全固体電池の開発はいま何合目? 未来を見据えた日産の技術開発の現在地
2024.04.26 デイリーコラム研究開発は“生産技術”の段階へ
日産の“発祥の地”である神奈川・横浜工場に、2028年度の実用化を目指す全固体電池の、パイロット生産ラインが建設されている(参照)。今回、その建設中の工場がメディアに公開されるとともに、開発の進捗(しんちょく)などが解説されたのでリポートしたい。
このパイロット生産ラインの本格稼働は2025年3月を予定しており、現在のところはクリーンルームや付帯装置設置などの準備段階にある。約1万平方メートルにおよぶ広大なスペースには柱やダクトが配置されているだけで、壁で仕切られている空間もごく一部にすぎなかった。いまは完成後の姿は想像するしかないが、施設稼働のあかつきには、いよいよ全固体電池の生産技術の開発が、本格的に始まることとなる。
日産の計画によると、全固体電池の開発は「研究フェーズ(材料設計)」が佳境を迎え、「先行開発フェーズ(セル/パック構造設計)」「生産技術開発(EVセルプロセス設計)」の段階にある。この先には「車両技術開発」と「電池プロジェクト開発」が控えており、2026年には公道での検証も始まる予定だ。次のステージへ進むにあたり、このパイロット生産ラインの立ち上げが大きな一歩なのは間違いない。
そんな日産の全固体電池だが、充放電の出力やエネルギー密度を重視して、硫化物系の固体電解質とリチウム金属の負極材を採用するのは既報のとおりだ。今回の説明会では、これらを用いた電池を実用化するうえでの、材料やセル、製法などにおける技術課題のブレイクスルーが紹介された。
おおまかに言えば、「硫化物系固体電解質の使いこなし」「リチウム金属負極の使いこなし」「電極材料の均一性確保」「電極材料の均等加圧工法の開発」「低電力の超低露点環境の構築」「ラボ仕様から車載仕様へ」といったものだ。
全固体電池の開発にまつわるブレイクスルー
そもそも全固体電池は、固体電解質でできたセパレーターを、正極材と固体電解質の粒子を混ぜた正極と、負極材と固体電解質の粒子を混ぜた負極で挟んだ構造となっている(参照)。このうち、正極/負極は活物質(上述の正極材/負極材のこと)と硫化物系固体電解質を撹拌(かくはん)してバインダー(接着剤)で固めてつくるのだが、日産では粉体工学の知見を駆使して固体間の接触面積を最大化。また、一般的なバインダーでは物質の表面を広く覆ってしまい、リチウムイオンの移動が阻害されるところを、繊維状のバインダーを使うことでその移動をさまたげないようにしている。これが、前項で述べた「硫化物系固体電解質の使いこなし」である。
次いで「リチウム金属負極の使いこなし」は、充電時に負極側に析出するリチウム層を均等にするための技術だ。日産の全固体電池は、充電時にリチウムが、正極側から固体電解質を経由して負極側に析出する。逆に放電時はリチウムが正極に移動するため、負極側のリチウム層がなくなる。ここで重要となるのは、充電時に析出してできるリチウム層が均一であることだ。これに偏りがあるとリチウムイオンの流れにホットスポットが生じ、電池の寿命が縮んだり、最悪の場合はデンドライト(樹枝状に析出したリチウム金属)が発生して電解質の層を突き破り、ショートしたりしてしまうのだ。そこで日産では、固体電解質と負極の間に、電気の流れを均一にする伝導体の中間層を設置。これにより均一なリチウム析出が実現できたという。
また充放電にともなう電池の膨張・収縮を吸収するため、バネやモーターに頼らない新しいパッケージ機構も採用。セルの構造体積を約70%も低減し、電池のコンパクト化・高エネルギー密度化を実現しているという。
緻密な製造技術と繊細な生産環境
「電極材料の均一性確保」「電極材料の均等加圧工法の開発」は、ともに製造技術における課題のブレイクスルーだ。既述のとおり、正極/負極は活物質の粒子と固体電解質の粒子を混ぜて固めてつくるのだが、活物質の分布が均一でなければ電極の均一性は保てない。電極に圧力をかけて組織を緻密化する際にも、加圧が不均一では同様の問題が生じる。そこで日産は、材料の撹拌や粒子表面のコーティングなどの方法を工夫。粉体シミュレーションなどの技術を駆使して独自のプレス技術を開発し、均一かつ平滑な電極の製造方法を確立したという。
