第948回:変わる時代と変わらぬ風情 「レトロモビル2026」探訪記
2026.02.12 マッキナ あらモーダ!直前まで内容がわからない!
欧州屈指のヒストリックカーの祭典「レトロモビル」が、フランス・パリで2026年1月28日から2月1日まで開催された。
2026年は第50回という節目である。しかしながら筆者が最も困った回でもあった。毎回、このイベントは年明けにならないと主要各社の出展内容が発表されないのだが、今回はとくに遅かった。2025年末から関係筋に探りを入れても、詳しい内容について明かしてくれない。唯一、早くから公式リリースとともに「ぜひおいでください」と個人的に教えてくれたのは、ルマン優勝35周年を祝うマツダのフランス法人だけだった。ステランティスやルノーが正式に内容を発表したのは1月22日のことである。
結果として、イタリア在住の筆者がパリに飛ぶことを決めたのは、なんと開会2日前であった。このように詳細のリリースが遅れては、客入りが心配だ。投宿先のテレビは、フランスで1945年以来初めて死亡者数が出生者数を上回ったことを伝えていた。少子化に歯止めがかからないのだ。長年おじさんたちのワンダーランドだったレトロモビルは次の世代を獲得できずに、衰退してゆくのだろうか。そうした不安を脳裏によぎらせながら、ポルト・ド・ヴェルサイユの会場に向かった。
「エレキばかりのショー」から流れる
ところがどうだ。ゲート付近とパビリオンを結ぶ“動く歩道”の人波は途絶えることがない。その先では、おびただしい数の来場者が朝10時の開場時刻を待っていた。先にエンディングリポートの数字を示せば、5日間で18万1500人という過去最高の入場者数を記録した。
この盛り上がりには、いくつかのわかりやすい背景がある。ひとつは、リタイアした年金生活者の増加だ。彼らは平日でも時間がある。筆者の知人は初日と翌日の2日連続で訪れた。かつて仕事帰りや週末しか詰められなかった出展クラブのメンバーたちも、毎日のようにスタンドに立てるのだ。
第2に、若者のレトロ系カルチャーブームの影響があるのは明らかだ。ある若者のグループは、はるばるルマンからやってきたと明かしてくれた。また、ある若い女性は「車体色がもっとカラフルだった時代のクルマがたくさん見られて楽しい」と筆者に語る。彼らは会場でクルマだけでなく、脇に飾られたブラウン管テレビなどにもスマートフォンのカメラを向けていた。レトロモビルは、たとえクルマ好きでなくても、自分たちが知らない時代に浸れる格好の場なのである。
過去を振り返るなら、新型コロナウイルス感染症による規制もイベントの知名度向上に、遠回しながら貢献した。2023年、その規制が完全に解除されて初のレトロモビルは、それまでにない熱気に包まれていた。とくに週末、通路の一部は立すいの余地がないほどの盛況だった。普段、クルマに関心がなさそうな家族連れが多かったことから察するに、「なんでもいいから楽しいリアルな催しに繰り出したい」という渇望があったに違いない。そのとき、レトロモビルはディープな自動車愛好家の集いから、より一般的なイベントへと変貌を遂げたのである。
出展者からすると、以前よりモーターショーの存在感が薄くなった欧州で、レトロモビルのように人々に実車を見てもらえる機会は貴重だ。シトロエンは1月のブリュッセルショーで公開したばかりのコンセプトカー「ELO」をフランス初公開した。当連載第936回で紹介した、アルファ・ロメオ&マセラティの新プロジェクト「ボッテガフォリセリエ(ボッテーガ・フォーリセーリエ)」の責任者であるクリスティアノ・フィオーリオ氏も、筆者に「クルマが顧客の目にふれる機会は大切だ」と話す。また、筆者が会場で話した何人かの来場者のように、「電気自動車一色になってしまった今どきのモーターショーよりも、ここ(レトロモビル)のほうが面白い」というファンの存在もある。ゆえに、ヒストリックカーのイベントで最新モデルやコンセプトカーを紹介するという戦略は、けっして悪くないのである。
ドンキから貴金属売り場まで
