカングー クルール
2026.1.15画像・写真3列7座の新型マルチパーパスビークル「ルノー・グランカングー クルール」が、2026年2月5日に発売される。それに先駆けて公開された実車の外装・内装を、豊富な写真で紹介する。 -
市街地でハンズオフ運転が可能な市販車の登場まであと1年 日産の取り組みを再確認する
2026.1.15デイリーコラム日産自動車は2027年に発売する車両に、市街地でハンズフリー走行が行える次世代「ProPILOT(プロパイロット)」を搭載する。その発売まであと1年。革新的な新技術を搭載する市販車の登場は、われわれにどんなメリットをもたらすのか。あらためて考えてみた。 -
ホンダ・プレリュード(前編)
2026.1.15あの多田哲哉の自動車放談トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんが今回試乗するのは、24年ぶりに復活した「ホンダ・プレリュード」。話題のスペシャルティーカーを、クルマづくりのプロの視点で熱く語る。 -
第944回:こんな自動車生活は最後かもしれない ―ある修理工場で考えたこと―
2026.1.15マッキナ あらモーダ!いつもお世話になっている“街のクルマ屋さん”で、「シトロエン・メアリ」をさかなにクルマ談議に花が咲く。そんな生活を楽しめるのも、今が最後かもしれない。クルマを取り巻く環境の変化に感じた一抹の寂しさを、イタリア在住の大矢アキオが語る。
