BMW M760Li xDrive(4WD/8AT)
共生する古典と革新 2019.11.04 試乗記 BMWのフラッグシップサルーン「7シリーズ」の中でも、ブランド唯一の12気筒エンジンを搭載する「M760Li xDrive」。“最上級の中の最上級”に位置するこのモデルは、古典的な自動車の歓びと、ADASやコネクテッドといった新分野に対するBMWの挑戦を感じさせる一台に仕上がっていた。巨大化したキドニーグリルの真実
この見るからに巨大なキドニーグリルがいやが応でも目につく7シリーズは、現行型としてしてデビューから4年弱でのテコ入れ(=マイナーチェンジ)である。巨大化といっても、従来型のグリルも左右方向はいっぱいいっぱいだったので、“40%拡大”とやけに厳密にうたわれている新グリルの伸長は、主に上下方向となる。
特に上方向はボンネットフードに大きく回り込むような形状になっているが、車体構造に基本的に手は入っていないから、その拡大分はほぼ加飾部品によるダミーと考えていい。まあ、それ以前に通常のラジエーター冷却風は主にバンパーグリルがまかなっており、「アクティブエアストリーム(=自動グリルシャッター)」が備わるキドニーグリルは閉まっていることが多いのだが……。
グリルの巨大化以外の内外装変更メニューとしては、その巨大グリルを際立たせるヘッドライトの細目化、新デザインのリアコンビランプや前後バンパーの採用、そしてメーターパネルのフルデジタル化などがある。メーターパネルはテコ入れ前もすべて液晶カラー表示だったが、その表面には伝統的なアナログ計器を模したリングが一部に残されていた。しかし、今回はその後に発売された他のBMWと同様に、フルフラットな液晶に最新のヘキサゴンデザインのデジタルメーターが映し出されるようになった。
メカニズム系では、プラグインハイブリッドのエンジンが4気筒から6気筒になったほか、いくつかのエンジンの性能も向上した。今回のM760Liにしても、最高出力は実質変わりないが最大トルクは50N・mアップとなっている。
そんなわけで、今回試乗したのは7シリーズの中でも頂点となるM760Li xDriveである。
7シリーズ・12気筒はやはり別格
BMWにちょっと詳しい向きなら、そのクルマとなり……を車名から想像できるだろう。あらためておさらいすると、「60」の数字から想像できるように、エンジンは市販用としてはもはや数えるほどしか存在しない12気筒だ。BMWのそれは6.6リッターツインターボで、宿敵「メルセデス・マイバッハS650」より排気量は0.6リッター大きい(出力やトルクはマイバッハのほうがハイチューンだが)。
さらに冒頭の「M」は、エンジンも含めた各部をBMW M社がチューニングしたことを示し、真ん中の「L」はロングホイールベースを、末尾の「xDrive」は4WDを意味する。
今日の12気筒7シリーズには、これ以外のモデルは存在しない。つまり、BMWの市販12気筒は今は「Mパフォーマンス」エンジンだけだし、そのMパフォーマンス12気筒は強制的にロングホイールベースと4WDと抱き合わせられるわけだ。
ちなみにM760Li xDriveには今回の標準モデル以外に「V12エクセレンス」も用意されるが、両車に上下関係はなく、パワートレインやタイヤサイズなどにも差はない。ウッドやメッキのあしらいがエクセレンスのほうが豪華系になるかわりに、「Mスポーツブレーキ」や4本出しの「Mスポーツエキゾースト」などが省かれる。
それにしても、7シリーズのロングの装備内容はあらためて豪華絢爛というほかない。下々のBMWではおなじみの“オプション商法”もこのクルマには無縁で、今回の試乗車も車体色や内装トリムの選択以外、機能装備はすべて最初から標準である。
さらに、内外装のそこかしこに「V12」というロゴが誇らしげにあしらわれるのは、「パワートレインの素性を明かしたり、性能を誇示するのは無粋」という風潮の昨今でも、12気筒だけは別格ということか。
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ACCでの“お任せ運転”すら快感
BMWの最新12気筒ツインターボは、スムーズさや静粛性の高さもさることながら、6.6リッターという大排気量がつむぎだす強大なトルクが、すさまじいばかりの快感である。右足指に力をこめよう……と思ったまさにその瞬間(と錯覚するくらいの以心伝心)に、地の底からなにかが湧き出るように2.3t強の巨体を押し出す。右足指ひとつで微妙な加速が自在で、運転しやすいことこのうえない。本当にリニアな、本物の大トルクとはこんなにも人間に優しいのか……と、あらためて痛感させてくれる。
