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第819回:教習所に来たれ若者! 「フィアット500e」と「テスラ・モデル3」で先客万来なるか

2023.08.03 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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あの教習所は繁盛していた

イタリアでは、ひとつの街に自動車教習所が複数存在することがある。それには理由がある。他の欧州諸国同様、所内に教習コースを持たないからである。

筆者が住むシエナもしかり。人口5万3000人の街に、教習所が5つも存在する。そのひとつ「ラ・バルツァナ(以下バルツァナ教習所)」は、以前から「フィアット500」などアイキャッチ的な車両を積極的に導入することで注目を浴びており、本欄でも時折リポートしてきた(その1その2その3その4)。

そのバルツァナ教習所が、ここ3年導入を図ってきたものといえばバッテリーEVである。2019年秋、イタリアのメディアで「わが国初の自動運転教習車」として紹介された「テスラ・モデル3」に続いて、オーシャングリーンの「フィアット500e」も加わった。その背景は? というのが今回の話題である。

取材の日、ロレンツォ・ブロッキ校長(1962年生まれ)は、実際に500eで登場してくれた。思えば長いつきあいだが、今の仕事に就いた経緯を聞いたことがないので、質問してみることにした。

「父はまったく違う仕事でした。具体的には製粉所を営んでいました。私自身はホテル勤務などいくつかの職業を経たあと、クルマ好きだったことから、市内のある教習所で1985年から8年間インストラクターとして働きました。その後、仲間とともにバルツァナ教習所を開校したのです」。最初に筆者が取材した2008年に5人だったスタッフは、今や11人になった。以前からあった旧市街・新市街の2教室に続き、2023年には郊外に、トレーラーや大型免許を主とした教室も開設した。取得できる免許の種類は、船舶も含め大別しただけでも18に及ぶ。

教習車両は12台。そのうち多数を占めるのは、過去に取材したときと同じくフィアット500である。ただし、現行のマイクロハイブリッド仕様にすべて入れ替えている。他校の「ルノー」「ダチア」といった教習車よりも、明らかに目立つ。サイドには大きな文字で「HYBRID」のデカールが貼られている。市内で最もあとに参入した教習所が実践してきた、路上で衆目を引くクルマを導入するというストラテジーは、今も続けられている。

今回は、わが街シエナでEVをいち早く導入した自動車教習所の校長に話を聞いた。
今回は、わが街シエナでEVをいち早く導入した自動車教習所の校長に話を聞いた。拡大
撮影していると、同教習所のマイクロハイブリッド版「フィアット500」が偶然やってきた。一緒にいるのは、四輪・二輪のインストラクターであるガエターノ氏と教習生さん。
撮影していると、同教習所のマイクロハイブリッド版「フィアット500」が偶然やってきた。一緒にいるのは、四輪・二輪のインストラクターであるガエターノ氏と教習生さん。拡大
ここは体育館脇の駐車場。シエナ市内のドライビングスクールにおける、技能教習の定番フィールドである。
ここは体育館脇の駐車場。シエナ市内のドライビングスクールにおける、技能教習の定番フィールドである。拡大
自動車教習所「ラ・バルツァナ」の創立者兼校長であるロレンツォ・ブロッキ氏。フルトレーラーなど“陸上”の各種運転免許はもちろん、船舶、小型飛行機の操縦免許も持つ。La Balzanaとはシエナにおける市章の名称。
自動車教習所「ラ・バルツァナ」の創立者兼校長であるロレンツォ・ブロッキ氏。フルトレーラーなど“陸上”の各種運転免許はもちろん、船舶、小型飛行機の操縦免許も持つ。La Balzanaとはシエナにおける市章の名称。拡大
2023年に開設されたばかりの第3教室で、トレーラー免許教習に使用する「ボルボFH460トラック」。
2023年に開設されたばかりの第3教室で、トレーラー免許教習に使用する「ボルボFH460トラック」。拡大

イタリアにも「AT限定」が

本題のEVに移ろう。モデル3と500eは、いうまでもなくAT(オートマチック)車である。そこで、まずはイタリアの運転免許制度について説明してもらうことにした。

「現行の運転免許制度は、欧州連合(EU)の統一法規に準拠するかたちで、すでにAT限定免許が存在します」

詳しくいうと普通免許に相当する「B免許」に付随するかたちで、「AT限定」が導入されている。欧州統一の付随番号にしたがい、免許証に「EU78」と記載される。EVはその教習に活用できるわけだ。前述の第639回で「イタリアにはAT限定免許がない」と記したのは筆者の誤りである。参考までに、イタリアでAT限定免許の知名度は極めて低い。プロもしかりである。執筆を機会に、自動車販売店や、いわゆる代書屋さんなど複数の施設に赴いて照会したが、即答できた人はいなかった。なかには、ハンディキャップをもつドライバーのための限定免許と混同している人もいた。ハイブリッド車が後押しするかたちで新車販売におけるAT率が上がっているとはいえ、いまだ約25.5%(出典: brum brum 2022年1月発表数値)にとどまっていることが背景にあろう。

