マクラーレン675LT(MR/7AT)
オーナーに嫉妬する 2015.12.02 試乗記 サーキットでの走りを追求した、世界限定500台の高性能モデル「マクラーレン675LT」を富士スピードウェイでフラットアウト。0-100km/h加速2.9秒、最高速330km/hという英国製スーパースポーツカーの実力を堪能した。見た目にはわかりづらいが
1997年に登場した「マクラーレンF1 GTRロングテール」を間近に見た者のひとりとして言わせていただければ、マクラーレン・オートモーティブのニューモデルである675LTは“ロングテール”とあえて呼ばなければいけないほどテールは長くないように思う。
そもそもF1 GTRロングテールは、ロードカーとは名ばかりでレース専用に開発されたに違いない各メーカーのGT1車両に対抗するため、リアオーバーハングをオリジナルの599mmから1090mmへと実に491mmも延長することで、エアロダイナミクスを改善したモデルである。そこには、見た目の美しさや日常的な使い勝手への配慮などなく、あるのはただレースでライバルを打ち破りたいという一念だけ。そのおかげもあって、F1 GTRロングテールは1997年のルマン24時間でGT1クラス優勝の栄冠を勝ち取った(総合優勝はTWRポルシェ)ものの、FIA GT選手権では計5勝を挙げながらもメルセデス・ベンツの牙城を崩すには至らなかったという、ある意味で悲運のモデルでもあった。
それに比べれば、675LTのデザインはずっとまとまりがあって美しい。ちなみにベースとなった「650S」との全長の差はわずかに34mm。そのほとんどがリアセクションの延長に充てられたはずだが、それにしても“拡大分”はF1 GTR ロングテールの10分の1にも満たない。いっぽうで、ボディーパネルは全体の35%を新造して650Sを40%も上回るダウンフォースを実現したほか、シャシー関連の30%、パワートレインの10%を新規開発することで、もともと軽量な650Sから車重をさらに100kg削り取るなど、675LTのスペックは見た目の印象が変わらない割には大きな進化を遂げている。では、675LTはどのような役割を担って誕生したモデルなのか?
よりサーキットにフォーカスしたモデル
「570S」の記事でも紹介したとおり、先ごろマクラーレンは、自社のラインナップに「アルティメイト・シリーズ」「スーパー・シリーズ」「スポーツ・シリーズ」という3つのシリーズを設定し、それぞれの立ち位置をより明確にした。
もっとも、1億円オーバーの限定モデルだけが名を連ねるアルティメイト・シリーズと、3000万円台の650Sを中心とするスーパー・シリーズの違いは誰の目にも明らかだが、2000万円前後の値札がつけられたスポーツ・シリーズは、同シリーズの1作目にあたる570Sの完成度が予想以上に高かったことも手伝って、スーパー・シリーズとの差がいささかわかりにくくなっている。おそらく、650Sの後継モデルが登場すれば570Sとの違いはより明確になるのだろうが、それまでの間だけでも、スーパー・シリーズのイメージをけん引するようなモデルが欲しい。そこで誕生したのが675LTである……という説明をマクラーレンが行ったわけでは決してないが、そんな意味合いも含まれているのではないかと邪推したくなるほど、675LTには高度なテクノロジーが注ぎ込まれている。
いっぽう、マクラーレンの公式な見解によると、最もサーキット寄りのポジションを10点、最も公道寄りのポジションを0点とすると、「P1」はおよそ8点、650Sはおよそ4点となるのに対し、675LTは650SよりもはるかにP1に近い7点付近に位置しているという。ちなみに、これでいくとスポーツ・シリーズは1.5~2点、アルティメイト・シリーズのなかでもさらに特別な存在の「P1 GTR」は11点(!)だそうだ。つまり、同じスーパー・シリーズのなかでも公道志向の強い650Sに対し、サーキット走行により特化したモデルが675LTなのだ。
キーワードは“ドライバー・エンゲージメント”