素材、設計、製法ときたら、次は生産環境に関する技術だ。リチウムイオンバッテリーは製造時に水分を嫌う。品質問題の原因になるし、発火・爆発といった事故を引き起こすこともあるからだ。まして日産の全固体電池は、水と反応して硫化水素を発生する硫黄系の物質を電解質に用いているのでなおさらだ。そのため、製造現場では低露点といって空気中の水分を減らす必要がある。「低電力の超低露点環境の構築」とは、電力の消費を抑えつつ低露点・超低露点の生産環境を整える技術なのだ。通常なら工場内にいわゆるドライルームを構築して、そのなかに生産設備を置くところを、今回のパイロット生産ラインでは、超低露点環境、低露点環境、クリーンルームと細かくエリアを分けることで、より少ない電力で必要な環境を構築する方法がとられた。
最後に「ラボ仕様から車載仕様へ」は、実験室で実現できた性能を、量産品でも実現することを意味する。日産の全固体電池については、現時点で充放電特性は目標を達成(=車載スペックのものでもラボスペックのものと同等の性能を達成)。また、ラボ用施設における試作品の良品率は、2022年上期の0%から、2022年下期には25%に、2023年には100%にまで高められたという。
長くなってしまったが、今回発表された全固体電池のパイロット生産ラインの立ち上げは、こうした無数の技術的ブレイクスルーを経て実現したことなのだ。
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未来へ向けたさまざまな新技術
また今回の説明会では、全固体電池以外にも、次世代EVなどに使われる新技術が紹介された。「ギガキャスト」「次世代モジュラー生産」「サマリウム鉄磁石」「新構造廉価インバーター」「アルミ平角線モーター」といったものだ。
「ギガキャスト」については、他社でも研究・開発、あるいは実用化されている技術なので、報道などでご存じの方も多いだろう。メンバー類などのボディー構造を、ひとつのアルミの鋳物で済ますという技術だ。複数の鉄の部品を組み合わせるよりも軽量化が望めるもので、日産では開発中の接合技術とも合わせ、低コスト化、軽量化、剛性の最適化を目指すとしている。
次いで「次世代モジュラー生産」は、新しいクルマの量産方法である。これはEVにとって“床”となるバッテリーユニットの上に内装などを取り付け、最後に上屋となるボディーと合体させるというものだ。ボディーをつくってしまった後で人が潜り込んで内装などを取り付けるより、組み立ての労力が少なくて済むという。またメインラインが短くなり、サブラインが長くなることで、より柔軟な勤務態勢を構築できる点も重要だ。人手不足が深刻化する製造現場にとって、子育て層やセカンドキャリア層にも働いてもらえる環境の整理は、喫緊の課題だからだ。
いっぽうで、残りの3つは電動車のパワートレインに関する技術である。「サマリウム鉄系磁石」は、低コストかつ安定的な生産を可能とする次世代磁石だ。産地に偏りがあるネオジムなどを使っていないため、長期的に安定した素材の確保が期待できるという。次いで「新構造廉価インバーター」は、複数の汎用(はんよう)品の半導体を使うことで、これまで専用開発していた半導体に代えるというもの。目的はコストダウンと調達の安定化だ。最後に「アルミ平角線モーター」は、ステーターの導線に銅ではなくアルミを用いたモーターである。銅の価格は過去20年で5倍にも高騰しており、資源リスク回避のためにアルミで代替しようというのだ。これらの技術の実用化は、本当にEVの大量生産を考えるのなら必須といえるだろう。
今回の見学会では、全固体電池のパイロット生産ラインそのものだけではなく、その中身となる全固体電池の開発の進捗、そして次世代EV関連の幅広い開発状況を知ることができた。自動車メーカーの技術開発は秘匿となっている部分が多く、なにをやっているのか、なかなか目にすることができないもの。今回はそれを知れる貴重な機会であり、またその説明を聞く限りは、将来へ向けた日産の研究開発は着実に進んでいるようだった。これらの技術が、量産車というかたちで世に出てくるのを楽しみに待ちたい。
(文=鈴木ケンイチ/写真=webCG/編集=堀田剛資)
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鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
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