「シビック タイプR」と「メガーヌR.S.」 FF最速の座をかけた勝負のゆくえは?
2020.08.17 デイリーコラム飽くなき記録更新合戦
先日、2020年10月にマイナーチェンジモデルの国内発売が予定される「ホンダ・シビック タイプR(以下、タイプR)」の限定車が、鈴鹿サーキットで、FFモデル最速となるラップタイムを記録した。新しいタイプRの記録は2分23秒993。ちなみに、それ以前の“FF最速”は「ルノー・メガーヌR.S.トロフィーR(以下、トロフィーR)」が2019年11月26日に記録した2分25秒454だから、約1.5秒の短縮ということなる。
タイプRとメガーヌR.S.といえば、スポーツカーの聖地たる独ニュルブルクリンク北コースでのタイムアタック合戦がよく知られるところだ。正確にいうと、この2台にさらにフォルクスワーゲングループ(の「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」や「セアト・クプラ」)が加わった三つどもえによる“ニュル合戦”が近年、繰り広げられてきた。
記憶に新しいところでいうと、先代タイプRが2014年5月(その事実が発表されたのは2015年)に7分50秒63を記録して、先代トロフィーRの7分54秒36を更新。続く2016年5月に、今度は「ゴルフGTIクラブスポーツS」が7分47秒19で走ったかと思うと、翌2017年4月には新型(=現行前期型)タイプRが7分43秒80を叩いて、あっという間にFF最速の座を奪還した。
そんななか、メガーヌ4ベースのR.S.が2017年9月に本国でベールを脱ぐ。新しくなった“メガーヌ4 R.S.”の1.8リッターターボエンジンで最高出力は280PS(当時)、リアはトーションビームで空力付加物も控えめ、車重が1.4t超……といったスペックを見るに、多くの人が「これでニュルでのタイプR超えはむずかしいだろう」と思った。なにせ、タイプRは2リッターターボで320PS、車重は1390kg(日本仕様値)。リアはマルチリンクの独立型で可変ダンパーまで備えていたからだ。さらには、そそり立つリアウイングに象徴されるように、素人目にもバリ効き間違いなしにしか見えない空力パーツで全身を武装してもいた。
「そこまでやるか!?」のトロフィーR
案の定、メガーヌ4 R.S.は発売前もその後も、お約束のニュルアタックを実施しなかった。続く2018年夏には300PSの「トロフィー」が登場するものの、それでも動かず「やっぱりニュルは諦めたか?」と思われた矢先の2019年5月、ルノー・スポールはいきなり「FF最速タイム更新」を発表した。それによると、さらに性能を突き詰めた限定車トロフィーRで、メガーヌ4 R.S.としては初のニュルアタックを敢行して、記録は7分40秒100! まさか……のタイム更新を果たしたのだった。
ただ、そのトロフィーRの内容は、正直なところ「いくらなんでも、そこまでやるか!?」とちょっと困惑するレベルなのも事実だ。その詳しい内容は繰り返さないが、ベース比で130kgもストリップダウンされた姿はほとんどレーシングカー。しかも四輪操舵とデュアルクラッチという、自分たちの最大の商品価値まで捨て去ってしまっている。
「エンジン性能の不利は、気持ちいいハンドリングで相殺する」というのがR.S.モデルの伝統的な商品価値だが、元も子もないことをいうと、腕利きのプロドライバーによるタイムアタックに気持ちいいハンドリングは不要である。速く走るために必要なのは、ずばり、最高速と加速性能、最大旋回Gの3つ。クルマの限界能力はこの3つで決まるといってよく、いかなる名手でもそれで決まってしまった性能限界を超えるタイムは出せない。
乱暴にいってしまうと、最高速はエンジン性能と空力、加速力はエンジンと重量、そして最大旋回Gはタイヤと重量、空力……でほぼ決まる。そう考えると、ルノー全体の商品戦略上で今以上のエンジン性能は望めない(=2リッター化できない)メガーヌ4 R.S.にとって、タイプRを凌駕するにはこの方法しかなかったわけだ。実際、トロフィーRは前記の大幅な軽量化に加えて、専用ハイグリップタイヤ「ブリヂストン・ポテンザS007」と床面処理によるダウンフォース増大が技術ハイライトである。
ホンダのニュル制覇も時間の問題?
トロフィーRの開発を担当したR.S.テストドライバーのロラン・ウルゴン氏へのインタビューによると「最初からタイプRを抜けると思っていたわけではない」のだそうだ。実際、彼はタイプRを心からリスペクトしており、「あのエンジンと変速機は性能もフィーリングも本当に素晴らしい」と目を輝かせる。
ウルゴン氏はさらに「トロフィーR開発のスタートは“あらゆる場面で先代トロフィーRより速いクルマをつくる”というもので、設計段階のシミュレーションで、最低でも130kgの軽量化が必要という答えが出てしまった。こうなると、メガーヌ4 R.S.が売りとする主要アイテムの大半を捨てなくてはならなくなるが、それをやることに決めた。ただ、そうしていろいろな性能を積み上げていくうちに“ニュルの更新もいけるかも?”という可能性が見えてきた。そこで初めて、タイプRのタイムをターゲットにした」と語った。
こうなると、心中穏やかでないのがホンダだ。カタログモデルの性能はタイプRのほうが明らかに上だが、とにもかくにもタイムを更新されてしまった。ただ、今回のマイナーチェンジの基本メニューは内外装と安全装備のアップデートのほか、サスペンションとパワーステアリングの改良熟成、フロントブレーキディスクのフローティング化、シフトフィールの改善に加えて、空力もエンジン冷却性能と連続走行での安定性を向上させたのみ。エンジンは基本的に変わっていない。……と、乗り味は操縦性の改善は著しいとしても、そこには一発のタイムアップにつながる施策はとくに見られない。
ホンダはトロフィーRへの刺客を別に用意した。それが世界1000台限定という「リミテッドエディション」である。タイムアップに貢献するポイントは大きく2つ……軽量化とタイヤである。軽量化は、防音材などの省略で-13kg、BBS製の専用軽量鍛造ホイールで-10kgの計-23kg。そしてタイヤも標準の「コンチネンタル・スポーツコンタクト6」から、鬼グリップの「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2」に履き替えられた。ほかにも可変ダンパーも専用セッティングになっているというが、これは大幅にグリップ性能が上がったタイヤへの適合の意味が大きいと思われる。
新しいタイプRリミテッドエディションは、トロフィーRと比較するとずいぶん控えめな内容だが、タイプRのそもそものポテンシャルを考えると、トロフィーR超えはこれでOKということなのだろう。本来であれば、即座にニュルに持ち込まれるはずだったリミテッドエディションも、スタッフの海外出張もままならない新型コロナの前ではひとまずはお預け。そのかわりに、2019年にあちらからわざわざ出向いてケンカを売ってきた鈴鹿で、まずは軽くひとひねりしてやった……ということか。
まあ、ラップタイムだけでクルマの本質的魅力が測れるわけではないが、こういう大人げないケンカはクルマオタクの大好物でもある。もっと、やってください(笑)。
(文=佐野弘宗/写真=本田技研工業、ルノー、webCG/編集=関 顕也)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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