第924回:農園の初代「パンダ」に感じた、フィアットの進むべき道
2025.08.21 マッキナ あらモーダ!なんで、こんなに複雑に
冒頭から個人的な経験で恐縮だが、わが家の欧州製小型車は、ここのところ毎月トラブルに見舞われている。エアコンのガス抜け、タイミングベルト切れ、メーター内液晶パネルの故障などなどである。これらは17年落ちだから仕方がないと諦めるしかない。
いっぽう困惑したのは、ドアミラーに内蔵されるサイドターンランプの故障だった。在庫を解体工場数社に問い合わせたところ、同じ車種用でも数種あるうえ、わが家のクルマのように電動格納式だと、内部にあるケーブルの本数を正確に確認しないと適合パーツが特定できないという。ただし、それはある程度分解しないとわからない。一縷(いちる)の望みを託してディーラーのサービス工場に行ったが、プリンター出力された情報は円換算で10万円近いユニット交換(工賃含む)が前提で、ケーブルの本数まで仕様は明記されていなかった。
最終的に、知り合いのメカニックにイチかバチかの荒療治を敢行してもらい、サイドターンランプは復活した。1万8000円なり。ちょっと古いクルマのように、サイドターンランプがフロントフェンダーに付いていれば、ついでに言えばドアミラーが電動格納式でなければ、どんなに解決に至るまで楽だっただろう。気がつけば、なんで自動車はこんなに複雑になってしまったのか。そう嘆く筆者に、一筋の道を示すようなカーライフに、先日出会った。
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通勤から農作業まで
場所は中部シエナ県のカステッリーナ・イン・キャンティ村。イタリア屈指の高級ワイン「キャンティ・クラシコ」の生産地である。そこにある「ラ・クローチェ」は家族経営のワイナリーだ。風光明媚(めいび)であることに加え、200台近く駐車できることから、近年はツーリングなど自動車系イベントの行程にもたびたび盛り込まれるようになった。
創業2代目のセルジオさんは1949年生まれ。2025年で76歳である。彼は語る。「私たちの家族はイタリア国家統一の時代、つまり1860年代から農業を営んでいました。地元の教会の記録にも残っています。当時は小作農でしたが、1969年に小さな農場を手に入れました。それが農園の始まりです」
その農園は、後年徐々に拡張。現在の総面積は140ヘクタールに達する。調べてみると、東京ディズニーランド(51ヘクタール)の約2.7倍だ。
セルジオさんは70歳代後半とは思えぬほど、かくしゃくとしている。「私はいつも元気。朝は5時半起きです。朝食は、従業員が来たあとの9時ごろ。昼食後、夏は暑いので2~3時間昼寝をしますよ。いっぽう冬は気温が低いので、一日中働きます」
セルジオさんの自動車ライフについて聞く。免許を取ったときの最初のクルマは? 「『フィアット1100』でした」。1100とは第2次大戦をまたいで歴史を重ねた小型車シリーズで、伝説的エンジニア、ダンテ・ジアコーザの設計による。戦後はモノコックボディーをいち早く採用した。
過去約30年間の相棒は、ずばり初代「フィアット・パンダ4×4カントリークラブ」だ。1992年モデルイヤー以降の、初代シリーズ3(もしくはシリーズ2の後期型)である。エンジンは4気筒1108ccの54PSで、カタログ値による最高速度は130km/hだ。「実は、その前にも2輪駆動のパンダを1台乗っていました。それからの買い替えです」
カントリークラブとは、シリーズ3投入とともに4×4に設定されたバージョンで、専用のガーニッシュや内装をあしらった、いわばデラックス仕様である。
セルジオさんは自邸からの移動も、農作業もすべてパンダ4×4でこなす。短所は、「最低地上高がノーマル仕様よりやや高いとはいえ、ときおり石でフロアを擦ってしまうこと、2~3年に一度はショックアブソーバーを交換しなきゃならないこと」と語る。「でも大きな故障とは無縁です」。わが家のクルマと異なり、シンプルであるがゆえに間違いない。「最大の長所は、雨が降って土がぬかるんでいても、ブドウ畑の奥の奥まで走っていけることです」。そして「ぬかるみにはまっても、一度もほかのクルマに助けてもらったことはありません。代わりに他車が溝に落ちるたび、このクルマで引っ張り上げてやるんです」と笑う。
かつて、「フォード・モデルT」の多くは乗用車としての役目を終えたあと、米国の農村でトラクターとして使われていたという。東南アジアでは、トラックから降ろされたいすゞ製ディーゼルユニットが、船舶などの汎用(はんよう)エンジンとして使われるという話を聞く。セルジオさんのパンダは、それらに匹敵する活躍ぶりだ。いや、それらを超えている。なにしろセルジオさんは、パンダ4×4でちょっとした買い物もこなすのだ。
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これぞ人々が求める姿?
初代パンダ4×4の生産終了から四半世紀。セルジオさんのものと同型のパンダ4×4カントリークラブは、1万4000ユーロ(約241万円)のものがインターネット上でみられる。コレクターズアイテムとしての価格であって、道具としての値段から逸脱している。
「将来パンダ4×4が再起不能になってしまったら、次は?」という筆者の質問に、セルジオさんは「『スズキ・ジムニー』かな」と答える。ただし、こちらも現行型の人気に乗ずるかたちで、走行10万km超えの先代でも6000ユーロ(約103万円)が相場である。即座に後継車と決定し、パンダ4×4同様に酷使するには勇気がいりそうだ。
最後にセルジオさんは筆者をパンダ4×4に乗せてブドウ畑を案内してくれた。参考までに、2025年は雨量が少なかったため、ワインの出来は良好になりそうだと語る。
やがて「このあたりのブドウは1969年に植えたものです」と教えてくれた。つまり、小作だった家族が念願の農園を手に入れたときから育ててきたものだ。パンダ4×4といい、手入れしながら大切にしてゆくライフスタイルを、それも説教くさくなく筆者に示してくれていた。
今日は、初代パンダの時代とは安全基準も環境基準も大きく異なっている。それを承知で言わせてもらうと、限りなくシンプルで、最低限のメンテナンスを怠らなければひたすら動き続ける、そうしたクルマが今日のイタリアでは見当たらない。ついでに言えば、パテやFRPによる無数のDIY補修跡がさまになるクルマもまれだ。セルジオさんのパンダ4×4カントリークラブを眺めていて、「実はこの国の人々は、フィアットという国民的ブランドに、そうしたものを求めているのではないか」と思えてきた筆者なのであった。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA, ステランティス/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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