メルセデスAMG S63 4MATICカブリオレ(4WD/7AT)
とびきりのバディ 2016.11.28 試乗記 メルセデス・ベンツのトップエンドモデルに、44年ぶりとなる「カブリオレ」が復活。ぜいたくなオープン4シーターが実現する世界とは……? パワフルな5.5リッターV8ツインターボを積む「メルセデスAMG S63 4MATICカブリオレ」で確かめた。屋根を開ければ別世界
ドアを開けると、ほのかな甘い大人の香りがした。香りは官能を刺激する。グローブボックスの中にはパフュームのボトルが入っている。
香りだけではない。
S63 4MATICカブリオレの試乗車の場合、内装はバーガンディーのレザーで、黒いレザーのセンターコンソールには赤いスティッチが入っている。赤と黒が視覚を刺激し、レザーの柔らかい手触りにうっとりする。メルセデスAMG S63 4MATICカブリオレは官能に訴えかけるエロティックなセクシーマシンなのだ。
と思いきや、走りだすと、乗り心地が意外に硬い。ファームである。AMG専用チューンの「エアマティックサスペンション」は路面からの初期入力をはね返すように締め上げられている。
ボディー剛性はたいしたことない。ユルユルではないけれど、21世紀の最新オープンカーにしてはコンピューター解析によってもっとカッチリできたのではあるまいか。どこかつっかい棒がしてあるように感じる。
というように走りだしての第一印象はさほどよくなかった。
カブリオレの最大のハイライトであるホロを開けるまでは。ホロは、センターコンソールの中に設けられたスイッチの操作により、およそ20秒で自動的に開閉させることができる。この20秒の中にサイドウィンドウの開閉時間も含んでいる。50km/hまでなら走行中でも全自動開閉ホロは稼働する。
屋根を開けると、別世界が始まる。乗り心地が硬いとかボディー剛性がうんぬんという感想をつらつらと書いたけれど、忘れてください。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
寒い冬でも平気の平左
私は寒気を全身に浴びながら、しかしシートヒーターによってお尻は熱いほどにヌクヌクとしながら河口湖近辺の一般道をS63 4MATICカブリオレで駆け抜けた。
寒気はしかし、ほとんど無問題だった。最近のメルセデスのオープンカーで軒並み採用されているエアキャップなる機構が付いていて、全自動ホロの開閉スイッチのすぐ横にあるボタンを押すと、フロントスクリーンの上端からスルスルとディフレクターが上方に伸びてきて、空気の流れを乗員の頭の上へと導く。
同時にリアからもディフレクター(ドラフトストップとメルセデスでは呼んでいる)が自動的にせり上がってきて、後ろからの乱流の侵入を防ぐ。エアキャップのおかげで、たとえサイドのウィンドウを下げていても、ドライバーは平気の平左だ。ただ1カ所、腿(もも)のみは寒い。伝統的にはひざ掛けを用意するだけの話だけれど、これも電気仕掛けで解決したらどうでしょうか、と提案したりして。
曲がり道でちょっとペースを上げると、S63 4MATICカブリオレは本来の姿を見せる。ホイールベースが2945mmもある、ということは、トヨタの最高級セダン「クラウン」(2850mm)よりもはるかに長い、車重2220kgのスーパーヘビー級であるにもかかわらず、司馬遼太郎の明治人のようにただ前のみを見ていると、あたかも2座の「SL」を運転しているような心持ちになる。
AMGのハンドメイド、5.5リッターV8ツインターボが大きな貢献をしていることは疑いない。最高出力585psを5500rpmで、900Nm(91.8kgm)に達する分厚い最大トルクを2250-3750rpmで軽々と紡ぎ出す。分厚いビーフステーキ900g級トルクのおかげで、S63 4MATICカブリオレは実に軽々と疾走する。
4MATIC! 四輪駆動であることもほとんどドライバーに意識させない。AMG専用の4MATICは前後トルク配分が45:55から33:67へと、より後輪駆動よりに設定されている。四輪がステアリングフィールにおよぼす影響は事実上、皆無である。それでいて、全開にしてもリアが暴れる気配がないのは、そもそもが全輪駆動であることの恩恵だろう。
硬いけれど優しい乗り心地
ホロを開けて走っていると、乗り心地にもなんの不満もなくなる。ボディーシェルは「クーペ」と60%を共有しながら、カブリオレの場合はリアのバルクヘッドにアルミニウムとマグネシウムを組み合わせて使ったり、リアのフロアをアルミニウム製にしたりして、ボディー後半の軽量化と剛性の強化につとめている。おかげで、「S63 4MATICクーペ」からの重量増はカタログ数値で80kg増にとどまっている。
前述したように車重は2220kgもある。前後重量配分はホロ機構をリアに持つ分、後ろが重くなる。車検証の数値で検証すると、それは53.6:46.4で、比較的近い作りのメルセデスよりも、フロントの配分がわずかながら軽めに仕上がっている。
初期の入力に対しては突っ返すような反応を見せていたエアスプリングと可変ダンパーを持つエアマティックサスペンションは大きな入力が入ると、懐深く受け止め、荒れた路面でも荒れた路面であることを意識させない。荒れた路面であることはわかる。情報は伝達しつつ、しなやかに動いて乗員に不快な思いをさせない。
