第759回:21世紀版「ミツルハナガタ2000」が自動車界の夢を広げる
2022.06.02 マッキナ あらモーダ!ヴィラ・デステのコンセプトカー
世界的コンクールデレガンスのひとつ「コンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステ」が2022年5月21日~22日、イタリア北部コモ湖畔でBMWクラシック後援のもと開催された。
2020年の中止を経て昨2021年は10月に開催されたが、2022年は恒例の初夏に戻された。
今回は1927年から1989年までのヒストリックカー50台が7クラスに分けられて競い、招待者投票による「コッパ・ドーロ」には「アストンマーティン・ブルドッグ」(1979年)が、審査員による「ベスト・オブ・ショー」には「ブガッティ57S」(1937年)が選ばれた。
今回の本欄では、古典車とともに恒例のカテゴリーである「コンセプトカー&プロトタイプ」についてリポートしよう。2022年は7台がエントリーした。
世界各地のモーターショーが中止に追い込まれた過去2年ゆえ、ヨーロッパにおいてこうしたクルマが一堂に会する貴重な機会となった。
こちらにも招待者の投票に基づくクラスウイナーが設けられていて、2022年にそれを獲得したのは「ブガッティ・ボリード」(2020年)だった。W16エンジン搭載のサーキット走行専用ハイパーカーである。
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(今度こそ本当に)デ・トマゾが復活
リストに懐かしい名前を見つけた。デ・トマゾである。
同ブランドは以前の商標所有者が破産したのち、2015年に香港の投資ファンド、アイデアル・チーム・ベンチャーズによって約100万ユーロで買い取られた。参考までに同ファンドは、ドイツのハイパーカーコンストラクターであるアポロ・オートモーティブも翌2016年に買収している。
同社で会長を務めるのノーマン・チョイ氏は金融・投資畑出身だが、新生デ・トマゾの経営に携わっている。
彼の説明によると、「P72」は1965年の「デ・トマゾP70」からインスピレーションを得たものだ。シャシーはカーボンで、モノコックとサブフレーム、クラッシャブルゾーンで構成されている。パワーユニットはオリジナルのデ・トマゾと同じくフォードから供給を受ける。具体的には5リッターV型8気筒の過給エンジンである。変速機はあえて6段のマニュアルが選ばれている。
P72はブランド創設60周年である2019年に英国グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで、すでにプロトタイプの走行シーンが披露されている。だがディテールから、今回の展示車は、よりプロダクションモデルに近いことがうかがえる。
彼らは、車名にちなんで72台を生産する予定で、2022年夏にドイツ・ニュルブルクリンクに完成する工場がそれに充てられる。価格は100万ドルからで、すでにインターネット上では予約が開始されている。
創業者アレハンドロ・デ・トマゾの手を離れてからは道をさまよい続けたブランドだけに、今度こそ復活なるか、興味深く見守る人は少なからずいるだろう。
墺・伊・英合作ハイパーカー
いっぽうオーストリア・ウィーンのデウス・モータース(以下、デウス)は、2022年4月にニューヨークモーターショーで世界初公開した「ヴァイヤンヌ」を持ち込んだ。同車はイタリアのイタルデザイン、英国のウィリアムズ・アドバンスド・エンジニアリング(以下、WAE)と合同の電気自動車(EV)プロジェクトである。いずれも現段階ではコンピューターでの解析データであるが、最高出力2200PS(1640kW)、最大トルク2000N・m、最高速400km/h、そして0-100km/hは1.99秒というハイパースポーツだ。イタルデザインのウルトラリミテッドプロダクション部門によって99台が限定生産され、2025年に最初のデリバリーが行われる予定である。
先にイタルデザインとWAEは2021年、長期にわたる採用を視野に入れたフレキシブルなEV用プラットフォーム「EVX」を共同開発していた。今回のヴァイヤンヌも、それを用いる構想だ。
ヴァイヤンヌのデザインダイレクターを務めたのは、デウスの母体となった企業(後述)の創業家出身であるエイドリアン・フィリップ・ブトゥカ氏である。参考までにイタルデザインとしては、「日産GT-R50 by Italdesign」に続く、外部のデザイナー主導の仕事である。イタルデザインの広報スタッフによると、ブトゥカ氏がデザインをフルデジタルで行い、そこにイタルが培ったノウハウを注入することで完成に至ったという。
事前に入手したリリースによると、デウスが設立されたのは2020年4月とある。もう少し詳しく誕生の経緯を知りたい。そこでブトゥカ氏本人にヴィラ・デステの会場で実際に聞くことにした。
するとブトゥカ氏は丁寧な口調で沿革を語り始めた。デウスの母体はルーマニアを本拠とするポリロームという企業グループである。1992年に設立されたいわゆるファミリービジネスで、ブトゥカ氏もその一員だ。創業以来、中核を成す印刷業では、薬品の紙製パッケージを得意としている。筆者が付け加えれば、出版事業にも参入しているし、今日ではFMラジオ局も傘下に持つ。
