日本メーカーは大丈夫!? ドイツの自動車イベント「IAAモビリティー2021」に思うこと
2021.09.20 デイリーコラムメールから伝わる緊迫感
しつこくコロナ禍が続く2021年9月、「IAAモビリティー2021」と題したイベントがドイツ・ミュンヘンで開催されました。ご存じの通り「IAA」は奇数年にフランクフルトで開催されていたモーターショーなのですが、今回ミュンヘンに場所を移し、クルマのみならず“ラスト1マイルモビリティー”やそれを支えるハードウエア、そして付帯するサービスやソフトウエアなど、個人の移動にまつわるあらゆる領域をカバーする、カスタマー向けというよりもフリート色がグッと強まったイベントになったわけです。
このIAAモビリティー、個人的には行くつもりで取材申請も行い、ワクチン接種証明も取り寄せ、出発前日にはPCR検査も済ませて陰性証明もゲット……と、ちまちま準備してきました。が、あろうことか出発当日付で、日本はドイツから「COVID-19のハイリスク国」に指定されてしまいます。入国時はIAA関係者特約で即日入国オーケーという話もあったのですが確定にはあらず。万一、現地隔離となった日には帰国後の自宅隔離と合わせて月末の仕事をバラさなければならなくなるため、フライト7時間前に泣く泣く渡航を断念しました。
でもプレス登録は済ませていましたから、主催者側からがんがんインフォメーションが届きます。そして登録したメアドが共有されているのでしょう、不勉強ながら聞いたこともないような出展者からもじゃんじゃんメールが舞い込むようになりました。その多くはハードウエアサプライヤーというよりはソフトウエアのスタートアップという感じで、100年に一度のパラダイムシフトを機にさまざまなプレーヤーが参入をもくろんでいる、その緊迫感がメールの着信音からも伝わってきました。
その気配を2010年代から如実に示してきたのが例年1月にラスベガスで行われる“世界最大級の家電IT見本市”CESです。それまでカーナビでもくっついていれば一丁上がりみたいな感じだったクルマとデジタルの融合をさまざまなアプローチで考える、そのアイデアを披露する場所として機能するようになったのがGAFAの国のカスタマー向け家電ショーだったわけですね。全容をみるに、IAAモビリティーが欧州版のCESを目指していることは間違いなさそうです。
30年での逆転劇
でも、考えてみればクルマのデジタル化もインターネットとの接続も、日本が一番早かったわけですよね。マツダがGPSデータを反映するナビを採用したのは1990年代あたまのこと。1990年代半ばにはVICS(道路交通情報通信システム)も登場、1990年代後半には初代「トヨタ・プリウス」のようにクルマの内装デザインにインテグレートされるなど、ナビは当然のアイテムとなりました。
車内に通信ネットワークが入ってきたのもちょうどこのころです。トヨタで言えば1990年代後半からネットと接続できる車内環境の構築が始まりました。現在のT-Connectの前身であるG-BOOKのさらに前、MONET(モネ)という車内情報サービスを始めたのが1997年。携帯電話のデジタル化完了とともにNTTドコモがiモードのサービスを開始したのが1999年ですから、それがいかに先鋭的な試みだったかがおわかりでしょう。まぁ当時は文字でしか情報伝達できなかったわけですが。
多分当時の欧米のメーカーからみれば、1990年代の日本のデジタライゼーションは、ハイブリッドとともに「それ、誰得?」という感じだったんだと思います。インフォテインメントの先進性に敏感に対応していたBMWが、多様な情報にアクセスする手段として「iDrive」を「7シリーズ」に搭載したのが2001年のことで……と、このあたりからようやく欧州勢が将来の鉱脈としてのデジタルを意識し始めたのではないでしょうか。
でもそこからの動きが怒涛のようだったのは、やはり欧州の商品構成や開発環境の特徴が好作用したからかもしれません。欧州の自動車産業をリードするドイツにはメルセデスやBMWといった確たる名声をもったプレミアムブランドがあります。高価格帯の商品は、大衆向けの商品よりも未来性のある付加価値に対しての受容性が高い、そこで十分な実績を出して下方展開していくというトップダウンの構造が成立しやすいわけです。「Sクラス」から「Cクラス」、そして「Aクラス」へと新技術が実装されるころには、水平移動的に「ゴルフ」あたりも同じようなことをしているという感じで。まぁ時折「MBUX」のような下克上も起こりますが。
キャッチアップを急げ
そのスピードの速さと水平展開の速さを支えているのがメガサプライヤーの存在でしょう。2000年代前半、フォルクスワーゲン グループの伸長と歩を合わせるように、ボッシュやコンチネンタルがわれ先にと他社や事業部門などを買収。自動車メーカーに比肩するほど巨大化し、彼らの車両開発のみならず技術展開のロードマップを描くに欠かせない影響力を発揮することになったわけです。加えてドイツの自動車メーカーは政治との距離感が日本に比べるとがぜん近い。三位一体でストラテジーを構築するわけですから、それは先々に見通しのきいた計画も立てられるわけです。
2016年10月のパリサロンで行われたメルセデスのプレスカンファレンスで、ダイムラーのディーター・ツェッチェ前社長はコネクティビティー/オートノマス/シェアード/エレクトリックの4項目をドヤ顔で「CASE」と束ねて、これからの競争領域に包括的なパッケージをつくり提供していくのがわれわれのビジネスモデルだと語っていました。思えばあの時、あの瞬間が後に語り継がれるだろう、自動車業界に鳴り響いた100年に一度の革新の大号砲であり、その時点でドイツ勢には今日の姿が描けていたのではないでしょうか。
BEVに傾倒していく欧州勢の喧伝(けんでん)は、十八番のルールチェンジによる我田引水だろうという見方もあります。恐らくはその通りでしょう。現在のクルマの中央値的な動力性能や快適性を維持しながら環境的な合理性を突き詰めれば、「ヤリス ハイブリッド」以上の選択肢は見当たりません。でも、それでは困るという勢力がいっぱいいることもよくわかります。
技術はあるけど金にならない。先駆けてはみてもものにならない。そんな日本がいとおしいのは僕も一緒です。が、周りはそんな感傷的な話で動いてはくれません。日本はBEVで遅れているというよくある話は意に介しませんが、それよりもデジタライズで出遅れていることのほうが気にかかります。
日本の企業は政治との間合いを適切に保つことで公正さを示してきましたが、現在の国際的な競争環境ではそうは言っていられない側面もあります。政経の距離をもう少し縮めて鳥瞰(ちょうかん)的、長期的見通しをもって日本の戦略を構築することが大事なのではないでしょうか。当然ながらBEVだらけというIAAモビリティーの全容を知るにつけ、今度の自民党総裁選がどうなるのか心配でなりません。
(文=渡辺敏史/写真=山本佳吾/編集=関 顕也)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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