第576回:現時点では「内燃機関車風」に軍配!?
最新の電気自動車のデザインを考察する
2018.10.19
マッキナ あらモーダ!
突如の量産EVラッシュ
『鉄腕アトム』は、まごうかたなき日本アニメの名作である。いっぽう小学校高学年時代のボクが心酔したものといえば『宇宙戦艦ヤマト』だった。なぜなら操舵室に代表されるメカニックデザインが醸し出す“未来感”は、アトムをはるかに超越していたからだった。
今回は、最新の電気自動車(EV)のデザインを、未来感という視点で論じたい。
2018年9月は、市販プレミアムEVの発表ラッシュだった。まずは4日、メルセデス・ベンツが同ブランド初の市販EV「EQC」をスウェーデンのストックホルムで発表した。
続いて15日にはBMWが2022年生産予定のEVを示唆する「ヴィジョンiNEXT」の詳細を公開した。「ボーイング777カーゴ」で世界4都市を巡ってプレゼンテーション、という演出付きであった。
その3日後の18日には、今度はアウディがアメリカ・ロサンゼルスでミッドサイズSUV「e-tron」の量産型を発表した。
「普通のクルマ」を装って
2018年10月2日から14日まで開催されたパリモーターショー2018では、BMWヴィジョンiNEXTを除く、先述の2台と実際に接することができた。
まずはアウディe-tronを見学する。ヴィジョンiNEXTのアバンギャルドなムードには及ばないが、室内には「バーチャルコックピット」が採用されていることもあり、未来感はそれなりにある。ディテールの造形もモダンだ。
それでも実際にエクステリアを遠くから眺めてみると、“電気自動車感”が希薄である。
次にメルセデス・ベンツEQCを見る。今回、同車はショープレミアである。
初の市販EVのボディータイプとして、ミッドサイズSUVを選択したのは?
シニアプロダクトマネジャーのアントン・ゾンターク氏に聞いたところによると、「現状において最も人気のあるボディー形状であり、それが普及することにより、より多くのEVに関するフィードバックを獲得できるため」であるという。BMWやアウディがミッドサイズSUVを選んだのも同じ理由であることは間違いなかろう。
しかしながらEQCのエクステリアから受ける印象は、アウディe-tron以上に“未来感”が希薄である。それに関して、ゾンターク氏はサイドをなぞりながら「シームレスライン」という言葉で表現した。滑らかなボディー形状を示すとともに、メルセデスの伝統を絶え間なく継承していることを表しているとのことだ。
室内も、「Aクラス」で先鞭(せんべん)をつけた「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザーエクスペリエンス)」の大型ディスプレイこそ斬新であるが、常軌を逸したような冒険はみられない。メルセデスの規範が守られている。
待ちに待った本格的なEV時代は、意外にも「普通のクルマ」の姿をまとって到来した。
チープだが意欲は買えるテスラ
プレミアムEVといえば、そう、テスラである。出展ブランドが17も減少したパリショーだが、同社はしっかりとブースを構えていた。
フランスのマクロン大統領はEV用インフラの拡充を経済政策のひとつに定め、フランスにおけるEV販売を2020年までに現在の5倍にする目標を掲げている。さらに、2030年には首都パリから内燃機関車を排除する計画だ。
ヨーロッパの中で最もEV政策を進める都市のひとつであり、それもテスラを購入できる収入を備えたアーリーアダプターが多いパリで展示せぬ理由はない。
テスラブースで最も前面に展示されていたのは、さまざまな理由で話題の「モデル3」であった。
このモデル3、2017年のロサンゼルスショーではドアロックが掛けられていた。また2018年のジュネーブショーではインド系ソフトウエア企業によるアイキャッチだったため、ゆっくりと見ることができなかったが、今回ようやく観察することができた。
ダッシュボード、ドアトリムとも、3万5000ドル(約455万円)級のクルマにしてはやや物足りない。1980年代にクライスラーが打倒日本車を目指して発表した「ネオン」のような質素さが漂う。
高性能バッテリーやモーター、そしてオートパイロットにコストが費やされていることを理解すれば、それは許容できるのかもしれない。また東京でアメリカ車を2台所有した経験がある筆者からすれば十分許せる、愛すべきシンプルさともいえる。
しかし高級車の伝統的評価軸に沿って仕上げられた前述のライバルが続々登場した今、一般ユーザーの目にはやや満足度が低いフィニッシュに映る危険性は大アリだ。
かつて「モデルS」で人々を驚嘆させたダッシュボード中央の大型ディスプレイも、ドイツ勢のデザイン性の高いコックピットが登場した今となっては新鮮味に乏しい。
それでも筆者は、モデル3がドイツ勢とは異なり、先発モデルと同様にダミーのラジエーターグリルを抱いていないことを評価したい。グリルとはすなわちレガシーへの依存である。未来を切り開くEVにふさわしくない。
そうした意味で個人的に複雑な心境となったのは、2代目「日産リーフ」に接したときのことである。初代のデザインはエクステリア/インテリアとも未来感たっぷりだったが、2代目ではダミーのラジエーターグリルともとれるパネルが前部に付加された。
そのインテリアに目を向けても、初代「日産チェリー」(E10型)を彷彿(ほうふつ)とさせるホーンパッドを備え、これまた同じ時代を想起させる2連メーターが選択されている。
かつて初期型でグリルに依存しないデザインを標榜しながら、後期型ではグリルを付加した初代「インフィニティQ45」を思い起こさせる。
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歴史は繰り返す?
パリショー2018ではメルセデス・ベンツのディーター・ツェッチェCEOがスピーチで面白いデータを発表した。それによると、2018年第2四半期のEU域において、98.3%のユーザーはフルEVを購入することに依然抵抗感を抱いているという。
130年ほど前に自動車が登場したとき、多くの車体は馬車時代の構造を受け継いでいた。それは最も手慣れた車体製造法であったからだ。実際アメリカのフィッシャーボディーもイタリアのカスターニャも馬車製造業からの転換組だった。
同時に人々は、それまで乗り慣れた馬車に近似していたことから、自動車に対する抵抗感が薄らいだに違いない。
そう考えると、実はドイツ勢や日産リーフの保守的・内燃機関車的ともとれるデザイン戦法がEV普及期における定石となる予感がしてきた。
あとは、BMWのヴィジョンiNEXTがどこまで“とがった”まま生産型に移行できるか。
元ヤマトファンの筆者としては、妙に期待してしまうのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> /写真=Akio Lorenzo OYA、BMW/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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