「自動車は少年時代から興味の対象であったとともに、3Dモデリングに深い関心がありました」とブトゥカ氏は回想する。
数ある自動車デザイン開発会社のなかからイタルデザインを選んだ理由は、「以前から一部のスタッフと個人的なつながりがあったためです」と振り返る。
3D関連でさらに記せば、イタルデザインはイタリア-スペイン両拠点において3Dプリンティングによるパーツ製造を手がけている。ホモロゲーション取得可能なパーツもすでに数多く開発しており、前述のGT-R50にも数々採用している。イタルのスタッフによれば、同様にヴァイヤンヌにも積極的に活用してゆくという。
次に「オーストリアを拠点とする長所は?」と聞くと、「高い柔軟性を備えていること」と答えてくれた。すなわち地理的に欧州の中心にあり、人的・物的そして文化的にも、さまざまなものが交わることという。
ちなみにオーストリアといえば、かつては「サラエボ事件」で有名となったグレーフ・ウント・シュティフトが存在した。今日でもメガサプライヤーとして、話題のソニー製電動車の開発にも参画したマグナの本拠地がある。
ブトゥカ氏によれば、アンフィニ(無限大)の形状をモチーフとすることで二重に浮かび上がるテールランプ、白基調のインテリアに走る赤いイルミネーションは、いずれも「オーストリア国旗へのオマージュ」である。加えて、車名の「Vayanne」もウィーン(Wien)に着想を得たという。
カーデザイン志望者に一条の光か
ルーマニアに生まれながらウィーンで育ったブトゥカ氏。話を聞き終わって別れ際に生年を聞くと「2002年です」と教えてくれた。2022年で20歳である。その貫禄は、創業家一族として帝王学を学んだ者のみに与えられるものに違いない。開発スタート時は18歳だったことになる。カーデザインは独学である。
筆者の脳裏には、野球をテーマにした1970年代の劇画アニメーション『巨人の星』が浮かんだ。主人公・星飛雄馬のライバルで自動車会社の花形モータースの御曹司でもある花形 満と、彼の名を冠したスポーツカー「ミツルハナガタ2000」である。若くして新車開発に携わったという点で、にわかに連想したのだ。
ただし自動車史をひも解けば「タッカー・トーピード」をデザインしたアレックス・トレマリス(1914年~1991年)は、ブトゥカ氏とほぼ同じ19歳でオーバーン-コード=デューセンバーグ社でプロとしての第一歩を踏み出している。「シトロエンDS」のデザイナー、フラミニオ・ベルトーニ(1903年~1964年)は、彫刻や絵画に親しみながらも、家庭の事情で15歳で地元のカロッツェリアに就職した。もともと画家志望だったジョルジェット・ジウジアーロ(1938年~)が、フィアットのチェントロ・スティーレに入社したのは17歳の年であった。マルチェロ・ガンディーニ(1938年~)も、自動車全体をデザインした経験がないまま、25歳でベルトーネに見いだされている。
参考までに、アメリカのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに自動車学科(現トランスポーテーション・デザイン学科)が設置されたのは1948年だ。他の国や地域の学校に同様の学科が開設されるのは後年のことである。
当然ながら筆者は既存のカーデザイン教育機関の活動を否定しない。しかし、最初の美術学校とされる1563年にフィレンツェに設立された「アカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディゼーニョ」以前にも、18世紀末に「コンセルヴァトワール」として知られるパリ国立高等音楽・舞踊学校の前身ができる前にも、あまたの秀逸な美術家や音楽家が(一部には世襲という慣習があったものの)存在したのは歴史が示すとおりだ。
過去と今日とでは自動車業界を取り巻く環境が異なるので、簡単な比較は危険だ。しかし、自動車デザインの教育機関が整備される前夜は、才能ある人が自動車デザインにアクセスできる可能性は、より広かったと考えることができる。
ブトゥカ氏の場合は投資力というアドバンテージがある。だが若くして一流のデザイン&エンジニアリング企業と仕事をしたという事実は、自動車デザインに新たな道を開き、同様の道を目指す人にとって一条の光となろう。
デザイン開発企業やエンジニアリング企業は、2000年代初頭の自動車メーカーによる外注削減という荒波を経て、従来の大企業顧客偏重から、より小規模なクライアントにも対応できる体制を整えた。思えば1970年代初頭、昔ながらの一品製作から脱却し、生産計画を含むトータルなサービスを先がけて提供することでカロッツェリア界の変革を促したイタルデザインであるが、彼らが再びマニファクチュールといえる領域を模索しているのは興味深い。
読者諸氏にも(一定の資金調達力とセンスがあれば)ミツルハナガタ2000を実現できる可能性は近づいている。それを感じた2022年ヴィラ・デステのコンセプトカー&プロトタイプであった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、イタルデザイン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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