第706回:【Movie】先生は“無免許カー”でやってくる ある達観したイタリア人のクルマ選び
2021.05.20 マッキナ あらモーダ!マエストラはかく語りき
ヨーロッパにはマイクロカーと呼ばれる規格の軽便車がある。イタリア語では「クアドリチクロ」という。
欧州連合では2タイプを定めていて、よりシンプルな「軽量型」の規格は、以下のとおりだ(2015年改正)。
- 最高出力は6kW(約8.2PS)以下
- 排気量は火花点火内燃機関(ガソリンエンジンなど)が50cc以下
- その他の機関(ディーゼルエンジンなど)は500cc以下
- 最高速は45km/h以下
- ランニングオーダー重量(車両+乗員)は425kg以下
イタリアの場合、14歳から取得可能な「AM」と呼ばれる原付二輪免許で運転できる。
かつては、それさえも不要だった時代があったことから、主要な普及国であるイタリアやフランスでは、今もそれぞれの言語で“無免許カー”の愛称がある。
なお、イタリアで助手席に誰かを同乗させるには、運転者が16歳以上である必要がある。
自動車専用道路の通行は禁じられている。自動車税は、筆者が住むトスカーナ州の場合で、年間約57.75ユーロ(約7600円)。日本の軽自動車税とほぼ同じだ。車検費用は約45ユーロ(隔年で約6000円)、年間保険料ともども年々値上がりして、今やお得感は薄い。そもそも新車価格も「フィアット・パンダ」とさして変わらない。大メーカーほどは量産効果が上がらないためだ。
しかし、二輪用の無料公共駐車場を使用できるのは、パーキング争奪戦が激しいこの国ではこのうえないメリットである。自治体によっては、歴史的旧市街の四輪車通行禁止ゾーンへの進入が許可されているから、ドア・トゥ・ドアに近い乗り方ができる。毎日使う人ほど、より恩恵を感じることができるのは、いうまでもない。
長年にわたる主な顧客層は、普通免許の更新が困難になったり行動範囲が広くなかったりといった高齢者である。近年はメーカーによる需要掘り起こし、そして景気の停滞によって、若年層のドライバーも時折見られるが、その機会は少ない。
そのマイクロカーを、二十数年来の知人がいつの間にか愛用していることを知った。
イタリア・シエナ市内で有名な料理教室を主宰するレラ先生(=マエストラ)である。
第2次大戦後、間もなく生まれた彼女の実家は、一般市民がようやくフィアットの「600」や「500」を手に入れた時代にランチアに乗っていたというから、それなりの家庭であったことがうかがえる。
本人も若いころは「シトロエンDS」をはじめさまざまなクルマを楽しんだ。そればかりか、まだプロとアマチュアの境界が極めて曖昧だった時代に、州内各地で開催されるラリーに「ルノー5アルピーヌ」を駆ってたびたび参戦していたという。
郊外にある屋敷の脇には愛馬を楽しむための馬場も所有している。夫のマウロ氏は元銀行員、ひとり息子は医師である。
家にはランチアの高級ミニバン「フェドラ」もある。極言すれば“マイクロカーになど乗らなくてもよい人”なのである。
しかし、約8年前からは、もっぱらマイクロカー「リジェX-Too(エックストゥー)」で通勤するようになった。
動画でご覧いただけるように、人生で初めて出会ったクルマを素朴に楽しんでいる。
本人は、ミニマリストのモビリティーなどといった説教くさいことは一言も口にしない。だが、愛車のブランドや車格の威を借る者の浅はかさを、無言のうちに示している。
将来の筆者はレラ先生とは異なり、ビンボーゆえにマイクロカーに乗るかもしれない。しかし、彼女のごとく精神的に達観した境地に至れば、クルマの新たな地平を楽しめるのではないかと思えてきた今日このごろである。
【イタリアの無免許カー】
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/動画=大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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