第866回:イタリア版「陸の船乗り」御用達ショップ発見!
2024.07.04 マッキナ あらモーダ!アウトストラーダで八代亜紀
『陸の船乗り ―ロンサムロード―』は、惜しくも2023年に逝去した歌手・八代亜紀がかつて歌った楽曲である。レコードの発売は1984年で、作曲は中村泰士、作詞は山口洋子による。「あなた船乗り あなた陸の船乗り」のリフレインは、当時長距離トラックドライバーから絶大な支持を得ていた八代を意識した歌詞であったことは言うまでもなかろう。
八代とトラックドライバーといえば、ほぼ同時期に放送されていたTBSラジオの早朝番組は三菱ふそうの一社提供で、CMでは八代亜紀による「今ごろ どの町 どのあたり」というフレーズが流れた後、本人の声で安全運転を呼びかけていたものだ。
イタリア在住28年になる筆者だが、アウトストラーダを大型トラックとともに走っているとき、気がつけばその『陸の船乗り ―ロンサムロード―』を歌っている。
今回はイタリアにおける「陸の船乗り」御用達ショップのお話である。
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普通のガソリンスタンドのほうが楽
欧州では馬車の時代から、道路を使った物流が盛んだった。当連載第709回で記したように、イタリアを代表するオペラ作曲家のひとり、ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901年)の生家は宿屋兼食堂だった。同時に、そうした施設は一般的に郵便用も含め馬車の中継所も兼ねていた。今日でいえばホテル付きサービスエリア兼トラックターミナルである。
いっぽう、第2次大戦後のアウトストラーダの名物といえば、「陸橋式のサービスエリア(SA)」である。上下線をまたぐようにつくられたものだ。食堂の客は、眼下を走るクルマを見ながら食事ができる。経済成長時代の象徴的建造物でもあるが、デメリットもある。トイレひとつ行くにも、階段を上って到達しなればならない。帰りも「ドン・キホーテかよ」と思うような複雑な店舗内をめぐる必要がある。自動車旅行とサービスエリアでの食事が娯楽だった時代の遺物だ。効率的な動線からは程遠いのである。
そこで手っ取り早いのが、隣接するガソリンスタンドに併設された売店である。飲食施設の規模は陸橋式に及ばないが、簡単な買い物やトイレだけなら、階段を上り下りする必要がない。今日的視点でいえば、バリアフリーでもある。
先日もアウトストラーダA1号線で、北部ピアチェンツァ郊外フィオレンツォーラ・ダルダのSAに立ち寄ったときも、筆者はガソリンスタンド売店のほうを選択した。
店内に入った途端、筆者は驚いた。
トラッカー向けグッズがわんさか
売り場面積の4分の1近くを、明らかにトラックドライバー向けの用品が占めていたのだ。それは電気製品の大半が24V対応であることからもわかった。
日ごろ路上で対向するトラックを見るたび「ああいうアクセサリーは、どこで売っているのだろう?」と思っていたものが、ほとんどそろっていた。
第1はフロントウィンドウに貼る、ドライバーの名前やニックネームの電飾付きプレートである。よく見ると、売店のカウンターで注文を受け付けていることが記されている。
次は「宗教系グッズ」だ。ステッカーは現ローマ教皇のイラストを発見できた。十字架はLED照明が点灯するもの、2002年に列聖されたピオ神父のイラストをプリントしたもの、とさまざまである。前者はスイッチがオン/オフできるようになっている。ドライバーが「そろそろ十字架に点灯すっか」と判断しているかと思うと、ほほ笑ましい。
第3は各国の国旗をモチーフにしたグッズだ。イタリアの三色旗をイメージしたものも少なくない。首に巻くマフラーをイメージしたウィンドウ貼り付け用ペナントは、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、ポーランドといった国々の国旗をかたどったものも見られる。
屋外に出たら、装着例のようなトラックが並んでいた(本項写真参照)。写真右のイヴェコにはイタリア国旗イルミネーションが、左のルーマニアのナンバープレートが付いたMANには、国旗が飾られている。後者の場合、貼付用ペナントは複数であることからして、おそらく仕事で訪れたことがある国を誇示しているのであろう。
実は国旗グッズの多様性は、イタリアで出会う大型トラックのナンバープレートの国籍とほぼ一致する。加えていえば、そうした国々ではカトリックの人口が高い。イタリア版「陸の船乗り」ショップの商品構成は、トラック業界を反映しているのである。
2021年のデータだが、欧州ではトラックドライバーが4万人不足している(出典:Transport Intelligence)。イタリア政府はそれを解決すべく、外国人ドライバーに特別の滞在許可証を与える政令をすでに導入している。
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次は、どのような国籍グッズが
ただし問題はある。当連載第819回に登場願った自動車教習所のロレンツォ・ブロッキ校長によると、外国人の大型免許取得希望者は増えているものの、筆記試験は伊・仏・独語のみ。したがって、それらの言語に慣れていない国の人々にとっては難関であるという。
トラックドライバーの人手が足りないことを象徴するもうひとつの話は、当連載にたびたび登場してきたシエナのルノー販売店経営者、ルイージ・カザーリ氏によるものである。納車が間に合わなくなると、自ら小さなキャリアカーを運転し、新車デポーまで取りに行くことがあるという。
最近はキャリアカーに明らかに中央アフリカ系のドライバーがいて、運転だけでなく新車の積み下ろしも器用に行っているのを見かけるようになった。彼らにもカトリックが少なくない。したがって宗教系こそそのままで大丈夫だろうが、「陸の船乗り」ショップの品ぞろえも想定を超えた新たなものが出てきそうで今から楽しみである。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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