ポルシェ718ボクスターS(MR/7AT)
ポルシェにもできないことはある 2016.11.17 試乗記 フラット4ターボエンジンを搭載する「718ボクスター」。より強力な2.5リッターユニットを搭載する「S」モデルは、パワーだけでなく、乗り心地もハンドリングも抜かりなし。ほぼ満点の優等生だ。でも、ポルシェにだってできないことはある。それは……。箱根のワインディングロードを目指した。もともとは1.1リッターだった
これまでに乗ったことがある一番古いポルシェは1953年型「356カブリオレ」である。ちょい乗り程度ではなく、オーナーと一緒にコッパ・デ・小海やジーロ・デ・軽井沢などのヒストリックラリーに何度か出場したことがある(もちろん自走だ)。エンジンは1.3リッターフラット4で40psちょっとのパワーしかないが、60年以上も前の車とは思えないほどビシッと走る。高速道路でも信州の山道でもコンディションの良いクラシック・ポルシェはまったく問題なく現代車に伍(ご)して走ることができるのだ。またイベントからの帰路、中央道や関越道で大渋滞に巻き込まれたことも何度かあるが、ちっとも不機嫌になることはなかった。ちなみに同年代の「フォルクスワーゲン・ビートル」でも同様のイベントに出場したことがある。こちらは1.1リッターでたったの25psながら、なかなか侮れない走りっぷりを見せるが、比べればやはりポルシェはベースとなったフォルクスワーゲンとは格が違う高性能車である。
そんな時代を考えれば、6気筒自然吸気(NA)から4気筒ターボエンジンに変更されたとはいっても、2リッターの「ボクスター」でも300ps、2.5リッターのボクスターSでは350psという、まさしくけた違いのパワーを生み出すのだから何の不足もないはずなのだが、数値だけでは納得してもらえないのが名門の宿命である。果たして4気筒ターボでもポルシェと言えるのか、と世間は喧(やかま)しい。もちろん、強化されるいっぽうのCO2排出規制に対応するための4気筒化であり、ターボ化であることは言うまでもないが、単なる燃費のためのダウンサイジングユニットと見られてはポルシェの沽券(こけん)にかかわるというもの。そのためにあらゆる手を尽くしたことがうかがえるのだ。
ターボ技術の結晶
2.5リッターのSユニットの最高出力と最大トルクは350ps(257kW)/6500rpm、420Nm(42.8kgm)/1900-4500rpmである。従来型ボクスターSは3.4リッターフラット6から315psと36.7kgmを生み出していたから、スペックは明らかに向上しているし、パフォーマンスも0-100km/hが従来型を0.6秒上回る4.2秒、最高速は285km/hという(スポーツクロノパッケージ付きPDK仕様)。ボクスターの場合は新型「911カレラ」と違ってターボは1基だが、Sに限って可変タービンジオメトリー(VTG)を採用しているのが特徴だ。タービンブレードが可変式のターボチャージャーは「911ターボ」にも採用されているもので、ディーゼルターボエンジンでは採用例は多いが、ガソリンターボでは排気温度と回転数が高くなるために難しく、ポルシェの他には例がない。加えていわゆるターボラグを小さくするために、スポーツモード以上ではアクセルペダルを一時的に戻してもスロットルを開けたままにして(燃料噴射はカット)過給圧をキープするシステムも盛り込まれている。
実際にスポーツモードを選択したボクスターSのフル加速はどう猛そのもの。何だか2リッターターボ時代のWRCラリーカーを思い出した。たとえばトヨタのグループA「セリカ ターボ」は同様のアンチターボラグ機構をFAS(フレッシュエアシステム)と称していたものだ。サーキットレースとは比べ物にならないぐらい常に変化するコンディションに対応するには、ピークパワーだけでなく(そもそもリストリクターで絞られていた)扱いやすさ、つまりは間髪入れないレスポンスやピックアップが求められるが、この4気筒ターボはラリーカーのようにビンビン即応するユニットだ。ただし、繰り返しになるがそれだけでは満足してもらえないのが名門のつらいところである。7500rpmまで回しても、6気筒NAと同じようなピークに向けて上り詰める硬質な音色とフィーリングが再現されているわけではない。非常にパワフルであり、普通に走る分にはきわめて扱いやすく俊敏であることは間違いないが、回転フィーリングや音色といった数字には表現しにくいことは、残念ながら気持ちいいというレベルには達していない。
たぶん歯ごたえのようなもの
