第196回:もしもピアノに乗れたなら!? BMW“スタインウェイ仕様”を拝見
2011.06.03 マッキナ あらモーダ!第196回:もしもピアノに乗れたなら!? BMW“スタインウェイ仕様”を拝見
一見、普通の7シリーズのようで……
「もしもピアノが弾けたなら」というのは懐かしの歌謡曲だが、「もしもピアノに乗れたなら」というクルマが、今回のお題である。
その特別仕様車は、少々つつましく展示されていた。2011年5月21日から22日にイタリア・コモで開催された自動車エレガンス・コンクール「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」の一般公開会場でのことである。スポンサーであるBMWが陣取る屋内パビリオンに、黒と白の「BMW7シリーズ」が置かれていた。
「7シリーズか。何を今さら」とも思ったが、屋外は予想外の猛暑。外に出たくないので、日常生活で接することのないクルマをちょいと冷やかすことにした。
「7シリーズは運転するものじゃない。後席に乗るもの」と、生涯できそうにないことを勝手に決めているボクは、後部ドアから開けてみた。ところが開けた途端、ただならぬムードが漂った。車内の各所にたて琴のマークがあしらわれている。
もしやこれは? と思ってトランクリッドのサインを見ると、やはりそうだった。「スタインウェイ仕様」である。車両の背後で、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」の「踊り明かそう」を弾いているおじさんのピアノもスタインウェイだった。
ピアノにちなんで白黒2色
このモデル、正式には「BMWインディビジュアル 7シリーズ コンポジション」という。2010年11月にBMWのカスタムメイド部門「BMWインディビジュアル」が発表したものだ。ドイツと米国に工房をもつ1853年創業の名門ピアノメーカー「スタインウェイ・アンド・サンズ」社とのコラボレーションである。スタインウェイ主催の若手音楽家向けフェスティバルを、BMWが2011年から後援するのを記念して製作されたモデルという。
ベース車両は「740i」もしくは「760i」で、ホイールは20インチのものがおごられる。ボディカラーはピアノの鍵盤にちなんで白と黒の2色が用意され、いずれもピアノの光沢を表現すべく、手作業で徹底的に磨かれるという。
インテリアは、白ボディは黒基調、黒ボディは白基調のものが与えられる。「白と黒」なら日本のパトカーは“天然スタインウェイ仕様”じゃないか? という冗談を思いついたが、先に進もう。
オーディオは、BMWインディビジュアル・ハイエンド・オーディオ・システム&デジタル9チャンネルアンプ、そして16スピーカーという構成だ。
車両価格は8万3700ユーロ(約973万円)から。「から」と書いた理由は、そもそも「インディビジュアル」部門の手がける車両は、ありとあらゆるオプションの組み合わせを可能にするのが売りだからである。
顧客の一番多いお国は
脇に待機していたBMWスタッフのガビ・ゴッツヒャルクさんに話を聞く。
「スタインウェイ仕様は125台の限定生産です。今ここに展示されているのもそのうちの2台で、世界中でデモ車両として使われています」
室内の写真を撮りたいと申し出ると、彼女の手で次々と専用グッズが並べられた。ペアのカシミア製ブランケットに豪華CDケースなどなど。すべてスタインウェイのたて琴マークが入っている。
「MP3オーディオ全盛の時代にCDケースはいかがなものか」と思って後日資料を読み返してみると、V.ホロヴィッツ、M.アルゲリッチ、M.ポリーニなど一流ピアニストがスタインウェイで弾いたCDが、もれなく付いてくるのだそうだ。
続いてボクが、どういうお客さまが買うのですか? と質問すると、
「すでに何台もBMWに乗ってこられた方が多いですね」という答えが返ってきた。納期は「仕向け地によるので、一概には申し上げられません」とのことだ。
それを聞いたボクは、すぐに「いちばん数が多い仕向け地は?」という問いを投げかけた。するとゴッツヒャルクさんの口からは即座に「中国です」という答えが返ってきた。実に生産台数の半分以上にあたる80台が中国の顧客に渡るという。
少し前、筆記具「モンブラン」の広告に中国人若手ピアニストのラン・ランが起用されたが、思えばあれも躍動する巨龍の地を見据えたものだったのだろう、と思った。
ちなみに中国に次ぐスタインウェイ仕様の仕向け地は、ロシアであるという。どうりで欧州の路上で見ないわけである。
もうひと工夫欲しい「音」
ここまで話を聞いておきながら、ボクは間抜けなことに、自慢のオーディオを試聴させていただくのを忘れてしまった。まあ、昔乗っていたアメリカ車に付いていたデルコ製ラジオの、「ボーン、ボーン」という安っぽい低音が好きだったボクには豚に真珠かもしれない。
そろそろ失礼しようかと思ったときだ。他の来場者がドアを開けると、何かの拍子で車両のセキュリティアラームがけたたましく鳴った。その瞬間ボクは「なーんだ」と、ちょっと残念に思った。スタインウェイ仕様といっても、普通の素っ気ないアラームではないか。
せっかく音を売りにしているのなら、ヴィヴァルディの「夏の嵐」とか、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」で脅かすエンターテインメントが欲しかった。それができなくても、あとひとつ、音へのこだわりがあることを示してほしかった。
そういえばボクが昔日本で乗っていたクルマの速度アラームは、「キンコ〜ン♪」の音程が微妙にずれていて気持ち悪いことこのうえなかった。せっかくいい出来なのに、ちょっとした「音」で外してしまうのが、クルマ界の常のような気がしてならない。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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