第206回:中年男の乗るレンジローバーはどこへ向かうのか
『スペインは呼んでいる』
2019.11.07
読んでますカー、観てますカー
50代になったコンビのグルメ旅
まさか続きがあるとは思わなかった。『スペインは呼んでいる』というタイトルからわかるように、2015年に本欄で紹介した『イタリアは呼んでいる』の続編である。今回も、男ふたりがクルマで旅をする。『あなたを抱きしめるまで』で脚本を担当し主演を務めた多才なスティーヴ・クーガンと、イギリスで人気を誇るコメディアンのロブ・ブライドンのコンビだ。グルメ記事を書くために、1週間かけてスペインを南北に縦断する。
プリマスからフェリーに乗ると、早速メイフラワー号うんちくで火花を散らす。旅の間ずっと、ふたりは相手より物知りであることを主張し合うのだ。落語に出てくる「わしに知らないことなどない!」と言い張るご隠居さんみたいである。到着したのはスペイン北端部の港町サンタンデール。ロブは早速前夜にガイド本で予習したうんちくを披露する。スティーヴは疑いの目を向けるが、「長年かけて身につけた知識だ」と取り合わない。
朝食は港に面したレストラン「チョコ」で。これからスペインを旅する高揚感からか、食べながら『ドン・キホーテ』について語り合う。「セルバンテスは50代で『ドン・キホーテ』を執筆した」「50代はあらゆる意味で最高の年代だ」と意気軒高だ。ともに1965年生まれの彼らは老いを意識するようになっていて、カラ元気を発揮しているのがわかる。
ミック・ジャガーが72歳で子供を作ったことを引き合いに出すと、早速ものまね合戦が始まる。ふたりともミックになりきって会話するのだ。途中でマイケル・ケインまで交じってくるから収拾がつかない。会話に夢中で食事はおろそかになる。イワシを食べて「これはまるでイワシだ」なんて言っているから、グルメリポートはあまりアテにならないだろう。バチが当たったのか、豪雨に見舞われてテラス席から逃げ出すハメに。
人生の苦悩と悲哀に向き合う
前作同様、この作品は名所をめぐっておいしいものを食べまくる観光映画ではない。ふたりの男がハイテンションにふざけ合う楽しいロードムービーでもない。旅の中で交わされる会話に隠された苦悩と悲哀は、大人の男には心に響くだろう。仕事でいくら名声を得ていても、悩みが尽きることはない。
スティーヴがバルでバーテンダーの女性にちょっかいを出している時、ロブはジョギングで体調を整えている。「俺はまだやれる」と自らを奮い立たせるスティーヴと、家庭のまどろみに安住しているロブが対比的に描かれるのだ。
ホテルの部屋に帰ると、スティーヴにエージェントから電話がかかってくる。担当者が突然やめたというのだ。不安は募り、動揺は隠せない。明け方になると、彼はアカデミー授賞式で大失態を犯す夢を見る。彼が自信を持って書いた脚本も、なかなか映画化に向けての話が進まない。
食べ物とドラマを組み合わせているということでは、8シーズン目を迎えた『孤独のグルメ』にも通じるところがある。ただ、あのドラマで松重 豊が食事を心から楽しんでいるのに対し、この2人はいつも屈託を抱えている。スティーヴが本心から満足したのは、「人生を肯定するバターだ!」と思わず叫んだ時だけだったかもしれない。
前作で乗っていたのは「MINIクーパーS コンバーチブル」だったが、今回は「ランドローバー・レンジローバー」である。大きなクルマにしたのは、たくさん荷物を積む必要があるからだ。途中でスティーヴの息子が合流する予定になっていたのである。しかし、その計画は実現しない。息子にも人生の試練が訪れたのだ。
知性と教養がなければ笑えない
レストランでは毎回ものまねの応酬だ。マーロン・ブランドはふたりとも得意ネタのようで、繰り返し何度も披露される。鼻にかかった高い声が特徴だ。デビッド・ボウイの歌声で会話するが、低く重厚な声色で語られる内容は徹底的にくだらない。ミック・ジャガーでシェイクスピアを演じる一幕もある。
スペインということで、ムーア人による支配の歴史が話題にのぼる。映画『コロンブス』で異端審問官トルケマダを演じたマーロン・ブランドの声色で会話が進むが、途中からロジャー・ムーアに変わった。何のことはない、ダジャレである。ついでにショーン・コネリーも登場した。ほかにチャールトン・ヘストン、イアン・マッケラン、アンソニー・ホプキンス、ニック・フロスト、サイモン・ペッグなど。目まぐるしくて、とてもついていけない。
抱腹絶倒の映画と紹介されているが、これを観て腹を抱えて笑える人は相当な知性と教養の持ち主だ。スペインの歴史、イスラムのカリフ制、そして何より『ドン・キホーテ』についても知っておかなければ笑いのツボを逃してしまう。ネタとなっている映画もなるべく観ておいたほうがいい。『007』シリーズは必須で、できれば『カサブランカ』も。スティーヴがたびたび自慢する『あなたを抱きしめるまで』は、ネタと関係なく観ておくべき作品だ。
レンジローバーは移動手段であり、旅の中で目覚ましい活躍をするわけではない。しかし、ラストに重要な出番が待っていた。一人で旅することになったスティーヴが、危機的状況で「トヨタ・ランドクルーザー」と対峙(たいじ)することになる。日英の本格SUV対決はどんな結末を迎えるのか。このシリーズはギリシャ編の制作が始まっているというから、最悪の事態は免れていると信じたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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