これを実現するため、マクラーレンは“ドライバー・エンゲージメント”を強化したと説明する。わかりやすく言えば、ドライバーがクルマとの一体感を強く感じられるように、クルマがドライバーに向けてさまざまな情報を発信するように工夫した、というわけだ。例えば、P1の考え方を導入したジオメトリーを採用して前後のトレッドを20mm広げたサスペンションなどは、その代表であるはず。また、エンジンは最高出力を25ps高めて675psとするだけでなく、最大トルクの発生回転数を650Sの6000rpmから5500~6500rpmへと幅を持たせることでドライバビリティーの改善を図っている。ダウンフォースを650Sより40%増やしたのも、接地感を高めてそれをドライバーにフィードバックするのが目的だったはず。さらには、570Sの試乗会場では「675LTはとにかくパワステのフィーリングがいいから試してほしい」と、技術のトップであるカルロ・デラ・カーサから直々に念を押されたほどである。
ただ速いだけでなく、操る実感をより深く味わえるスーパースポーツカーを……。675LTの開発の主眼は、この点にあったと見るのが正解だろう。
今回、試乗を許されたのは富士スピードウェイの本コースのみ。それも、たった5ラップほどの走行である。この程度の走行でスーパースポーツカーを自由自在に操れるようになれるほど、私のスキルは高くない。ところが、675LTとのランデブーでは、この5ラップでかなりのレベルまで到達できたのである。
“初対面”でも自信を持ってドライビングできる
いや、それどころか私はオープニングラップの100Rでいきなりタイヤの限界を引き出すことができた。まず、100Rに140km/hほどのペースで進入。ステアリングをゆっくり切り込んでクリップについた後、少しアウト側に膨らみかけたところでじわりとスロットルペダルに込めた右足の力を抜くと、675LTはそれまでの弱アンダーステアから弱オーバーステアへとゆっくりと転じ、ノーズはスルスルとコーナーのイン側に向きを変えた。こうなれば、ヘアピンのアプローチまでは一直線。その短い区間でもはっきりとムチを入れて675LTを加速させることが可能だった。
ヘアピンへの進入も実にスムーズだった。アウト側のフロントタイヤの接地感をしっかりと手のひらに感じながらステアリングを切り込めば、無用なアンダーステアを招くことなくヨーを立ち上げることができる。
そこからグングンと速度を増しながら300Rにアプローチ。高速コーナーへの進入だけに自分としては丁寧にステアリングを切り込んだつもりだったが、それでもステアリング操作が乱暴で急激にヨーを立ち上げてしまったのか、テールエンドがアウトに向けて振り出される格好となり、リアタイヤが軽いスキール音をたてながらスライドを始めた。この時点でもちろん200km/hに迫ろうかというスピードである。いつもであればスロットルを絶対に緩めないように細心の注意を払いながらステアリングを戻すところだが、このときはリアがスライドし始めても「ああ、流れたか」という程度の意識しか起きず、「それではカウンターステアでも……」などと考えているうちに675LT自身が自分でスタビリティーを回復。何事もなかったかのようにBコーナーめがけて加速していったのである。
その後のタイトコーナーが続くセクションでも、操舵(そうだ)中はフロントタイヤのスリップアングルをはっきりと意識できたほか、ブレーキングではタイヤがロックする寸前の減速Gまで攻め立てることができた。
どれもこれも、人に自慢できるような話ではないが、私がこれほどあっという間に限界を引き出せるようになったスーパースポーツカーは675LTが初めてだったといっていい。650Sはこれまでの最良の部類だったが、その650Sで同じ富士スピードウェイを走ったときよりもはるかに強い自信を抱いていられる。おそらくは、これこそがマクラーレンの言うドライバー・エンゲージメントなのだろう。
良く言えば扱いやすく、悪く言えばドラマに欠ける
パワートレインの完成度の高さにも目を見張らされた。
まず、エンジン音が抜群にいい。675LTのそれは澄んだ音色で、もはやそのサウンドからターボエンジンであることを言い当てるのは難しい。これには、エキゾーストマニフォールドの後で排気管が交差するレイアウトとした「クロスオーバー・エキゾースト」が功を奏しているようだ。
