第831回:“Made in China”を堂々と公言! 時代の変化を感じさせる都市型モビリティー
2023.10.26 マッキナ あらモーダ!イカした2人乗り、君の名は
2022年から、イタリアの都市部でスタイリッシュな2ドア・2シーター車を見かけるようになった。ほかのどのクルマとも似ていない。しばらくして判明したのは、それが「ヨーヨー(Yoyo)」という名前であることだった。
ヨーヨーは、XEV(エクシーヴィー)という企業が手がける街乗り用の電気自動車(EV)である。XEVは2018年にトリノに設立された多国籍企業だ。当初はクラウドファンディングで資金調達を試みていた。そこからのステップは速く、翌2019年にヨーヨーのプロトタイプをトリノの自動車イベントで公開。さらに2020年には、中国・安徽省合肥の国有資産監督管理委員会(Hefei SASAC)の出資を受け、同地にR&Dおよび工場を設置して生産を開始する。そして2021年に欧州でヨーヨーを発売した。2023年現在、上海本社、トリノのデザインおよび欧州販売センターを含め、世界5拠点体制がとられている。マーケットは20の国・地域にのぼり、欧州では2022年までに累計納入台数が1万台を超えた。
ヨーヨーは、欧州連合で「L7e」もしくは「ヘビー・クアドリサイクル」と呼ばれるマイクロカー規格に属する。ルノーの2人乗りEV「トゥイジー」の上級車種と同じカテゴリーだ。最高出力はエンジン車、EVともに15kW(20.4PS)に制限され、自動車専用道路の通行は禁止されている。だが二輪車に準じる扱いであるため、イタリアでは16歳から公道運転が可能だ。加えて、欧州都市の多くでは、普通乗用車が制限されている歴史的旧市街への進入も許される。全長×全幅×全高は2530×1500×1570mm。3代目「スマート・フォーツー」よりもわずかに短く、細く、そして高い。ホイールベースは1680mmである。
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交換式バッテリーを採用
エクステリアデザインダイレクターのイアン・グレイ氏は、コヴェントリー大学自動車デザイン学科を卒業後、数社を経て約10年間中国のJAC(安徽江淮汽車集団)でシニアデザイナーを務めた人物である。インテリアのデザインダイレクター、アドヴァ・ヨゲフ氏もJACからの転身だ。
彼らの仕事であるヨーヨーは、2022年にデザイン賞「コンパッソ・ドーロ」の運営機関として知られるADIが選ぶ「ADIデザイン・インデックス」に選ばれた。グレイ氏は「私たちは、積極的で過度にスポーティーなデザイントレンドとは決別し、代わりに用途や環境に沿ったものをつくることを目指しました」と語っている。またヨゲフ氏は、「既成の技術にとらわれず、よりオープンな視点からデザインにアプローチする機会を与えられました。おかげで、ヨーヨーには新しい方向性を示すソリューションを発見できました」と振り返る。
3Dプリンターを駆使してつくられるサイドパネルを交換できるのも、ヨーヨーの売りだ。オンラインのアートプラットフォーム「UAAD」と提携し、より豊富な選択肢を実現している。参考までに、クラウドファンディングによる開発当初は、シャシーに至るまで広範囲にわたり3Dプリンターの使用が計画されていた。いっぽうで、量産型はスチール製モノコック+樹脂パネルに落ち着いている。
後車軸上に置かれた最大出力15kWの86Vモーターで後輪を駆動する。メーカーがよりアピールしているのは、バッテリー交換システムだ。専用ステーションで、リアバンパー部のフタを開け、3本のリン酸鉄リチウムイオン電池カートリッジを装塡(そうてん)する。2022年には「アジップ」ブランドで知られるイタリアの旧国営エネルギー企業、エニと提携。ステーション網を拡充中だ。それとは別にケーブル充電も可能で、家庭用AC200V充電器を使用した場合、満充電までの所要時間は3~4時間、航続可能距離は150kmとカタログに記されている。
アクセルレスポンスは往年のメルセデス風
