第273回:激走! 落下! スタントマンにリスペクトを!
『フォールガイ』
2024.08.15
読んでますカー、観てますカー
アクション、愛、規格外!
5月頃から映画館では『フォールガイ』の予告編が流され、何度も聞かされた決めゼリフがある。
「アクション、愛、規格外、フォールガーーーーーイ!」
間違いないだろう。これはまぎれもなくバカ映画だ。悪口だと思わないでほしい。出来のいいバカ映画は、下手くそなアート映画よりはるかに価値がある。
監督の名前を見てさらに確信を深めた。デヴィッド・リーチは『ブレット・トレイン』の監督なのだ。日本が舞台で新幹線の中で殺し屋たちが激しいバトルを繰り広げるのだが、地理関係はむちゃくちゃだった。歌舞伎町の裏にある東京駅から出発し、米原を過ぎると琵琶湖の横に富士山がそびえている。京都駅は終点で、列車止めが設置されていた。リアリティーなんて気にせず、エンターテインメントとしての面白さだけを追求するタイプの監督である。
アクションの撮影シーンから映画は始まる。バイクが激走し、崖から落下、爆発。体を張って危険な撮影に挑んでいるのは、一流スタントマンのコルト・シーバース。筋肉自慢のライアン・ゴズリングが演じている。彼は人気スターのトム・ライダー(アーロン・テイラー=ジョンソン)が主演する映画でスタントダブルを務めているのだ。
サクッと落下シーンを成功させるが、トムはなぜかやり直しを指示。テイク2で事故が起きる。命綱が機能せずコルトは床に激突し、大ケガを負ってしまう。スタントダブルの仕事をクビになり、彼は映画界から姿を消した。
アクション映画でラブコメ
18カ月後、駐車係になっていたコルトのもとに、プロデューサーから連絡が来た。スタントに復帰してほしいという。彼は断るが、ジョディ・モレノ(エミリー・ブラント)の初監督作だと聞いて引き受けることに。カメラマンだった彼女とは恋仲だったが、事故が起きてからは連絡を絶っていた。カッコいいスタントを見せれば、復縁できるかもしれない……。
ロケ地のオーストラリアに到着すると、まずは顔のスキャンを行う。コルトは訝(いぶか)しむが、これは今どきの手法なのだ。顔面のデータを使えば、CGでいくらでも合成できる。ハリウッドの俳優組合がストライキを行った理由のひとつが、この問題だった。顔を出さない仕事のスタントマンなのにスキャンするのは奇妙だが、弱い立場だから何も言えない。
撮影現場では、ジョディが爆発シーンを演出中。視覚効果技術は使わず、すべて本物を使って撮影すると主張している。クリストファー・ノーランばりの反VFX主義者なのだ。現場は大混乱だが、そこに救世主が現れる。コルトなら、命がけのスタントも平然とこなすのだ。しかし、突然いなくなった彼をジョディは許していなかった。こじれた恋心で素直になれず、腹立ちまぎれに過酷なスタントを命じる。
ジョディは映画のストーリーをコルトに説明するのだが、それは自分とコルトの間に生じた感情のすれ違いをSFに移し替えたものとしか思えない。『フォールガイ』はアクション映画であると同時にラブコメの要素も持っているのだ。ジャンルをミックスして新鮮な展開を作り出している。現在公開中の『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』もアポロ計画内幕暴露を装ったラブコメで、出色の出来だった。
横転しやすいクルマとは?
コルトに託されたのは、キャノンロールと呼ばれるカースタントだった。車内に設置されたキャノン砲を発射し、その威力でクルマを回転させるテクニックだ。これまでの世界記録は、2006年に『007/カジノ・ロワイヤル』で達成された7回転。この映画では8回半を成功させ、見事にギネス記録を更新した。もちろん、クルマを操ったのはライアン・ゴズリングではなく、スタントダブルのローガン・ホラデイがステアリングを握っていた。エンドロールでは、彼を含むスタントチームに感謝の意をこめて撮影の様子が映し出されている。
キャノンロールに使われたのは、外観を大幅にモディファイした「ジープ・グランドチェロキー」。130km/hで走行中に圧力900psiのキャノン砲を発射するのに適しているとされたのは、ボディー形状が円筒に近く回転させやすいのが理由だ。数字を見ると、全幅1935mm、全高1770mmである。実際に乗ったことがあるが、もちろん横転はしていない。特殊な改造を施してプロのドライバーが超絶技巧で運転するから可能になる動きなのだ。
コルトは陰謀に巻き込まれ、悪漢たちに襲われることに。スタントで鍛えた技を使って撃退するわけだが、そこには過去の名作映画へのオマージュがちりばめられている。ニコケイの『
ほかにもいろいろな映画への目配せが見られるので、知っていれば楽しみが増すはずだ。『ラスト・オブ・モヒカン』『ボーン・アイデンティティ』『テルマ&ルイーズ』は観ておいたほうがいい。ラブコメ関連では『ノッティングヒルの恋人』『プリティ・ウーマン』『ラブ・アクチュアリー』も重要。『アルマゲドン』『エクスペンダブルズ:ニュー・ブラッド』をおちょくるような場面もある。監督の深い映画愛が伝わってきた。そういう人が作っているのだから、これは単なるバカ映画ではない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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