第825回:「ミュンヘンIAAモビリティー」探訪 ドイツで見た再びの“在中国、為中国”
2023.09.14 マッキナ あらモーダ!メッセと市内、2つの会場
モビリティーショー「IAAモビリティー2023」が、2023年9月5日から10日までドイツのミュンヘンで催された。同イベントは2019年まで隔年で行われていた「IAAフランクフルト(フランクフルトモーターショー)」が開催地、名称そして形態を変えたものである。前回の2021年は新型コロナウイルス関連規制が一部解除されていなかったため、第2回の今回が事実上初の通常開催となった。
会場は大きく分けて2カ所。「サミット&カンファレンス」と名づけられた郊外のメッセ会場では各自動車メーカーによる展示も行われたが、175ユーロ(約2万7000円。オンライン前売り)という来場料からもわかるとおり、こちらは事実上BtoBのトレードショー会場だった。9月5日にはドイツ連邦共和国のショルツ首相も視察に訪れている。
いっぽうミュンヘン市街の8カ所には、「オープンスペース」と題された会場が設けられた。プラッツ(広場)や、歩行者天国にした大通りが舞台である。こちらは来場無料にもかかわらず、フォルクスワーゲン(VW)、メルセデス・ベンツ、そしてBMWをはじめとする各ブランドが、メッセ会場をはるかに上回る規模のパビリオンで一般来場者を迎えた。
メッセと市街のどちらに重要なコンセプトカーを展示するかは、ブランドにより判断が分かれた。なかにはBMWやポルシェなど、9月4日の報道関係者公開日にはメッセ、翌5日からは市内会場にコンセプトカーを移して展示するメーカーもみられた。
公道を用いた、一般来場者向けの試乗会もオープンスペースの目玉に据えられた。電動車に加え、「モビリティー」の名にふさわしく電動アシスト自転車も数多くのテストドライブ車両が用意された。市販の「EQ」シリーズだけでなく、2022年のコンセプトカー「EQXX」までそろえたメルセデス・ベンツの試乗申し込みブースは、特に活況に沸いていた。
エンディングレポートによれば、出展社・団体数は38の国と地域から750、世界初公開は300に及び、来場者は50万人を超えた。また、試乗申し込みの数は乗用車が約8500回、電動アシスト付きを含む自転車が約4000回に達したという。
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若さだよ、プレミアムは
そのメルセデス・ベンツは電気自動車(BEV)「コンセプトCLAクラス」を市内会場で公開した。これは3代目「CLA」のデザインを暗示するものであるとともに、「メルセデス・ベンツ・モジュラー・アーキテクチャー」(MMA)をもとに設計された最初のモデルとなる。スペックによれば、自社開発の電気駆動ユニットを使用。満充電からの航続可能距離は750km以上(WLTPモード)を標榜(ひょうぼう)している。エネルギー消費は約12kWh/100kmで、メルセデスはそれを「BEV時代の1リッターカー」と表現している。
またBMWは、BEV「ヴィジョン ノイエクラッセ」を一般披露した。Neue Klasse(新しいクラス)とは、同社が1961年から約10年にわたり生産したセダンに用いられた名前だが、それはあえて強調されていない。代わりに、開発を担当したBMW AG取締役会メンバーのフランク・ウェーバー氏は「航続距離30%延長、充電時間30%短縮、効率25%向上」を目指したと語る。同時に、ノイエクラッセのために同社史上最大の投資に着手したと強調する。発売は2025年を予定している。
今回のIAAで目立ったのは、そうしたドイツ系プレミアムブランドによる、若い購買層の注目を引こうと躍起になっている姿である。メルセデス・ベンツは「Defining Class since 1886」といったスローガンのもと、創業以来、他社のベンチマークであり続けてきたことを強調したいっぽうで、ポスターや動画では「300SL」とコンセプトCLAクラスを若者たちが取り囲む演出を展開した。
BMWもしかりだ。先述のノイエクラッセのデザインについて、BMWグループデザインの責任者アドリアン・ファン・ホーイドンク氏は「モデル世代をスキップしたように見えるほど進歩的です」と胸を張る。