そのヨーヨーを試乗する機会に恵まれた。2023年9月、独ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」のメッセ会場で企画された、環境対策車を中心にしたテストドライブでのことである。
ドアの開閉感は従来の内燃機関によるクアドリサイクルのチープさとは異なり、普通乗用車のものに近い。ダッシュボード中央にはこれも一般車に近い10.25インチのタッチスクリーン式ディスプレイが据えられている。ステアリングホイールはレザー張りだ。ウインカーをはじめとする操作感も含め、そのモダンさは、日本で奮闘しているデザイナーに失礼を承知で言えば軽自動車より明らかに上である。従来、内燃機関版クアドリサイクルは普通乗用車の維持が経済的に難しい、もしくは足代わりに市街地までクルマを乗り入れたい高齢者がユーザー層の中心だった。製造するフランスやイタリアの企業は、若年層の開拓を何度も試みながら、さしたる効果をあげられなかった。ヨーヨーは、彼らが果たせなかった市場を切り開ける可能性がある。
UVカットガラス製パノラミックルーフは限られたスペースに開放感を与えてくれる。ただしシェードがない。そのため、気温が30℃近い9月のミュンヘンでは標準装備のエアコンを常に効かせていないと途端に暑くなってしまった。これはプレスデーに一日中、ジャーナリストの運転に同乗していたスタッフも指摘していた点だ。ただし、冬季は電気ヒーターの使用時間を少なくできるわけで、日照時間が少ない地域ではその恩恵はさらに大きくなる。
シフトセレクターは運転席・助手席間にあるセンターコンソール上のダイヤルである。Dレンジに回したあと、アクセラレーションはそのペダルの重さといい、慎重な発進といい、メルセデス・ベンツの2速発進モデルをほうふつとさせる。キビキビした走りが好きなイタリア人ユーザーの間では好みが分かれるところだろうが、EVのアクセラレーションに慣れない人にとっては安全であると考える。Sモードでは若干機敏になるが、当然ながら航続可能距離は短くなる。パワーステアリングは装備されていないが、リアドライブということもあり、苦労するほどの重さではない。
その後もリニアな加速の恩恵で、通常の市内トラフィックに乗るのに痛痒(つうよう)を感じることはない。500ccディーゼルエンジンを用いた従来型クアドリサイクルの鈍重さとは明らかに違う点である。ただし、路面の突起や陥没部に遭遇すると、ボディー剛性の限界を感じる場面があった。いうなれば、箱が揺すられている感じが伝わるのである。このあたりを許容するかどうかは、ユーザー次第であろう。
お客さまをお乗せできる
ヨーヨーのベースモデルはイタリアのエコカー補助金を適用すると、1万3990ユーロ(約222万円)だ。終了後は1万6990ユーロ(約269万円、以下いずれも付加価値税込み)となり、「フィアット・パンダ」の標準モデル(1万5500ユーロ=約246万円)よりも高くなる。
ともあれ、そのデザインと質感が醸し出す雰囲気は軽便車ではない。自動車に詳しくない同乗者なら、普通の乗用車と信じて疑わないだろう。かつて昭和時代に「お客さまにお出しできるラーメンです」というキャッチで売り出した高級即席麺があった。その表現を借りるなら「お客さまを乗せられる軽便車」である。自動車専用道を走行できない、また車速は90km/h以下といった制約を承知のうえなら、欧州の都市ではスマート・フォーツーの代替として俎上(そじょう)に載せ得る一台と考える。
そしてもうひとつ、カタログの巻末で画期的なことに気づいた。「Designed in Europe, Assembled in China」と大きく記されている。もはや中国組み立てであることを堂々と宣言しているのだ。欧州のデザインという前置きはある。だが、前述のようにそれなりの価格であることを考えると、少なくとも欧州では“メイド・イン・チャイナ”が、もはやアフォーダブルな工業製品の印象から脱し始めたことを感じさせるのである。取りあえず出だしは好調。あとは継続な成功を果たせるかがヨーヨーの鍵だ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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