タイヤ&ホイールは20インチもある。前255/40、後ろ285/35と、太くて薄い。いかに軽量ホイールを使おうと、これだけタイヤがデカいと重い。エアマティックは重いものが激しく動くときのいなし方、制御の仕方がものすごくうまい。路面が荒れているほどその制御に感嘆する。S63 4MATICカブリオレの太平楽はエアマティックによって担保されている。試乗開始直後の印象とは異なり、乗り心地はものすごくイイ。見せかけは硬いけれど、本当は人に優しい。
でもって、AMGダイナミックセレクトである。電子制御のドライブモードであるこれをSにすれば、AMGスポーツエグゾーストシステムのフラップが開き、アクセルオフだけで7段のAMGスピードシフトMCTが豪快なブリッピングを入れながら、自動的にダウンシフトしてくれる。ステアリングにギアシフト用のパドルが付いているけれど、ほとんど無用の長物である。なくても楽しい。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
ライバルはベントレー
極太の小径ステアリングはロック・トゥ・ロックが2.2回転あまりしかない。舵の初期のレスポンスはそうとうクイックで、いわゆるゲインが高い。ちょっと切るだけでクイッと曲がる。だからクルマの大きさを感じさせない。一種の錯覚、虚構なのだけれど、だって目の前の彼女はホイールベース3m弱、車重2トンを超えるスーパーボディーの持ち主なのに、本当は長澤まさみなのに菊池桃子か、と信じこませちゃうようなテクノロジーがそこにはある。
これは4シーターの、モアラグジュアリーなSLである。その意味では「ポルシェ911カブリオレ」のライバルという見方もできる。もちろん最大のライバルは「ベントレー・コンチネンタルGTC」である。メルセデスが4座のカブリオレの四輪駆動を初めて世に出したのも、1961年から71年まで生産されたW111以来44年ぶりにラグジュアリー4座オープンを復活させたのも、ベントレーの存在あればこそなのだ。ライバルは大切である。
河口湖近辺で撮影を終了すると、私はS63 4MATICカブリオレのホロを開けて中央フリーウェイを走った。右手にビール工場、左手に競馬場が見えるころには、いったんパーキングに入ってホロを閉じていた。ホロを閉じていても、乗り心地になんの不満もなかった。
太陽の光を浴びながら走ることのできる健康的なエロスの女神は、600ps近いAMGパワーによって暴力の神が宿ったかに一瞬思えたけれど、全然そうではなくて、むしろ毎日付き合える、フレンドリーで思いやりに満ちたヤツだった。代官山のwebCG編集部に到着するころには私のバディと呼べるぐらいだった。バディとは「相棒」という意味なのだけれど、ふたりの間には2750万円という高い壁があった。恵比寿から地下鉄でウチに帰るのは、ま、いつものことさ。
(文=今尾直樹/写真=峰 昌宏/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
メルセデスAMG S63 4MATICカブリオレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5045×1915×1430mm
ホイールベース:2945mm
車重:2220kg
駆動方式:4WD
エンジン:5.5リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:585ps(430kW)/5500rpm
最大トルク:91.8kgm(900Nm)/2250-3750rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20 101Y/(後)285/35ZR20 104Y(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5P)
燃費:7.9km/リッター
価格:2750万円/テスト車=2763万1000円
オプション装備:ボディーカラー<ダイヤモンドホワイト>(13万1000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:4815km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:332.7km
使用燃料:48.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.8km/リッター(満タン法)/6.7km/リッター(車載燃費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
-
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】 2025.12.3 「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ドゥカティXディアベルV4(6MT)【レビュー】 2025.12.1 ドゥカティから新型クルーザー「XディアベルV4」が登場。スーパースポーツ由来のV4エンジンを得たボローニャの“悪魔(DIAVEL)”は、いかなるマシンに仕上がっているのか? スポーティーで優雅でフレンドリーな、多面的な魅力をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。






























