世紀の英断か 狂気の博打か 「日産サクラ」の値下げに踏み切った日産の決断を考える
2026.05.01 デイリーコラムこのご時世に値下げとは
読者諸氏の皆さまは、このたびの「日産サクラ」のマイナーチェンジをどう感じられただろう? 技術的話題の乏しさに肩透かしを食らったか。このご時世に値下げなんてと、ド肝を抜かれたか。
既報のことなので詳述は避けるが、日産自動車は2026年4月16日、同年夏に発売する軽乗用電気自動車(BEV)サクラのマイナーチェンジモデルを発表した(参照)。その内容を見ると、20kWhの電池容量や180kmの一充電走行距離といった、性能面での改良はナシ。機能・装備ではAC100V/1500W電源を全車に採用したり、デザイン面では上位2グレードの顔まわりに手を加えたり……という変更もあったが、一番のトピックはやはり、価格の改定だろう。
上級グレード「G」では8万3000円の値下げを行い、BEVにして“300万円切り”の299万8600円を実現。さらに、エントリーグレードの「S」は244万8600円と、聞いて驚け15万円のお値引きをやってのけた。2026年度の同車のCEV補助金は58万円なので、実質購入価格は約187万円からという勘定になる。クルマも食費も光熱費も、自賠責の保険料さえ値上げされる昨今のニッポンにありまして、この英断。日産はスゴいよ。
ちなみに、最量販と見込まれる「X」グレードの価格は259万9000円で据え置きだが、こちらは、従来オプション扱いだった「インテリジェントアラウンドビューモニター」や、前席シートヒーター、ステアリングヒーターが標準装備に格上げされている。いずれも以前はセットオプションに含まれる装備だったので、具体的な足し算/引き算はできないが、これも実質、10万円近い値下げに相当するのではないか。
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変わりゆくメインオーナーの像
せんえつながら申し上げますと、性能アップではなく、お値引きでもってお客さまを呼び込もうという日産の施策に、記者は大いに拍手である。実家や親せき、朋友のマイカーを見ればわかりますよ。軽ユーザーのみんながみんな、そんな長い航続距離を必要としているわけではないのだ。それに、余分なバッテリーを積めばそれだけ値段は高くなるし、車重も増えるし、そのぶん電費も悪くなる。それでご近所しか走らないのなら、余分なバッテリー=貴重な地球資源を床下で死蔵することにもなるわけで、エコだロハスだの視点で見ても、この判断は地味に価値があると思う。
もちろん日産の狙いはおそらく別にあって、今年度は「BYDラッコ」(2026年夏)に「スズキ・ビジョンeスカイ」の市販版(2026年度内)と、強力なライバルの出現が控えている。そいつらが出てくる前に、稲穂をぜんぶ刈り取っちまおうというのが本音だろう。
実のところ、今回の値下げをもってしても233万3100円から294万0300円だった発売当時のお手ごろ価格には及ばないのだが(ああインフレが憎い)、現状、ゆいいつのライバルである「ホンダN-ONE e:」(269万9400円から319万8800円)と比べれば、サクラの価格帯は20万~25万円ほど安い。両車の補助金は一緒だから、一般にはこれがそのまま購入費用の差額となるのだ。
いっぽうで、この価格設定は通常のエンジン車をも意識したもののご様子。同門のモデルを例に挙げると、ハイトワゴンの「デイズ」が143万7700円から200万6400円、スーパーハイトワゴンの「ルークス」が167万2000円から234万8500円である(いずれもFF車のみ)。先述の補助金を勘案すると、サクラとルークスの価格帯はかなりオーバーラップしているし、さらに東京都などの上乗せ補助まで加味すれば、同じハイトワゴンのデイズと比べても、サクラのほうがお得、という事態になってしまう。……まあこの辺は、納税者として複雑なところではありますが(笑)。
サクラのマーケティングを担った戸井田聡氏によると、今日ではサクラの購入者の約6割が他の軽からの乗り換えで、次期マイカーを検討する過程で、BEVという選択肢が浮上するパターンが多いのだとか。当初は「軽BEVだ。ヤッター!」と飛びつくアーリーアダプターが主流だった購入層も、今やすっかり、普通の軽ユーザーとなっているのだ。価格改定や装備の拡充を主とした今回のマイナーチェンジの構成や、上述の値づけなどは、まさにそれを鑑みたものなのだろう。こうしたあたりは、さすがは日産、BEVのパイオニアといったところでありましょう。
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あと4年間、お値段で戦う気ですか?
このように、聞けば聞くほど計画的なサクラのマイナーチェンジだが、他方で昨今のBEV情勢を俯瞰(ふかん)すると、素人目に不安を覚えないわけでもない。いかんせん技術革新が速すぎる。ここまでのクルマの進化を、はたして4年前の日産は想定していたのだろうか。
既出のホンダN-ONE e:と比較しても、バッテリー容量20kWh、一充電走行距離180km(WLTCモード、以下同)のサクラに対して、あちらは29.6kWhと295km。両車のパフォーマンスには、実に1.5倍もの差があるのだ。さらに今後登場するモデルを見ると、BYDラッコはスタンダード仕様で約20kWhと200km超、ロングレンジ仕様で約30kWhと300km超を標榜(ひょうぼう)。スズキも270km超の航続距離をうたっている。「普通充電で3kW、急速充電で30kWまでに対応」という充電性能もライバルに譲るところがあり……残念ながら「BEVとしての基本性能」は、サクラがデビューしてからの4年で、世代がひとつ変わってしまったのだ。
むろん、日産としてもここをツッコまれるのは予想済みで、説明会では「購入されたお客さまの95%が満足している」とのこと。「いや、この性能も納得ずくで買った人たちなんだから、そりゃ満足率も高いでしょうよ」と思った私はひねくれ者で(笑)、確かに設備費を追加してまで6kW充電器を自宅に設ける人はまれだろうし、近距離中心の軽BEVで急速充電性能を頑張っても、その実利がビミョーなのも事実だろう。
ただいっぽうで、その“購入されたお客さま”は、ここ2年で3分の1以下にまで減っているともいうから(2023年度の3万4100台に対し、2025年度は1万0400台)、日産のこの弁もうのみにはできない。気になるのはむしろ「購入しなかった人たちの不満」で、そのなかで値札はどれほどの比重を占めるものだったのか? こうして記事をまとめていて、いまさら気になってしまった。
日産によると、昨今の各社のモデル攻勢もあって、日本でのBEVのシェア・販売台数は回復傾向にあるといい、戸井田氏も「伸びが期待できる国内市場で、ふたたび存在感を示したい」と息を巻く。そうしたつくり手の狙いに対して、今回の値下げがどこまで、いつまで効果を発揮するのか。先述した競合他車の進化に加え、なんなら価格競争にライバルが追従してこないとも限らないわけで、今後もずっと、お値段だけで戦い続けるのは無理があるだろう。
今回のマイナーチェンジがモデルライフの折り返しだとすると、サクラはあと4年、現役でガンバることになる。気の早い話だけど、日産が“次の一手”を用意していることに期待しています。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=webCG/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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