第808回:伝説の原付自転車の「電動化」でダンディズムを取り戻せ!
2023.05.18 マッキナ あらモーダ!「一家に一台」の伝説の人気車
2023年5月、イタリア中部アレッツォで催されたイベントでのことである。色鮮やかな原動機付自転車が筆者の目に留まった。「チャオ」というモデルである。
チャオとは「ベスパ」のスクーターで知られるイタリアのピアッジオがかつて販売していたモペッドだ。同社の企業博物館によると、構想の始まりは、ベスパと同じ名設計者コラッディーノ・ダスカーニョ技師による1955年にまでさかのぼる。実際の発売は1967年だった。ベスパの人気衰退と、1966年の洪水による工場浸水といった二重苦のなか、いちるの望みを託した新製品だった。
2サイクル49ccエンジンの動力は、クラッチとベルトを介して後ろ車軸の無段変速機に伝達される仕組みだった。ただし最大の特徴は自転車風のペダルにあった。こいで一定の速度に達すると、クラッチがエンジンにつながって始動する。純粋な自転車として使いたいときには、後輪のスイッチとレバーを操作することにより、動力と切り離される。あとは、車体右側(ベルトと反対側)にかけられた金属製チェーンを介してペダルの動力を伝える仕組みだ。
チャオは価格がベスパのほぼ半分であったことから、財布の軽い若者を中心に大歓迎された。そして大きな変更を施されることなく、2006年の生産終了までの39年間に約350万台が製造された。今日「イタリア家庭の物置には、おじいさんが若いころ乗っていたチャオが大抵一台はある」と言われるのも、往年の人気を物語っている。
電動アシストに変身させるメリット
今回、筆者が見つけたチャオには、改造が施されていた。電動化されていたのである。
仕掛け人は、ティベリオ・カザーリさん。1980年にフィレンツェで技術高校の電気科を卒業した彼は、長年にわたって鉄道の電機関連の会社を経営してきた。それをリタイアして2021年に起業したのがチャオの電動化を手がける会社「アンブラ・イタリア」だった。研究・準備には2年を要したという。筆者が「ずいぶんと巨大なものから、とびきり小さいものへと扱い品目が変わりましたね」と言うと、ティベリオさんは大笑いした。
電動化の“肝”は、オリジナルのチャオが原動機付自転車であったのに対し、コンバート後は電動アシスト自転車であることだ。これによってイタリアの道路交通法上は「自転車」として使用でき、自転車専用レーンも走行が可能だ。
それだけではない。ティベリオさんは「あらゆる規制から解き放たれます」と力説する。ここからは自転車の安全に関して、国・地域によって多様な見解があることを前提にお読みいただきたいが、イタリアでは今日まで(ティベリオさんは推奨しているが)自転車にヘルメット着用義務や保険加入義務はない。
筆者が記憶しているのは、2000年に原付のヘルメットが全年齢で義務化されたときのことだ。近所の元理髪師のおじいさんは、それまでハンティング帽をかぶって運転していた原付に乗るのをぱたりとやめてしまった。ヘルメットが嫌いな人は一定数いるのだ。加えて、かつてイタリアで原付自転車は、14歳になれば誰でも無免許で運転できた。ナンバープレートも一枚あれば使い回し可能だった。そうしたおおらかな時代を知るイタリアの人からすると、今日の法規は窮屈でならないのだ。
2サイクルゆえのデメリットもある。排ガス規制基準に適合していないため、都市の多くで、すでに進入が禁止されているのだ。いくらオリジナルのチャオを所有していても、乗れる環境は極端に減りつつある。
そうしたなか、ティベリオさんは自転車扱いとすることで、デビュー時のチャオがそうであったように、ヘルメット不要・無税・無保険で楽しめるようにしたいと考えたというわけだ。車両登録の抹消手続きに関しても、ティベリオさんは顧客に適切なアドバイスをする。
「エレキのプロ」による真面目な仕事
独自のアイデアも盛り込んだ。オリジナルではガソリンとオイル(2%)の混合を入れていた給油口の“跡地”には、USBのアウトレットを据え付けた。
オプションで荷台脇に取り付けるバッグは足が当たらない形状にした。製作は地元フィレンツェにいるカバンの匠(たくみ)に委ねている。
ユーモラスなのは、電動化で要らなくなったマフラーだ。「そのままだと雨水などが侵入してしまう恐れがあるので」傘差しとした。もちろん、傘の色は車体色に合わせている。
といってもティベリオさんの仕事は、単にファッショナブルなコンバートではない。
開発にあたっては、イタリアおよびEUの工業規格に完全適合するよう、付則にある「電波干渉による誤作動」まで電波暗室でテストした。「これを正しく実施している同業者は、実は意外に少ないのです」とティベリオさんは指摘する。さらに、オリジナルのデザインを保持した改造法について、イタリア共和国の特許も取得している。
自身はプロデュースに徹し、改造作業はベスパなどのレストアに精通した国内4カ所の工房に託している。アウトソーシングだ。電動化用以外のパーツは、可能な限り純正品を調達するか再生するようにしている。「塗色も新車時の配色を忠実に再現しています」と胸を張る。
目下、イタリア各地で同様にコンバートを手がけてくれる工場を探しているが、慎重に進めたいとティベリオさん。「どれだけ私が求める品質を順守してくれるか、心配だからです」と、その理由を語る。どこまでも実直だ。
古典車オーナーのやりとりが楽しめる?
筆者が「あなたがまたがった姿を撮らせてください」と頼んだところ、ティベリオさんは丁重に辞退した。聞けば「3台とも、すでにお客さまが決まっているので」と言う。製品ではなく、限りなく作品に近い愛情を感じた。
実は彼が出張展示していたのは、自動車関連イベントではない。2023年5月にイタリア中部アレッツォで開催された「ダンディー・デイズ」という催しだ。地元有志による町おこし企画で、いにしえの衣装に身を包むとともに正しい振る舞いもたしなむことで、他者を尊重する心を養おう、というのが趣旨である。2023年で第7回になる。
しゃれ者が集まるイベントに、しゃれた電動アシスト自転車はいかが、というわけだ。ティベリオさんの希望により実名は伏せるが、ミラノの某著名ファッションハウスの社長もすでに1台ガレージに収めたという。
家具から建築物まで、イタリアでは古いものを趣味よく再生したり、愛好したりする人が評価される。それは自動車でもしかりで、フェラーリやマセラティから、先代「フィアット500」、そしてベスパにも実践されている。そこに、さらに市民に近い乗り物であったチャオまで加わったというわけである。新しい試みでありながら、彼らの美意識にぴったりと合致している。
ベース車を持ち込んだうえでのキットおよび改造費は3050ユーロ(約45万円)から。全体の製作には、オーナーの好みを聞きながら約3カ月をかける。高級車の修復を依頼する顧客とレストアラーの対話に似たやりとりが完成まで楽しめると考えると、そのプライスには納得がいくのではないか。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA, AMBRA ITALIA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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