ホンダの全固体電池パイロット工場を見学! 開発の最前線で感じた量産までの距離感
2024.12.06 デイリーコラムライバルに対して一歩リード?
さる2024年11月21日、ホンダが全固体電池のパイロットプラントを2025年1月から稼働させると発表しました。
その場所は栃木県さくら市。レース好きの方ならピンとくるでしょう、ホンダ・レーシング(HRC)の本拠の一角に、延べ床面積にして2万7400m2の工場を建設したといいます。面積ベースでいえば、おなじみ東京ドーム換算で約0.6個ぶん。もはや立派なプラントの広さです。これまで見てきたトヨタや日産の全固体電池の研究施設とは、スケールが全然違います。
もっとも、短期中期的な技術開発にまつわる戦力開示は、情報戦の一面もありますから、規模だけの比較はあまり意味をなさないかもしれません。いっぽうで、このタイミングでこの規模の実証プラントを報道陣にさらして動かすというホンダの本気が、他社にとってなんらかのプレッシャーとなることも想像に難くありません。
ちなみにこのパイロットプラントへの投資額は約430億円と発表されていますが、そのうちの4割以上はNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のグリーンイノベーション基金から出資されています。すなわち、ここでの全固体電池の製造技術確立にまつわるノウハウの一部は、NEDOを通じて日本の共有資産として運用されます。今や電池は経済安保上の戦略物資ゆえ、こういうかたちも採られるわけですね。またこの大きなパイロットプラントには、さまざまな会社の工機や設備などが詰め込まれているのですが、おのおのに社名は記されていません。公共性が求められる事業のため、表からは見えないようにマスキングしているそうです。
「Honda 0」にも全固体電池が積まれるかも
ところで、ホンダはこのプラントを、生産技術の確立後も量産ラインへと切り替えるつもりはないといいます。継続的な進化のためにいろいろなトライを繰り返す研究開発の拠点とし、その成果を別途用意する量産ラインへ転用するというのが描かれたシナリオです。そのうえでも設備の規模感が製造工場と同等という点が、ノウハウのスライドを素早く実現するうえで重要だということでした。
ホンダでは約15年前から全固体電池の研究を開始し、4年前にはこのパイロットプラントの構想が浮かんでいたといいます。全固体電池はエネルギー密度の高さや性能安定度、温度耐性、大電力の出し入れなどの点で、液体系電池に対する明確な優位があり、このパイロットプラントで2020年代後半の製造を目指す全固体電池については、同等性能のリチウムイオン電池に対して、体積で50%、重量で35%、コストで25%の低減を目指しているといいます。
ただし、従来のリチウムイオン電池がいきなり全固体に置き換わるという話ではなく、そちらの投資回収やコスト低減なども進めながら、適材適所で配していくというロードマップが描かれているようです。いっぽうで、具体的な車種への言及はなかったものの、今後のアーキテクチャーへの全固体電池の搭載は想定しているということで、たとえば「Honda 0」シリーズでの展開も考えられるかもしれません。
新しい電池を実用化する難しさ
全固体電池の生産ラインは、その入り口である活物質(電池の正極/負極に使われる、酸化/還元を担う物質)と固体電解質をスラリー化する混練の工程から、新しい試みが組み込まれています。これまでは小分けにして合体させることで混ざり具合を均一化させていたところを、インライン式の連続混練で工数を削減。さらにスラリーを金属箔に塗工する工程は、正極と絶縁層を間欠で塗工し、そこに負極を貼り付ける工程をロールプレス化して一気に生産性を高めようという挑戦的な内容となっています。また、見学に際して白いツナギやマスク、ヘアキャップの装着を求められたことからもわかるとおり、ライン内は食品工場並みの衛生状態で管理。メモ用のボールペンも指定されたものを使うなど、塵埃(じんあい)への対策は徹底されていました。
撮影・スケッチなどが一切不可だったためにお伝えするのが難しいのですが、生産工程はスラリー塗工から乾燥、折り返してのロールプレスによる圧着までが一本化されるため、ラインの出発地点は大きな金属箔のロールがドンと居座る、印刷所のような見た目でした。スラリー塗工後の乾燥工程がざっと100m以上はあるだろう長さで、その後のロールプレス工程を経て全固体電池のひな型となるまでに、恐らく金属箔は、出発時から400mくらい引き回されることになると思われました(正確な数字は発表されておらず、あくまで個人の目測的印象です)。
しかし、その400mの間に、塗工や正負極のプレスといった緻密な工程を正確にクリアするのは、素人目にもかなり難しそうにうかがえます。実際、工程を説明してくれた担当者も、ラインが立ち上がったばかりの現状では課題が山積していることを正直に吐露。新しい電池をモノにするには、反応という化学を克服する以外にも、装置類の適切なコントロールや新しい加工へのトライなど、生産技術側にも相当な革新性が求められるのだなあと実感しました。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業/編集=堀田剛資)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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