BMWアルピナD5 Sリムジン アルラット(4WD/8AT)
なかなか難解 2021.03.09 試乗記 高出力のディーゼルエンジンを搭載するアルピナのサルーン「D5 Sリムジン アルラット」に試乗。派手さはなくとも威厳をたたえ、さっそうと高速で駆けぬける――そんな“大人な一台”は、達士にこそふさわしいハイパフォーマンスカーだった。一段とパワフルに
BMWアルピナD5 Sは、なかなか手ごわいクルマだ。運転が難しい……という意味ではない。マンションポエム風に言うなら、「わが邸宅に棲(す)まわせる」のに、相応の見識と相当な経験が必要とされるからである。
アルピナD5 Sが登場したのは、2017年。「BMW 5シリーズ」がフルモデルチェンジを果たして7代目、いわゆる「G30」になったのに伴ってリリースされた。ガソリンモデルの「B5」は4.4リッターV8ツインターボを搭載し、D5は3リッター直列6気筒ディーゼルを積む。こちらも大小2つのタービンを備えたツインターボエンジンだ。5シリーズ同様、8スピードのトルクコンバーター式ATを介して4輪を駆動する、アルピナ言うところの「アルラット」となった。
昨2020年にマイナーチェンジを受け、B5の最高出力が608PSから621PSに、D5のそれが326PSから347PSに、それぞれ13PSと21PSのパワーアップを得た。価格は、「B5リムジン アルラット」が1898万円(左ハンドル/右ハンドルは1939万円)、D5 Sリムジン アルラットは1358万円(右ハンドルのみ)である。B5にはワゴンボディーの「ツーリング」も用意されるが(左ハンドル:1977万円/右ハンドル:2018万9000円)、D5 Sにツーリングは設定されない。
航続距離を稼げるディーゼルモデルにこそツーリング アルラットが欲しいところだが、そこは販売台数との兼ね合いなのだろう。今後に期待したい。
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たたずまいが絶妙
山梨県は山中湖付近で開催されたプレス試乗会でBMWアルピナD5 Sと対面する。うーむ、地味派手にカッコいい。
新しいD5 Sは、ベースとなる仕様がこれまでの「ラグジュアリー」から「Mスポーツ」に変更され、フロントまわりの“光りモノ”がなくなった。シンプル&スポーティーな印象を強めている。「SPORTLICH UND EXKLUSIV(たくましく、それでいて上質)」がキャッチコピーで、約40%拡大されたフロントのエアインテークがパワーユニットの大出力を暗示する。
「BMW M5」がわかりやすくアグレッシブなスタイルを採るのと比較すると、D5 Sのボディーを取り巻く空力パーツ類は、グッと抑えた造形。それでいて静かな威圧感を発している……と思うのは気のせいでしょうか? この手のクルマは「高価に見える」ことも大事なスペックだから、アルピナディーゼル、そちらの方面も高性能だ。
左右が一体化され大きくなったキドニーグリルやヘッドランプユニット下端を彩るデイタイムランニングライトなどは、5シリーズと共通だが、アルピナ・ブルー(やアルピナ・グリーン)のボディーペイントは専用色。おなじみの20スポーク鍛造ホイールが「アルピナ」を主張する。20インチホイールに巻かれたフロント:255/35、リア:295/30の薄い「ピレリPゼロ」には「ALP」の文字が刻まれる。念入りなサスペンションチューンは、専用タイヤの装着で完成するわけだ。
耐久性も加味した347PS
BMWアルピナD5 Sのエンジンベイにおさまるのは、84.0×90.0mmのボア×ストロークを持つ2993ccディーゼルターボ。低回転域でのレスポンスを確保する小径タービンと高回転域でのパワーを受け持つ大径タービンを組み合わせたビターボチャージングシステムを備える。
さらにマイルドハイブリッドシステムが、必要に応じて最大11PSの加勢をする。これは48Vスタータージェネレーターを使って、制動時にエネルギーを回収して駆動力に使うもの。加速する際はもとより、発進時、低回転域で有効だから、ターボエンジンとの相性もいいはずだ。
内燃機関の最高出力は347PS/4000-4200rpm、最大トルクは730N・m/1750-2750rpmである。ベースとなるBMW「マルチステージ」ディーゼルターボのハイチューン版が340PSと700N・mだから、スペック上、アルピナの面目躍如といったところ。カタログ燃費は13.5km/リッターだ(WLTP欧州参考値)。
ところで、熱心なアルピナファンの方ならお気づきかもしれない。同じエンジンを使う「D3 S」は、730N・mの最大トルクは同じだが、「最高出力は355PSだったはず」と。8PSとはいえ弟分の後塵(こうじん)を拝するとは。スタッフの人に確認すると、「インタークーラーの容量が違うからです」と教えてくれた。エンジンルーム内での取り回しの関係で、D3 Sで使用するユニットがD5 Sには入らなかったそう。
「ピークパワーの数値は、CPUチューンでなんとかなりそうなものですが……」と浅はかな素人考えを披露すると、「アルピナは性能諸元表で、『最高速度』ではなく『巡航最高速度』と表記します。ずっとその速度で走り続けてもなんら問題が生じないからです」とたしなめられた。最高出力に関しても、リアルワールドにおける“本当の”実用性を重視して、無責任な数合わせはしないということだ。ちなみに、BMWアルピナD5 Sの巡航最高速度は275km/h。D3 Sは273km/hである。