とにかく「湯量たっぷり源泉かけ流し」みたいなエンジンなので、交差点を速やかにぬけるときや、高速道の追い越し加速でも、日本の公道で走るかぎりは高速でも山坂道でも3000rpm以下でほぼすべての仕事を完遂する。意識しなければキックダウンすることもほとんどなく、“トルルルルー”という軽めのハミングが遠くに聞こえるだけだ。
このときの走行モードは穏やかな「コンフォート」であり、12気筒本来のポテンシャルのごく一部を使っているにすぎない。それでもなんら不足はない……どころか、それだけでも驚くほどの満腹感である。
ただ、そのパワートレインモードを「スポーツ」、そして「スポーツプラス」に引き上げていくと、その反応は明らかに活発になり、さらに4500rpm以上になると、後ろから突き飛ばされるかのように鋭く吹ける。ここにおよぶと、スピーカー音を追加したエンジンサウンドもいよいよスカッとした高音に変わるが、それでも下品な振動がまるで伴わないのが12気筒の12気筒たるゆえんである。
今回も高速では全車速対応アダプティブクルーズコントロール(ACC)とレーンキープ機能をフル作動させた「アシステッドドライブモード」を決め込んだが、こうした半自動運転もトルクが大きいほど、二次曲線的にみるみる快適になることに気づかされる。
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シャシーに見るBMWの神髄
今回はシャシーメカニズムに特別の変更点は公表されていない。7シリーズのロングはどんな基準をもってしても巨体というほかない。だが、そこはBMW、アクティブ可変レシオステアリングと後輪ステアリングともあいまって、取り回し性は良好だ。
走行モードをスポーツ以上にするとサスペンションもそれなりに引き締まるが、あくまで快適性を損ねない程度のサジ加減にとどまり、乗り心地や挙動は穏やかである。ただ、この場合は同時に12気筒ツインターボの加減速にも明確にカツが入るようになり、そのシャープな荷重移動がサスペンション以上に、クルマの機動性を高める役目を果たしてくれる。
さらに、おなじみの「DTC(ダイナミックトラクションコントロール)」で横滑り防止機能を制限して、タイミングよく運転操作をすれば、タイトコーナーも滑らかに回り、最終的にはリアをわずかに張り出した絶妙の旋回姿勢で立ち上がっていく……。まさにこの瞬間がBMWである。しかも、それでも絶大な安定感が維持されるのは4WDのおかげだろう。とんでもないパワーとウェイトをこれほど簡単に安全に振り回させてくれる基本フィジカル能力と調律の技術は、やはりさすがである。
今回の試乗はまだ夏が残る10月初旬におこなった。連れ出した箱根山頂付近でも昼間は気温20℃前後、ふもとでは25℃を超えていた。そんな箱根や高速道路で、6500rpmという12気筒のトップエンドを何度もうかがうように走っていたら、ものの10分でメーターに「エンジン温度注意。エンジン回転を下げてください」との警告が出てしまった。
ただ、そこに付随していた「継続運転可能ですが……」の文字に気をよくして、それでも構わずアクセルペダルを踏んでいたら、さらに10分ほどでパワーセーブモードに入ってしまった。そのままクルマを止めて車外に出ると、電動ファンはもちろん、巨大キドニーグリルも鼻の穴をおっ開げたかのようにシャッター全開。さすがに冷却能力は、物理的にギリギリなんだろう。
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ハンズオフ機能はライバルに軍配か
新しい7シリーズは、デザイン面での変更とパワートレインの小改良のほかに、2つのハイテクが新たに追加されている。
そのひとつが、日産に先んじてBMWが日本初となった“ハンズオフ走行”である。その「ハンズオフ機能付き渋滞運転支援システム」を備えるBMWは、2019年10月末現在、7シリーズのほか「3シリーズ」「8シリーズ」各車、そして「X5」に「X7」がある。
ただ、今回はそのハンズオフ走行の模様を写真におさめることができなかった。というのも、BMWのハンズオフは周囲の環境が整わないと起動しない限定的な機能だからだ。
日本全国の高速道路や自動車専用道路で使えて、しかも単独走行でもハンズオフ可能な日産の「プロパイロット2.0」に対して、BMWのそれは高速道路にかぎられる。東京近郊でいうと、BMWがハンズオフできるのは東名、中央、関越、東北、常磐など、○○自動車道と呼ばれる高速道路と首都高速だけであり、圏央道や第三京浜、東京湾アクアラインなどは自動車専用道路なので対象外となっている。
しかも、そうした高速道路でACCやレーンキープ機能を作動させたクルージング状態で、なおかつ前走車によって車速を60km/h以下まで下げられたときにのみ、BMWはハンズオフ走行可能になる。この場合、走っている道路の制限速度や設定速度は関係なく「前走車がいて、それによって60km/h以下まで車速が下がっている」ことが条件なのだ。高精度3D地図データで、見えない先までの道路の曲率や傾斜、構造をすべて把握して走るプロパイロット2.0のハンズオフとは異なり、BMWのハンズオフはあくまで車載のカメラやレーダーによるもので、車線と前走車の情報がきちんと揃ったうえに、低速で初めて作動する。