さらに、今回からレトロモビルの本会場が新パビリオンに引っ越したのも、おおいにリフレッシュの効果があった(それによって従来とブースの位置が大きく変わったのも、各社の出展予告が遅くなった理由のひとつだろう)。具体的には、3階建ての会場のうち、1階は小さなクラブや部品店、2階はメーカー展示、そして3階は高級車スペシャリストやオートモビリア(自動車を題材にしたアート)だ。従来の平屋展開よりも、それぞれの分野の特徴がはっきりと分かれた。筆者などは地下に食料品売り場(より正確にいえば「ドン・キホーテ」のジャングルに近い)、途中階は服飾ブランド、上階には高級時計や貴金属の売り場がある、日本のデパートを想像してしまった。
実はもうひとつ、来場者数を押し上げる強力な起爆剤となった新イベントがあった。「アルティメート・スーパーカーガレージ」である。ブガッティ、マセラティ、ベントレーなどが、メーカーもしくはパリの販売代理店による出展というかたちで参加したほか、イタリアやフランスの小規模マニュファクチュール系コンストラクターも出展。ブランド数は合計16におよんだ。
実は、類似の出展は従来のレトロモビルでも見られたが、半独立イベントとすることで、より注目を浴びるようになった。レトロモビルにおける古参クラブの会長も認めるように、若年層の入場者増加に大きく貢献したのは間違いない。今後、他国でも参考にするヒストリックカーショーが現れるだろう。
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ある一台との邂逅
そうした目新しさのいっぽうで、古きよきレトロモビルらしさも50周年を機によみがえっていた。それは“巨大もの”である。かつては戦後のフランス領マダガスカルで走っていたミシュラン製タイヤを履いたレールバスや、歴史的商用車メーカーであるベルリエ製の50tトラックといった車両が来場者を驚かせた。「マハラジャが愛したクルマたち」特集のときには、本物の象が会場に搬入された。
今年はなにかといえば、ブガッティの全長23mにおよぶ鉄道車両である。同社は1929年の世界恐慌の影響で受注がぴたりとやんでしまった。そうしたなか、創業者エットーレ・ブガッティが活路を見いだしたのは鉄道車両で、高級車「ロワイアル」の200HPエンジンを4基つなげた気動車を開発する。今回展示されたのは88両製作されたうちの1両だ。
金曜夜のノクターン(夜間開館)にさまざまなクラブのスタンドを訪ねる。これまでは目をつぶっていても彼らがどのあたりに設営しているかわかったのだが、パビリオンが新しくなったので若干迷った。それでも見つけるとメンバーたちがいて、テリーヌや自家製ワインでイタリアから来た筆者を迎えてくれた。筆者がレトロモビルを最初に訪れたのは1996年。気がつけばイベント史の3分の2弱を共にしてしまったことになる。
最後に訪れたのは「3万ユーロ(本稿執筆時の円換算で約557万円)以下の中古車コーナー」だった。2024年には「2万ユーロ以下」だったことを考えると、1万ユーロも上限が上がってしまったが、出展車の多様性拡大にはやむを得ない措置なのだろう。
展示車が映えるよう照明が工夫されたメーカーや著名スペシャリストのブースとは異なり、パビリオンの天井に常設された明かりだけなので薄暗く、どこかうらぶれた雰囲気が漂う。その片隅で、筆者は1台のクルマに目を奪われた。黒と黄色のツートンカラーをまとった初代「ルノー・トゥインゴ」である。名門レストアラー、カロスリ・ルコックによるスペシャルだ。30年前、筆者が初めてレトロモビルを訪れたとき、まさに目にしたモデルである。当時人気絶頂だったトゥインゴをベースに、ルコックが修復を得意としていたブガッティ風のツートンカラーを施し、内装にも高級レザーをおごったものだった。泣く子も黙るレストアラーによる大衆車のドレスアップというコントラストが、大きな話題となったものだ。参考までに現在のルコックは、生前の創業者から2006年に事業を引き継いだ人物によるものである。
かつての“スター”と、このような場所で30年ぶりに邂逅(かいこう)するとは。興味本位で眺める若者たちの傍らで、「元気だったか」と思わず心のなかで声をかけてしまった。自動車文化を愛(め)でるわが人生で、最も訪問回数が多い年間行事がもたらしてくれた、小さな喜びだった。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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