トップエンドまで回せばもはや“無慈悲”に速いが、カタルシス的爽快感に乏しいのは、やはり、大丈夫かな? といささか心配になるようなエキゾースト音に理由があるように思う。スバル好きにとっては嫌いではない種類かもしれないが、特にスロットルオフでコーナーに向かう時のベリベリベリというさく裂音は、何だか無理させているようで気が重い。それにポルシェ以外のターボユニットと比べても回転落ちが悪いようで、何となく微妙にずれたリズムで走っているように感じる。料理では歯ごたえや食感も大切な役割を果たしているが、それが想像と違っていた場合に、あれ? と思うあの感覚に似ている。空冷時代のフラット6はシャンシャン回ってスパッと落ちる鋭さで知られていたからなおさらそう思うのかもしれない。ただし、それは全開で走る場合のみ、普通に走る際には気にならず、とにかくどんな場面でも逞(たくま)しいトルクが自由自在にガツンと応えてくれる。
そういえば、近ごろ一般の記事だけでなく、メーカーのカタログやプレスリリースにさえ“トルクフル”という単語が使用されていることが気になる。「英語でトルクがあるという意味の単語は“トルキー”です。気を付けてください」と、昔、『カーグラフィック』編集長の小林さんが言葉遣いを厳しくチェックしていたのを思い出してしまうのだ。和製英語としてもう通用しているのならまあどうしようもないが、本来は違うという老婆心である。
速さの先を追求する義務
パワーは強烈、トルクも逞しく、PDKの反応は素早くスムーズで文句なし。乗り心地もピタリとフラットでハンドリングは従来に増して敏しょう、かつスタビリティーも万全。しかも100km/hで高速道路を流すと15km/リッター以上は堅いようだ。だが、これらよりも大事なことを達成するのはポルシェにだって難しい。従来型6気筒のテナーサックスのハイトーンのような、力いっぱい上り詰めるような、エンジンを回すことによる達成感、あるいは解放感がない。それでもいいと納得してもらえるならば、ボクスターSは日常走行からサーキットでのタイムアタックまでほぼ満点でこなす優等生である。
注意すべきは、718ボクスターSのPDK仕様の価格は904.4万円だが、この試乗車はスポーツクロノパッケージ(37.9万円)やPASM(26万円)、PTV(ポルシェ・トルクベクタリング、23.8万円)、LEDヘッドライト(35.9万円)など総額200万円ほどのオプション満載でトータルでは1200万円あまりに達していること。これはもうスタンダードの911カレラが買えるぐらいの値段である。電動格納ミラーさえオプション(5.5万円)だから、「718ケイマン」のMTは619万円と以前より安くなった! と喜んでも、その値段では事実上買えないのがポルシェの現実である。導入当初はなかなか“素”のポルシェの実力を試せないのが悩ましいが、おそらくSではなく718ボクスターのほうが新世代の4気筒ポルシェのすがすがしさを感じられると思う。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=竹下元太郎)
テスト車のデータ
ポルシェ718ボクスターS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4379×1801×1280mm
ホイールベース:2475mm
車重:1385kg
駆動方式:MR
エンジン:2.5リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:350ps(257kW)/6500rpm
最大トルク:42.8kgm(420Nm)/1900-4500rpm
タイヤ:(前)235/35ZR20 88Y/(後)265/35ZR20 95Y(ピレリPゼロ)
燃費:7.3リッター/100km(約13.7km/リッター、欧州複合モード)
価格:904万4000円/テスト車=1206万6000円
オプション装備:ボディーカラー<ラバオレンジ>(42万6000円)/レザーインテリアパッケージ<ブラック>(58万円)/電動ミラー(5万5000円)/PASM(26万円)/PTV<ポルシェ・トルクベクタリング>23万8000円/スポーツクロノパッケージ(37万9000円)/20インチ Carreraクラシックホイール(38万9000円)/カラークレストホイールセンターキャップ(3万円)/フロントウィンドウ クレーティント(2万1000円)/オートエアコン(13万9000円)/GTスポーツステアリングホイール(5万円)/シートヒーター(7万6000円)/フロアマット(2万円)/LEDヘッドライト(35万9000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:1万2979km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:344.9km
使用燃料:42.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.1km/リッター(満タン法)/8.8km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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