あのハーレーから電動バイクが登場!
二輪車に見るパワートレイン電動化の現状
2018.12.05
デイリーコラム
“電気で走る”だけじゃない
ハーレーダビッドソンが奏でる排気音のことを、アメリカのバイカーたちは親しみを込めて「ポテトサウンド」と呼ぶ。アイドリング時の3拍子が「Po…tato, Po…tato」と聞こえるからだ。チンチン電車やポンポン船と同じ理屈である。なによりメーカー自身もそこにブランド価値を見いだし、排気音そのものを米国特許商標庁に申請。実際にそれが認められて商標登録されるなど、アイデンティティーのひとつになっている。
こうした音に加え、鼓動や匂い、手触りといったアナログ感を大切にしてきたのがハーレーダビッドソンだが、実はまったく別のもうひとつの顔がある。それが真逆ともいえる電動化への積極的な姿勢だ。
二輪車は、四輪車と異なり、実用性よりも趣味性で成り立っている世界だ。それゆえ、電動化には消極的なメーカーが多いのだが、ハーレーダビッドソンは2014年の時点でスポーツバイク然とした電動モデルのコンセプト「ライブワイヤ」を発表し、世界各地で試乗会を開催。ジャーナリストはもちろん、一般ライダーの声も拾い上げながら市販化に向けた開発を進めてきた。
それから4年がたち、先頃イタリアで開催された「EICMA(ミラノショー)」でついに市販予定モデルを披露。2019年中に発売されることが正式にアナウンスされた。具体的なスペックや価格は2019年1月に発表されるとのことなので、もう少し待たなければいけないが、トラクションコントロールや7種類ものライディングモードのほか、アルミフレーム、フルアジャスタブルサスペンション、ブレンボのブレーキキャリパーといった装備が高いスポーツ性を感じさせる。2014年の時点で最高出力は74psと公称され、0-60mph(約96km/h)加速も4秒弱を記録していたことを踏まえると、スペックに対する期待値は高い。
そもそも電気を選ぶ必要がない?
ハーレーダビッドソンの狙いは包括的で、既存のモデルにないスタイルと装備によって、新しいユーザーを取り込むことがまずひとつ。そしてもうひとつは、すでにハーレーダビッドソンを所有しているユーザーに対し、気軽に乗れて、なおかつ個性も失わないセカンドバイクとして提案することにある。いずれにしても、成功のカギは価格設定が握ることになるだろう。
では、その動きに追随するメーカーがあるのかといえば極めて少なく、あってもメーカーとしての規模は小さい。KTMなどのメジャーブランドが発表しているモデルはキッズ向けのモトクロッサーにとどまり、まだ模索中といった段階だ。
そんなふうになかなか電動化の波が広がらないのは、ユーザーの嗜好(しこう)によるところが大きい。なぜなら、バイクに乗るという行為は、あくまでも趣味のひと時を過ごすためものだからだ。エンジンの鼓動を楽しみ、ギアを駆使しながらパワーを手なずけ、トラクションを感じながら加速に身を委ねる。多くのライダーはそうやって心を解放するためのツールとしてバイクに乗るのであって、静かで振動がなく、操っている感覚が希薄な割に重く、(少なくとも現状では)航続距離に不安があり、イニシャルコストが高いバイクを選ぶ必然性がないからだ。
そのイメージを変える可能性があるモデルが、先のライブワイヤの他、台湾のキムコが開発した6段ギア付きの「SUPER NEX」だが、こちらもまだコンセプトの域を出ていない。電動スポーツバイクの実力を検証し、その未来を大いに語るにはもう少し待たなければならない。
百花繚乱(りょうらん)の電動スクーター
その一方で、スポーツバイクではなくコミューター、つまり電動スクーターのメーカーは乱立状態だ。大小合わせれば世界にすでに数百社は存在しているといわれ、中国を中心に一大マーケットを形成。特に台湾勢の躍進は目覚ましく、2011年に設立されたばかりの電動バイクメーカー「Gogoro(ゴゴロ)」は飛躍的に販売台数を伸ばしている。
その数字を挙げておくと、2018年1月~8月の期間で約4万台の電動バイクを販売。この数字だけだとピンとこないかもしれないが、これは台湾全体の販売台数の7%強を占め、同期間の日本国内の総販売台数(原付きからビッグバイクまで含む二輪車全体)に照らし合わせると、実にその15%強に相当する。
ゴゴロが他メーカーと決定的に異なるのは、バイク本体のみならずインフラも同時に整えたことだ。電動バイクで最もネックになるのは航続距離だが、台湾全土にバッテリーステーションを設け、残量が減れば最寄りのステーションで新品のバッテリーに交換する、という手軽なシステムも含めて作り上げたのだ。
そんなゴゴロは日本とも無関係ではない。ヤマハはすでに同社との協業を視野に入れており、それが実現すればヤマハがデザインした電動バイクをゴゴロが生産することになるはずだ。
当然、ホンダにも動きがある。2017年にはスーパーカブを電動化した「EVカブ」の開発を進めていることを明言。このところ続報が聞かれないが、当初の青写真通り日本郵便との提携が実現すれば、全国で約8万5000台が稼働している配達用カブがEVカブに切り換わっていくことになる。
また、これとは別にすでに販売が始まっているのが「PCXエレクトリック」だ。その名の通り、PCXをベースに電動化したモデルで、シート下にモバイルパワーパックを2個搭載して41kmの航続距離(60km/h定地走行テスト値)を公称。車両区分は“50cc超~125cc以下”の原付二種に相当し、まずは企業や個人事業主向けのリース車両として展開されている。
インフラも法整備も……問題山積のニッポン
というわけで、日本でもスクーターの分野では広がりを見せそうな電動バイクだが、たとえ十分な航続距離が確保されていたとしても、実用上の問題がある。それがパワーにまつわる法規制だ。
電動バイクにはエンジンで言うところの排気量が当てはまらないため、定格出力で区分される。定格出力が600W以下なら原付一種(50cc以下)、600W超1000W未満なら原付二種(50cc超~125cc以下)、1000W以上だと普通二輪免許(125cc超)という具合だ。
実はこれがくせ者で、ごく簡単に言えばエンジンに対してスペックの差がある。特に600W以下の原付一種相当だと走行シーンによっては危険を感じるほどだ。事実、ヤマハがラインナップしている「Eビーノ」は定格出力580W、最高出力は1.6psに過ぎず、4.5psを発生する現行のエンジン版「ビーノ」との違いは明らか。その加速性能がいかに物足りないかは推して知るべしだ。
このようにインフラのみならず、法整備も立ち遅れていると言わざるを得ない日本では、電動バイクのメジャー化に向けてまだまだクリアすべき課題が多い。ゆえにBMWの「Cエボリューション」やアディバの「VX-1」など、出力制限を受けない普通二輪相当の電動スクーターが、まずこのカテゴリーの先鞭(せんべん)をつけていくことになるだろう。それにしてもコストや車重の問題は決して小さくないため、こればかりはユーザーの率直な反応を見るしかない。
電動バイクを取り巻くこの国の環境は、現段階では決して明るいとはいえない。ただし、モータースポーツの分野になるとM-TEC(無限)やヤマハといった国内メーカーががぜん躍動。サーキットや競技を通し、新しい流れが起ころうとしているのも事実だ。そのあたりの話はまたあらためてお届けしたい。
(文=伊丹孝裕/写真=BMW、キムコ、ゴゴロ、ハーレーダビッドソン、本田技研工業、ヤマハ発動機、webCG/編集=堀田剛資)
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伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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