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アナログの快感と最先端のデジタルが交わる
BMWのハンズオフ機能は高速で渋滞にハマったときのみを想定したシステムであり、普段からクルマに乗っていれば、サンデードライバーでもそういう場面に遭遇することは少なくないはずだ。かといって、今回のように「渋滞にハマって撮影したい」と思っているときほど渋滞にあたらない。思いどおりにいかないのが人生である(笑)。
ただ、すべての条件がクリアとなって準備完了の表示が出て、それを作動させたときのBMWのハンズオフ走行はさすがにちょっと感慨深く、そのステアリングさばきも見事なものだ。ただ、車線の見え具合や前走車の動き、そして運転手の顔の向き(カメラで監視されている)によって不意にキャンセルされるシーンも多く、今のところ「あればあったで面白い機能だが、手ばなせなくなるほどでもない」のが正直な感想だ。
もうひとつのハイテクは、AIによる音声インターフェイスである。宿敵の「ハイ、メルセデス」に対して、BMWのそれは「オッケー、ビーエムダブリュー」の発声で起動する。いずれにしても日本人にはちょっと恥ずかしいセリフだが、ここはメルセデスと異なり、BMWでは自分なりの言葉に変えられるという。余談だが、システムを睡眠状態から一気に起動させるコマンドを複数用意するのは、現時点ではもっともむずかしい部類の技術なのだそうだ。
ただ、「オッケー、ビーエムダブリュー」で起動さえしてくれれば、あとは「ファミレスいきたい」とか「外は何度?」みたいなテキトーな発言にも、見事に応答してくれた。最新のAIってすごいのね……。
こうした最先端のデジタル技術を載せて動かしているのが、大排気量マルチシリンダーツインターボと四輪操舵に四輪駆動……という内燃機関とアナログ自動車技術の集大成という矛盾(?)が、このクルマの魅力でもある。緻密・精密をきわめたアナログ技術の快感が、ここには詰まっている。
メーカーごとの平均CO2排出が規制対象となる今後、BMWの小型電気自動車がたくさん売れるほど、M760Li xDriveのようなクルマが1台でも多く生き残れることになるわけだ。なんとも矛盾めいた時代である。
(文=佐野弘宗/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
BMW M760Li xDrive
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5265×1900×1485mm
ホイールベース:3210mm
車重:2290kg
駆動方式:4WD
エンジン:6.6リッターV12 DOHC 48バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:609PS(448kW)/5500rpm
最大トルク:850N・m(86.7kgf・m)/1550-5000rpm
タイヤ:(前)245/40R20 99Y/(後)275/30R20 102Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:6.9km/リッター(JC08モード)/6.7km/リッター(WLTCモード)
価格:2570万円/テスト車=2635万9000円
オプション装備:BMW Individualボディーカラー<フローズンダークシルバー>(52万1000円)/BMW Individualメリノレザー<フルレザー、スモークホワイト/ブラック>(0円)/BMW Individualアルカンタラ・ルーフライニング(2万8000円)/BMW Individualインテリアトリム(11万円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:2616km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:480.4km
使用燃料:86.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.5km/リッター(満タン法)/5.7km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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