しかし、とロレンツォ氏は続ける。「近い将来EUの改正法が施行され、たとえATで技能検定に合格しても、MTを運転できるようになると見込まれます」。ATで“取りあえず”運転免許を取得する教習生が多くなる日が近い、というわけだ。

教習生自体にも変化が生じている。筆者がイタリアに住み始めた1990年代末、若者たちの多くは親や親戚に同乗してもらって、空き地などで練習してから教習所に入門したものだ。いっぽうロレンツォ校長は、「今日では運転未経験での入校が大半です」と証言する。

教習におけるATのメリットも、ロレンツォ校長は語る。「クラッチ操作がないおかげで、教習生は、もっと大切な操舵やブレーキ操作に集中できます。したがって最初にAT車でクルマに接してもらい、その後MT車の操作を……という教授法も用います」

シエナ旧市街の第2教室前にて、教習車の「テスラ・モデル3 デュアルモーターAWD」。2020年12月撮影。
シエナ旧市街の第2教室前にて、教習車の「テスラ・モデル3 デュアルモーターAWD」。2020年12月撮影。拡大
バルツァナ教習所の「フィアット500e」は、3グレードあるうちの「ラ・プリマ」と名づけられた最上級仕様。グラスルーフも備わる。
バルツァナ教習所の「フィアット500e」は、3グレードあるうちの「ラ・プリマ」と名づけられた最上級仕様。グラスルーフも備わる。拡大

EV導入の真意

EVであるからといって、教え方は既存のクルマとまったく同じという。教習生は、いつでも自由にEVを予約できるようになっている。教習生の反応は? 「最初はほとんど皆、懐疑的です。ところが乗ってしまうと、たちまち魅了されていますね」。EV独特のリニアな加速に魅了されるのは容易に想像できる。

教習所自体は充電設備を持たないため、近所の公共充電器でチャージしている。一方でロレンツォ校長は、自宅にウォール型充電器を設置済みだ。

「現行の法規では、2時間のアウトストラーダ(高速道路)教習が必修です。わが校はA1線『太陽の道』がコースです。その際もEVも活用しています」とロレンツォ氏は説明する。

EVの導入は、特に若い世代の関心を引くためという。ロレンツォ校長は力説する。「当然、入校生の大半は18歳前後です。デジタルネイティブの彼らに訴求するためには、常に新しい話題が必要なのです」。そしてこう付け加えた。「彼らの感覚に合わせて前進しないと、私たちは取り残されます」。

筆者が補足すれば、そもそもイタリア人の若年層の間では、運転免許取得への関心が低下している。詳しくは、本欄第669回「イタリア人もクルマ離れ? 当の若者たちに聞いてみた」をお読みいただきたい。新規入校生にアピールするかは、イタリアの教習所業界にとっても喫緊の課題なのである。

車両はリースではなく購入したという。参考までに、「フィアット500eラ・プリマ」のカタログ価格はイタリア版エコカー減税適用後でも3万4150ユーロ(531万円)する。5万ユーロ近くするモデル3 デュアルモーターAWDからすると安いが、教習車としてはかなり高額だ。しかし、市内最後の業界参入ながら人気車種で衆目を集めて30年。ロレンツォ校長には、EV戦略にも勝算があるに違いない。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、 Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

イタリアの旧電力公社系企業が展開する「エネルX」の150kW急速充電ステーションにて。車両のサイドには「ゼロエミッション・100%エレクトリック」の文字が。
イタリアの旧電力公社系企業が展開する「エネルX」の150kW急速充電ステーションにて。車両のサイドには「ゼロエミッション・100%エレクトリック」の文字が。拡大
助手席側のインストラクター用補助ペダル。EVになっても、リンケージはメカニカルである。
助手席側のインストラクター用補助ペダル。EVになっても、リンケージはメカニカルである。拡大
スーペルストラーダ(自動車専用道路)で、ロレンツォ氏の「500e」は俊足ぶりを見せつけてくれた。カタログ値による0-100km/h加速は9秒。
スーペルストラーダ(自動車専用道路)で、ロレンツォ氏の「500e」は俊足ぶりを見せつけてくれた。カタログ値による0-100km/h加速は9秒。拡大
「EVの評判は上々です」とロレンツォ校長。
「EVの評判は上々です」とロレンツォ校長。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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