エンジンのドライバビリティーとレスポンスは650Sを一段としのいでいる。まるでこちらの右足の動きをあらかじめ読み取っているかのように、いつでも欲しいと思っただけのパワーが即座に得られるのだ。もっとも、全開時のパワーカーブはリニアリティーが高く、ボトムエンドのピアニッシモからトップエンドのフォルテッシモまでが一直線で結ばれているため、良く言えば扱いやすく、悪く言えばドラマに欠ける。例えば、650Sが最後の1000rpmで見せる「悪魔のごとき加速感」は、675LTでは感じられない。650S以上にパワフルでしかも軽い675LTであれば、650Sと同程度の加速Gは当然、得られているはずだが、パワーの段差がないため、ドライバーに恐怖感を与えることがないのだ。
とはいえ、富士スピードウェイの1.5kmにもなるメインストレートで675LTが見せたスピードの伸び方は尋常ではなかった。ストレートの3分の1程度までくると車速は軽々と200km/hを超えており、そこから先もあれよあれよという間にスピードメーターの数字は増えていく。たしか、1ラップ目は260km/hの後半に達したところで恐怖感が先に立ってブレーキングを開始したが、生ぬるい制動だったにもかかわらず1コーナーのはるか手前で減速は終了、そこから先はスロットルペダルを踏み直してからターンインする体たらくだった。
圧倒的な加速力と、それに見合う制動力
270km/hオーバーまで頑張った2ラップ目も同様にブレーキを余らせていると、助手席に腰掛けているマクラーレンのインストラクターがたまらず「それじゃあ、私が合図を出したらブレーキペダルを踏んでください」と助け船を出してくれた。それでも3ラップ目は彼が合図をするよりも早く私がブレーキングを開始。4ラップ目でようやく彼のタイミングとシンクロしたが、それでもまだ制動力は余裕を残していた。そして迎えて最後のラップ、インストラクターの合図を歯を食いしばりながら待ち構えていると、スピードメーターは288km/hに到達。そこから彼の合図にあわせてタイヤがロックする寸前のブレーキングをしたところ、やはり難なく1コーナーに進入できてしまった。
それほどのハードブレーキングでも、ステアリングを修正する必要はほとんどなく、675LTは直進状態を保ったまま恐ろしい勢いで速度を減じていく。ちなみに675LTのエアブレーキ(急減速時にリアウイングが立ち上がり、空気抵抗を高めて制動力を向上させるとともに、リアのダウンフォースを高めてスタビリティーを向上させるデバイス)は650Sより面積が50%も拡大されているというから、その恩恵もあるのだろう。いずれにしても、圧倒的な動力性能であり、それと互角か、互角以上のブレーキ能力とブレーキング・スタビリティーであることは間違いない。
650Sに対してこれほど大きなアドバンテージのある675LT、価格も4353万4000円と650Sより1000万円以上も高いが、生産は世界限定500台で、しかも日本で2015年5月に発売されたときにはすでに完売していたという。ちなみに、日本での販売台数はその8%にあたる40台前後。もちろん私には買えるはずもないが、40人の幸運なオーナーには嫉妬せずにはいられないというものである。
(文=大谷達也/写真=マクラーレン・オートモーティブ)
テスト車のデータ
マクラーレン675LT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4546×2095×1188mm
ホイールベース:--mm
車重:1230kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7AT
最高出力:675ps(496kW)/7100rpm
最大トルク:71.4kgm(700Nm)/5500-6500rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ トロフェオR)
燃費:24.2mpg(約8.6km/リッター、EU複合サイクル)
価格:4353万4000円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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