ホンダeアドバンス(RWD)
引き算の美学 2020.10.07 試乗記 コンパクトでキュートなデザインや都市型EVとして割り切った航続距離、発売を前にしての受注ストップなど、話題に事欠かない「ホンダe」。今回は上級グレード「アドバンス」に試乗し、過熱する人気の秘密を探った。発売前から人気は過熱
ホンダ初の量産EVがホンダeである。常にEVの“論点”になってきた航続距離はあえて追わず、「街なかベスト」なコンパクトEVを狙った。というか、バッテリーの収納スペースを考えると、ボディーをコンパクトにすれば、当然、航続距離もコンパクトになる。
価格は16インチホイールのノーマルが451万円。17インチを履き、最高出力を13%高め、より装備を充実させたアドバンスが495万円。お値段はコンパクトとはいえない。
これまでのEVは、価格が高いと航続距離が長くなったが、44万円の差があってもパナソニックのバッテリー容量(35.5kWh)は同じだ。それでモーターが高出力になり、車重も少し重いから、高いほうが航続距離は約1割短い。エンジン車だって高性能モデルは燃費が落ちるでしょと言われればそれまでだが、なかなか攻めるEVである。
10月30日の発売前から受注は過熱気味で、すでに第一期分の販売台数に達したため、受付を一時停止していると公式サイトにある(10月1日現在)。
といっても、「フィット」や「ヤリス」のように売れているわけではない。埼玉県の寄居工場で生産されるホンダeの主要仕向け地はヨーロッパである。2021年からさらに厳しさを増すEUのCAFE(企業別平均燃費基準)規制対応を少しでも有利に進めるため、ホンダeは年間1万台の販売を目標にしている。しかし日本は1000台。供給台数が少ないのである。
発売前から話題豊富なホンダeに初の公道プレス試乗会で乗った。試乗車は高いほうのアドバンス。これまでの受注もほとんどがこちらだそうだ。
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軽よりも小回りが利く
ホンダe最大のビジュアルショックは5画面のディスプレイを横一列に並べたダッシュボードである。試乗車は紅葉の日本庭園みたいな壁紙がチョイスされていて、ひと足早い秋の風情を感じさせた。なんて言ってる場合ではない。持ち時間は撮影を含めて2時間しかない。
早速走りだすと、まず感じたのがコンパクトさだ。ボディー全長はフィットより10cm短いが、幅は5cm広い。でも、フィットよりコンパクトに感じる。ダッシュボードは横長だが、奥行きは短い。フロントピラーもウィンドウも角度が立っている。おかげでコックピットの前後長が短くて、“外が近い”感じがする。初代「シビック」とかBMCの「ミニ」みたいな妙になつかしいコンパクトさを感じた。
横長ディスプレイの両端にはサイドカメラミラーの映像が出る。「レクサスES」が先鞭をつけた鏡を使わない電子ドアミラーである。レクサスではオプション装備だが、ホンダeにはもれなくこれが付く。レクサスより液晶画面が高精細だ。ドアミラーがつくる死角がないので、とくに運転席から右斜め前方の視界がいい。
しかし慣れたドアミラーからすると違和感はある。そもそもドアミラーは必要なときに見るものだ。必要がないときも車体側方/後方の映像をドライバーから至近な車内にずーっと流す必要はないと思う。毒食らわば皿までじゃないけれど、いっそのこと視線感知式にしたらどうだろうか。
とはいうものの、段ボールを積み重ねてつくった(ご苦労さま!)特設迷路を走ったとき、寸止めギリギリまで障害物に寄れたのは、この映像の恩恵大だった。
ホンダeの自慢のひとつは、最小回転半径4.3mという小回り性能だ。フィット(4.7m)はもちろんのこと、軽の「N-BOX」(4.5m)より小さく回れる。モーターをリアに置いたRRレイアウトのメリットのひとつである。
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減速感のチューニングは良好
居住まいだけでなく、ホンダeは運転感覚もコンパクトだ。このサイズで1540kgの車重はやはりフルEVならではだが、走りに重々しさはまったくない。ステアリングは非常に軽いが、ノーズ全体の印象も軽く、爽やかに曲がる。前後重量配分は50対50のイーブン。車検証の前後軸重も770/770kgである。バッテリーと制御系統を一体化したIPU(インテリジェント・パワー・ユニット)は床下に置かれ、実際、重心感覚も低い。
さらにホンダeは軽快な運動性のために左右の重量配分も50対50にしているという。つまり4輪均等荷重である。航空機で言えば「トリムがとれている」感覚だろうか。デフォルトで釣り合いがとれているからパッと動ける。そんな感じの身のこなしがホンダeの身上だ。
EVが速いのはもはや常識で、このクルマも例外ではない。ハイパワー版といってもとくに高性能オーラが出ているわけではないから、むやみに飛ばす人はいないだろうが、ためしにドライブモードをノーマルからスポーツに切り替えてスタートダッシュすると、ガソリンコンパクトカーとは異次元の加速をみせた。しかも、たしかに後ろから押されるRRの加速感である。
強い回生ブレーキを利かせて、フットブレーキを踏むことなしに減速、停車、停止保持までやってのける“シングルペダルコントロール”が付いている。チューニングはよくできていて、減速感がクドすぎず、使いやすい。そのほかハンドル左右のパドルで回生ブレーキの強弱を3段階に調整することもできる。
オシャレに乗りたい
アドバンスの一充電走行距離はWLTCモードで259kmである。ちなみに「日産リーフ」はバッテリー容量の小さい40kWhモデルでも322kmを謳う。
この日、正味1時間で乗れたのは40km。スタート時、電池残量95%で走行可能距離は184kmだった。戻ってくるとそれぞれ71%、118kmに減っていた。電費が悪くなる高速走行が8割近くという、街なかベストのEVには気の毒な走り方をしてしまったが、今回の走行パターンだと一充電走行距離は約170kmという計算になる。
しかしこれくらいのレンジ性能でも、年間1000台ならマーケットはありそうだ。クルマはよく使うが、せいぜい1日数十kmしか走らないという低走行ユーザーが大都市周辺のニュータウン地域などにはけっこう多い。「ツルピカ」がデザインテーマのスタイリングは、EVをオシャレに乗りたいという層にきっとアピールすると思う。
ダッシュボードのワイドスクリーンにこだわった理由のひとつは、30分の急速充電中も車内で楽しく過ごしてもらうためだという。たとえば専用アプリセンターから「アクアリウム」をダウンロードすると、熱帯魚が飼える。画面にタッチするとエサもやれるらしい。
だが、ホンダeは基本、200Vのおうち充電で暮らすタウンEVである。安くはないが、これまでのEVにはなかった新しさはある。理想の使われ方は、グランドツーリングEV、テスラのセカンドカーでしょうか。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=神村 聖/編集=櫻井健一)
テスト車のデータ
ホンダeアドバンス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3895×1750×1510mm
ホイールベース:2530mm
車重:1540kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:154PS(113kW)/3497-1万rpm
最大トルク:315N・m(32.1kgf・m)/0-2000rpm
タイヤ:(前)205/45ZR17 88Y XL/(後)225/45ZR17 94Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4)
一充電最大走行可能距離:259km(WLTCモード)
交流電力量消費率:138Wh/km(WLTCモード)
価格:495万円/テスト車=504万9000円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムクリスタルブルーメタリック>(6万0500円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<プレミアム>(3万8500円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:829km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
参考電力消費率:--km/kWh

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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