第922回:増殖したブランド・消えたブランド 2025年「太陽の道」の風景
2025.08.07 マッキナ あらモーダ!イタリアにも「アウトバーン」がある
2025年も8月に入り、行楽地に向かう高速道路の長い渋滞がニュースで放映されるようになった。
ところで「イタリアにもアウトバーンがある」と言ったら、読者諸氏は驚くだろうか? アウトバーン(Autobahn)といえば、ドイツの自動車専用道路を真っ先に想像する人が多い。しかし、オーストリアやドイツ語圏のスイスでも、同様の道路はアウトバーンと呼ぶ。ドイツ語が第2の公用語であるイタリアのトレンテイーノ=アルト・アディジェ特別自治州でも、イタリア語のアウトストラーダ(Autostrada)とともにAutobahnと記されているのだ。筆者としてはそれを見るたび、イタリアの貧弱な高速道路インフラゆえ「いやいや、アウトバーンなんて恐れ多い……」と照れてしまう。
今回はそのアウトストラーダで今、どのような自動車が走っているのか、というお話である。撮影したのは2025年5月から6月。場所はイタリアを代表する幹線で、太陽の道(アウトストラーダ・デル・ソーレ)の通称をもつA1号線と、そこから続く数本の路線である。
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東欧、中国、パンディーナ
2025年、そこには3つの現象が認められる。第1は東欧諸国からやってくるクルマの高級化だ。以前、本連載「第820回:行楽の季節に感じる諸行無常 「イタリア人が買えないクルマ」でイタリアに来る人たち」で旧社会主義圏の経済力向上により、イタリア人がなかなか乗れないような豪華車、もしくは高性能車でやってくるドライバーがいることを記した。そうした傾向は依然続いており、写真06の「アウディR8」はその好例である。続く写真07のモーターホームは、スロベニアのナンバーだ。ドイツ・バンベルク近郊に本社を置き、キャンピングカーのファーストクラスを標榜(ひょうぼう)するモレーロ社製で、価格表を参照するとベースモデルでも19万4700ユーロ(約3320万円)もすることがわかる。
続く第2は中国系ブランドの増加だ。それもそのはず。イタリアの2025年上半期新車登録台数を参照すれば、上海汽車系の「MG ZS」は1万7204台で、「ルノー・クリオ」を抑えて9位に浮上している。BYDも「シールU」が7125台を記録した(以下、データ出典:UNRAE)。
写真11で運ばれているのはBYD系のプレミアムブランド、デンツァである。陸送用車下段の「Z9GT」は4輪操舵によるクラブウオーク(カニ歩き)機能で話題を呼んだ。2025年4月のミラノ・デザインウイーク用デモカーに近い番号が付された仮ナンバーだったので、全国巡業中であろうか。左にはMGが見える。時代を象徴する光景である。
ちなみにアウトストラーダではないが、フィレンツェ郊外の中国系住民が多いエリアでは、BYDに乗るドライバーを頻繁に目撃するようになった。従来、ドイツ系プレミアムカーを好んでいた彼らが自国車も選択し始めたことは、経過を観察する必要があろう。
第3は“パンディーナ”こと3代目「フィアット・パンダ」の積載車の多さだ。同車は2024年に「グランデパンダ」が生産開始された後も、南部ポミリアーノ・ダルコの工場で継続生産されている。イタリアの2025年上半期新車登録台数では依然1位の6万2313台で、2位のルノーグループの「ダチア・サンデロ」(2万7692台)を大きく引き離している。当初は2026年に生産終了の計画だったが、1年後ろ倒しの2027年となり、最新情報では2030年までつくられる予定となった。それが実現すれば、“ヌオーヴァ500”(2代目「フィアット500」)と並ぶ18年のライフスパンを達成することになる。色とりどりのパンディーナを載せて次々と対向車線をやってくる陸送車は、そうした快挙を象徴する光景といえよう。
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来年は、もう違うかもしれない
いっぽうで、アウトストラーダで遭遇する確率が減った、と感じるクルマもある。
まずはLynk&Co(リンク・アンド・コー)だ。中国・吉利と同社傘下のボルボによって設立された合弁企業によるブランドである。イタリアでは2021年にサブスクリプション方式で市場進出したところ、新型コロナ禍による家計不安などもあって一定の成功を収めた。いっぽう、2025年上半期の登録台数はわずか196台で、前年同期比で63.09%のマイナスである。本連載「第896回:登録台数73%減の衝撃 Lynk&Co、サブスクやめるってよ」にも記したとおり、月額料金の値上げが契機となったエンツォ・インプロータさんのように、契約を解除したユーザーが多いことが頭打ちの原因だろう。
マセラティもしかりだ。こちらも新型コロナ規制の段階的緩和直後、「レヴァンテ」や「ギブリ」を見かけたものだ。メーカーによるプロモーションと、ユーザーのリベンジ消費が一致したと思われる。それが一巡し、かつラインナップが更新された今、ブームは一段落したとみるのが正しかろう。2025年上半期は前年同期比で29.57%のマイナスである。
そして最後は電気自動車(BEV)である。ふたたび新型コロナ規制明けを境とするならば、一時のブームが去ったのは、サービスエリアの充電ステーションの空きが増えたことからもうかがえる。それを示すように、2024年の欧州(EU、EFTA、英国)のBEV新車登録台数は前年比1.3%減の約199万3000台だった(データ出典:best selling cars)。イタリアの2024年新車登録におけるBEVの占有率は4.2%で、前年と同水準であった(データ出典:ACEA)。
というわけで今回は、最新のアウトトラーダにおける風景をスケッチしてみた。イタリアの古いアウトストラーダの写真に写っているクルマといえば、長きにわたり最も多いのはフィアット製小型車、次にアルファ・ロメオやランチアが1~2台、そしてときに外国車といったものが典型だった。
それが最近では、たった2~3年で路上風景が変わってしまう。2026年には、まったく異なった路上風景を、本欄でリポートしなくてはならないかもしれないのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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