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真のすごみが伝わってくる
ホワイトレザーのぜいたくなドライバーズシートに座って走り始めると、D5 Sはスロットルペダルの踏み始めから穏やかにトルキー。圧倒的な余裕をたたえながら落ち着いて道を行く様が、アルピナの運転者を満足させる。わずか1750rpmから最大トルクが供給されるうえ、8段のオートマチックが次々と高いギアにバトンタッチしていくので、街なかを普通に走っているかぎり、タコメーターの針が2000rpmを超えることはまれだ。
リッチでいかにも大人なドライブフィールは自動車専用道路に入るとますます顕著で、フラットな姿勢を保ってストレスフリーな巡航を示す。100km/hでのエンジン回転は1200rpmあたり。車内の静粛性は高い。そのうえツインターボユニットは、タービンの大小や、それどころかディーゼルエンジンであることさえ意識させないスムーズさだ。D5 Sは0-100km/h=4.8秒をうたう俊足アッパーミドルだが、その快速ぶりを感じさせないところに真のすごみがある。
ちょっとした峠道で軽くむちを当てると隠れていた野性がにわかに顔を出し……ということもなく、よくチェックされたロールがじんわりと心地よく、リズムにのって“曲がり”を楽しめる。足まわりには電子制御式のダンパーがおごられ、スポーティーとコンフォートがみごとに同居している。
アルピナでは、フロントのキャンバーを1度ネガティブに、つまり踏ん張りを増しているそうだが、鈍感なドライバー(←ワタシです)は「カーブが気持ちいいなァ」とうれしく思うだけ。加えて4WD化のマイナスも一切感じなかった。「後輪駆動です」と言われても、素直に信じてしまうことでしょう。
“つるし”では得られぬよさがある
BMWアルピナD5 Sは、いわばビスポークのスーツのようなものだ。オーナーが自由に内装をセレクトできる……という意味ではない。いや、それもあるけれど。標準のタフなダコタレザーから始まって、BMWが新たに採用を始めたヴァーネスカレザー、きめ細やかなメリノレザー、さらに通常はステアリングホイールに巻かれるラヴェルナレザーをインテリアに展開するなんて荒業(!?)は、かなり懐豊かなしゃれ者でないとできないことと想像されますが、それはともかく。
自分用に仕立てられた背広を着慣れた人が、いかな高級ブランドとはいえ既製服に袖を通したときの違和感。両肩への載り方、ラペル付近の曲線、腰まわりの沿い具合……。逆説的な言い方になってしまうけれど、そうした機能とは直接関係ない部分、半日もつるしの服と過ごせば忘れてしまうようなテーラードの心地よさ。それこそが、実はプレミアムブランド、ことにクラフトマンシップを標榜(ひょうぼう)するコンプリートカーメーカーにとって大事なのではないかと愚考する次第です。
言うは易(やす)し。そうした客観的には曖昧なよさを認めて実際にBMWアルピナD5 Sを求めるのは、やはり相応の見識と相当な経験を積んでからでないと難しいと思う。
(文=青木禎之/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
BMWアルピナD5 Sリムジン アルラット
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4978×1868×1466mm
ホイールベース:2975mm
車重:2020kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:347PS(255kW)/4000-4200rpm
最大トルク:730N・m(74.4kgf・m)/1750-2750rpm
タイヤ:(前)255/30ZR20 97Y/(後)295/30ZR20 101Y(ピレリPゼロ ALP)
燃費:13.5km/リッター(WLTPモード)
価格:1358万円/テスト車=1622万8000円
オプション装備:ALPINAスペシャルペイント<アルピナ・ブルー>(61万円)/ヘッドレストにALPINAロゴ(9万4000円)/ステアリングホイールヒーティング(6万5000円)/オートマチックトランクリッドオペレーション(7万8000円)/ソフトクローズドア(9万8000円)/ガラスサンルーフ(17万1000円)/サンプロテクションガラス(6万2000円)/レザーフィニッシュダッシュボード(17万1000円)/ドライビングアシストプロフェッショナル(29万8000円)/パーキングアシストプラス(7万2000円)/BMWレーザーライト(13万7000円)/テレビチューナー(15万9000円)/ヘッドアップディスプレイ(17万7000円)/harman/kardonサラウンドサウンドシステム(13万1000円)/ハイグロスシャドーライン(8万円)/ルーフライニングアンソラジット(5万3000円)/インテリアトリムピアノブラック(19万2000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1978km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(軽油)
参考燃費:--km/リッター

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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