欧州ではテスラ、ポールスターといった新興BEVブランドが存在感を増している。例として「テスラ・モデルY」は、2023年6月のドイツ国内のBEV販売台数で、VWの「ID.4/ID.5」の5152台を抑えて6098台で1位を記録している。対して「メルセデス・ベンツEQA」は1444台、「BMW iX1」は1157台と、足元にも及ばない(データ出典:KBA)。ドイツ系プレミアムが“過去のブランド”にならないよう懸命であることがうかがえた。
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もう一度スロットマシン
しかし、こうした華やかなコンセプトカーや新型車以上に興味深かった3つの事象を筆者は挙げたい。
第1は内燃機関に関してだ。コンセプトカーや新型車の主流は、やはりBEVである。VWブランドは、近い将来のBEV戦略として、2026年に「ID.2 all」を2万5000ユーロ(約395万円)以下で発売することを明らかにした。ルノーは会場で公開した新型「セニック」を、BEVのみで展開する。
ただし、VWブランドはオデオン広場の一般会場の展示を紹介するプレスリリースで、「新世代の『パサート』や『ティグアン』など、効率的な内燃機関車を提供し続けます」と記している。そして実際にそれらのモデルを出展したことも事実である。ルノーにしてもサブブランドであるダチアは、内燃機関中心で今後もラインナップを展開することは変わりないと思われる。
また、ボッシュ・モビリティーのマルクス・ハインCEOは、筆者の「EUによる2035年の内燃機関車販売禁止撤回をどう受け止めるのか?」との質問に対し、「電動化はこれからも成長すると強く信じ、市場が加速することを助けていきます」と答えるとともに、「これから2年間は、内燃機関および燃料電池に関する技術の提供にも力を入れていきます」と回答した。
いずれも、数年前のBEV化一色だった時代とは違う空気感が感じられた。同時に、ドイツ系メーカーやサプライヤーが市場動向や世界各地域の実情に合わせて対応していくしたたかさを垣間見た。
第2に興味深かったのは、VWブランドやアウディが市内会場で人材募集のコーナーを設けていたことだ。対応してくれたVWブランドのスタッフは、「事務職、エンジニア、ラインワーカーいずれも歓迎です」と話す。参考までに、ミュンヘンを本拠とするIfoインスティテュートによる2023年7月にドイツ国内約9000社を対象にした調査では、43%以上の企業が資格のある労働者の不足に直面している。
第3は、中国ブランドの高価格シフトである。彼らが欧州で販路を拡大しようとしているのは、もはや今日のような格安車ではない。例えばBYDの新型BEV「シール」の4WDモデルは、5万0990ユーロ(802万円)である。いっぽう上海汽車グループ傘下のMGは今回、2023年の上海ショーで発表したスポーツEV「サイバースター」を、欧州で初公開した。生産国にこだわらないZ世代の富裕層が中国系高級車を買い始めたら、これは脅威だろう。
しかしながら、このショーを最も象徴する言葉は、VWグループのラルフ・ブラントシュテッター中国担当執行役員が、それもあえて中国語で発したひとことだろう。それは「在中国、為中国(中国で、中国のために)」だ。ブラントシュテッター氏は「スピード、顧客中心主義、収益性が重要であり、VWは引き続きこれに対応してゆきます。そのために、私たちは中国で、中国のための開発に注力してゆきます」と解説した。
VW、ダイムラー、BMW各グループが2020年に世界で販売した乗用車のうち、実に38%が中国で売られている(データ出典:CAR ドイツ自動車調査センター)。また2022年の中国の自動車販売台数は約2686万台で、新型コロナ後の回復基調がうかがえる。しかし、ピークである2017年の約2887万台にはいささか及ばない。減速する中国経済を目の当たりにしつつも、VWをはじめとするドイツの自動車産業は、再びスロットマシンのレバーを握ろうとしている。少なくとも筆者の目にはそう映ったのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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