第874回:マフィア・グッズ禁止令で考える日伊の「思い込みギャップ」
2024.08.29 マッキナ あらモーダ!マフィア土産物禁止令
今回はイタリア・日本におけるイメージと現実の違いについて少々。
イタリア南部シチリア州のアグリジェント市で2024年8月、マフィアを想起させる商品の販売が市長令によって禁止された。
現地メディアによると、同市では地元シチリアのマフィアをイメージさせる衣類や小物などが日常的に販売されていた。銃器を携えた人形や、マフィア一族を題材にした映画『ゴッドファーザー』の登場人物を思わせるグッズ類を並べていたのは、主に外国人観光客を相手にした土産物店だ。
いっぽうイタリア国民の間では、マフィアをはじめとする犯罪組織による凶悪事件は、記憶に深く刻まれている。とくにマフィア撲滅に携わった人々の殺傷事件は、歴史的に重く扱われている。
1982年9月には、パレルモのカルロアルベルト・ダッラキエザ知事が運転する「アウトビアンキY10」が、バイクに乗った2人組にライフルで銃撃され、知事本人と妻、そして護衛が死亡した。
1992年5月には、マフィアを担当していたジョヴァンニ・ファルコーネ判事とその一行が、パレルモ近郊の高速道路を移動中、排水溝に仕掛けられた爆弾で爆破され、28人が死傷している。
いずれの事件も、現在でも発生日には追悼式典が毎年催されている。またイタリア各地には、事件やマフィアに直接関係がなくても、ダッラキエザ氏やファルコーネ氏の名を冠した街路が存在する。
今回のアグリジェントの市長令は、深刻なマフィアの存在が娯楽化・商品化されることにくぎを刺したものといえる。
ムッソリーニにも注意
もちろん、自嘲気味にマフィアをとらえるイタリア人もいる。筆者の知人であるイタリア人自動車関係者もその一人で、日本を含め海外出張経験豊富な彼は「海外の人にとって、イタリアといえば、常に『ピッツァ、アルマーニ、マフィア』だ」と苦笑する。そればかりか、筆者がシチリアのトラパニ市で面会した地元の顔役的人物は、「シチリアといえば、真っ先に思い浮かべるのは、マフィアでしょう」と開口一番に言って笑った。
実際、マフィアは今日でも極めて大きな社会問題であり、南部への企業進出をためらわせる一因にもなっている。日本の任俠(にんきょう)映画におけるヤクザのような格好よさで語るのは、あまりに軽率だ。ちなみに、逮捕された大物を見る限り、いわゆる「マフィア・スタイル」の服装で決めている人物はいないし、たとえ豪邸に住んでいても、外部からはそれとわからないようにしている場合がほとんどである。日本のいわゆる反社のようにわかりやすくはない。
ところで、マフィア・グッズに類似する問題としてもうひとつイタリアに存在するのが、第2次世界大戦前にファシスト政権を率いたベニート・ムッソリーニの扱いである。
こちらはファシスト思想を肯定・礼賛する行為や商品を禁じた法律が以前から存在する。にもかかわらず、かつて彼の肖像の描かれた男性用ボクサーパンツが土産物店に出回ったことがあった。また、彼や同じくファシストであったアドルフ・ヒトラーの肖像をラベルにしたワインが毎年のように外国人観光客向けに販売され、問題となる。
このようにイタリアおよび欧州では、法律で制定されている/いないにかかわらず、配慮すべきデリケートな表現が数々あるから注意が必要だ。イタリアの唱歌『青春』は、20世紀初頭につくられた秀逸な学生歌であり、筆者も原稿執筆の調子がよくなると、知らず知らずのうちに口笛で吹いている。だが、のちにファシスト党の党歌となった経緯があるため、人前で吹くのは控えている。
いっぽう、1970年代の日本は、そうした事柄に関する配慮が欠如していた。当時の人気男性歌手は新曲をリリースした際、ナチス風の衣装でステージに登場した。それはさすがに問題となり改められたが、筆者が東京で購入した「フォルクスワーゲン・ビートル」のプラスチックモデルには、ハーケンクロイツ(鉤十字)を模した水転写デカールが付属していたものだ。
デリケートな表現は自動車イベントでも
話は変わって、昨今イタリア人の間でも、日本訪問がブームである。2024年上半期の国・地域別訪日外国人数を確認して納得した。イタリアからの訪日客は9万6100人で、前年同期と比較すると61.9%も増加している。欧州諸国のなかでは、この伸び率はスペイン(66.7%)に次ぐものだ(データ出典:日本政府観光局)。
イタリア系メディアの多くは、統一通貨ユーロの導入以来、日本円が最安であることや、SNSの普及で日本が紹介される機会が増加したためと分析している。
先日は、「近々日本へ観光旅行に行く」という知人の大学教授夫妻(ともに40代)から、「出発前にレクチャーをお願いしたい」と依頼された。5都市をめぐるという。だが、人生の約半分をイタリアで過ごしてしまった筆者は、日本の最新情報のアップデートが欠如している。筆者自身の辞書に東京・豊洲市場の「千客万来」はもちろん、整備新幹線や(彼らが使うとは思えないが)圏央道の文字はない。したがって、期待に応えられる自信が到底なく、丁重にお断りした。
いっぽう、日本カルチャーの普及の影響だろう、イタリアで自動車イベントを取材するたび、読者の多様な思想信条に配慮すると紹介をためらうものを発見するようになった。具体的には旭日(きょくじつ)旗や「KAMIKAZE」と書かれたステッカーなどである。2年ほど前には「特攻」と漢字で書かれたフラッグを意気揚々とはためかせ、イベントに参加したクルマも確認した。
かと思えば、「ジャップ」という言葉も愛好家向け日本車ビジネスの世界などでは見受けられる。その使われ方からして、過去に日本人に対する蔑称であったことは意識にないようだ。
先日当連載で紹介したように、大阪の環状族に憧れる若者や、さらには本当に「大黒ふ頭で改造車を見物してきた」というイタリア人自動車ファンとも出会うようになった。日本のサブカルチャーの、それも極めて限定された現象をそう取り上げられると、筆者としてはなかなか複雑な心境にならざるを得ない。
侍、芸者、腹切りは消えたけど
しかし考えてみれば、筆者がイタリアに住み始めた1990年代中盤は、日本を訪れるイタリア人は極めて限られていた。情報も限られていて「みんなキモーノ(着物)を着て歩いているのか?」「サムラーイ(侍)は今でも本当にいるのか」と真顔で聞かれたこともあった。言うまでもなく日本といえばゲイシェ(「芸者」をもとに、語尾をイタリア語の複数形にしたもの)という世代も残っていた。腹切り=はらきり(HARAKIRI)をイタリア語読みした、カラキリという言葉もポピュラーだった。
そうした思い込みが消えたのは日本訪問ブームの恩恵だが、前述したように、新たな領域で認識のずれが生じている。冒頭のマフィアしかり、日本の自動車カルチャーしかり。国外の人が抱くイメージと実際に住んでいる人々が抱く感情の乖離(かいり)がある。それを日本人・イタリア人双方に理解してもらうのは、決して簡単ではないと筆者は感じている。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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