第213回:低燃費少年アキオ! 大矢式フランクフルトの楽しみ方(後編)
2011.09.30 マッキナ あらモーダ!第213回:低燃費少年アキオ!大矢式フランクフルトの楽しみ方(後編)
ペットボトルは捨てるな
前回に引き続き、フランクフルト2011会場の漫遊記である。報道関係者公開日につきものといえば、記事を執筆するもととなる報道資料だ。ボクは以前から、その立派すぎる装丁について本欄で指摘してきた。今回のフランクフルトでも、電子化の進展によってやや改善されたとはいえ、まだまだ過剰だった。これじゃ、いくら自動車メーカーがエコを叫んでも意味がない。
事実、要らない袋やカバー、さらに資料そのものなどが、各パビリオンの片隅やゴミ箱に大量に捨てられていた。清掃スタッフは、ひっきりなしにそれらを回収している。
実はボクも、「よくないなー」と思いながらも捨てさせていただいたものがあった。帰りの飛行機の荷物重量制限にビビっていたからだ。
その罪滅ぼしという意味で、ボクがフランクフルト滞在中に活用したのが、ペットボトルの返金制度である。飲み終わった空のペットボトルをお店に持って行くと、ボトルによって微妙に違うが15セントくらいを現金で返してくれるのだ。大きなスーパーマーケットには、ボトルを投げ込むと自動的に返金してくれる機械も設置されている。
毎晩ホテルで原稿書きのお供に飲んだリンゴジュースのボトルを、翌朝店に持っていってお金を返してもらう。イタリアではできない体験であることから、繰り返しているうち、その行為が快感になってくる。低燃費少女ハイジならぬ、低環境負荷少年アキオである。
最後には会場で会ったライターの小沢コージさんや吉田由美さんにも「捨てるビンがあったら回収しますぜ!」と思わず言いたくなってしまった。なにかと過熱しがちなボクであった。
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これでいいのかレトロ車展示
さて今回、演出という観点で目立ったのは、ずばり「レトロ展示」である。たとえばロータスは、「タルボ・サンビーム・ロータス」の1981年モンテカルロラリー仕様をスタンドの一角に置いた。ボルボも1963〜72年に生産された「1800Sクーペ」を「コンセプトYou」と対峙(たいじ)させるかのように展示した。
今年100周年のシボレーも、広いスペースをとって往年のモデル数台を展示していた。特に黄金時代の象徴である1960年の「コルベットC1」とテールフィンの生えた1957年の「57ベルエア・コンバーチブル」を並べたあたりは、必殺技といえる。
フィアットもしかり。3代目「パンダ」の発表を盛り上げるため、かわいい赤の初代パンダを持ってきていた。それを見たボクは「ちょっと待った」と思った。高い位置に古いクルマを置く展示は、1998年パリサロンでスバルが「360」をそうしていたのとそっくりではないか。
だがスバル360と違うのは、それを見た欧州の人たちは、たとえ「あの頃、友達が乗ってたパンダは、しょっちゅうどこか故障してたよなぁ〜」といった笑い話であっても、思い出話のきっかけにスタンドに立ち寄ってくれることだ。このあたりは、悔しいが日本車にまねできない欧州メーカーの強みである。
しかしながら、グループサウンズのリバイバルのごとく数年おきにやってくるレトロ車展示にボクは疑問を抱いている。スマートフォンやタブレットPCの新製品発表会で、歴代モデルを取り上げるメーカーがいくつあるだろうか。もしあっても、自動車メーカーのように大きなスペースをとったり、神棚のように祖先を祭り上げたりはしない。
「自動車はそれだけ歴史があるんだから、やりたいだけやればいいじゃないか」という声もあろう。だが、造船や繊維の業界がたどったように、産業が歴史を饒舌(じょうぜつ)に語れば語るほど、どこか挽歌(ばんか)に似たものを感じてしまうのである。
ついでに言うと、どこのメーカーも新車紹介の映像に合わせる音楽は「ドドドン、ドドドン!」といった、ビートが効いていて、どこか恐そうなものだ。ホンワカしたBGMは皆無といってよい。
その映像のロケ地も、多くはイタリア・トスカーナの糸杉並木やエルバ島など、ボクからいわせると“そこいら”で撮ったものが多い。背景には安定した天候、撮影中の交通規制のしやすさ、風景の美しさといった優位点があるのだが、もはや音楽とともにフォーマットに近いものができあがってしまっている。
レトロ展示と合わせ、このあたりでモーターショーの演出をリセットしないと、いつかワンパターンの烙印(らくいん)が押される危険性がある。もしくはこのままスタイルを変えず、アートユニット「明和電機」のように、古くささをコミックに変える、という手もあるが。
究極のエコカー発見
そんなことを考えながら屋外の通路を歩いていると、ボクの脇を聞き覚えのあるエンジン音が通り過ぎた。イタリア製3輪トラック「ピアッジョ・アペ」である。厳密にいうとジウジアーロのデザインによる「TM」というモデルだ。メッセ会場内の清掃車に採用されているらしく、気をつけて見るとあちこちで走りまわっている。
最先端のクルマがひしめくパビリオンと壁一枚隔てた外側を走っているのが、実は30年近く前に発売された軽3輪とは。最も人に近いところで奉仕するクルマが、コストパフォーマンス、取り回し、整備性、そして燃料入手の容易性などを背景に、今もってこうした形に帰着している。図らずもクルマの理想と現実を見た気がした。
まあそこまでマジにならずとも、アウトバーンの国ドイツで活躍するイタリア製3輪トラックとは痛快でないか。
ちなみに一般公開日に行ってみると、そのアペと記念撮影をしている若者2人がいた。ついでにボクも彼らのひとりと記念撮影した。それが最後の写真である。
「イタリアに来てみなさい。この究極のエコカー、飽きるほど見られるぞ」と言い残すのを忘れたのが心残りである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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