“うまく運転するための電子制御”に限界はあるか?

2026.05.12 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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トラクションコントロールをはじめ、現代の電子制御は非常に優秀だと思いますが、プロがそうしたシステムの介入なしで走るのと、最新の制御を使って運転するのとでは、どちらが速く走れるでしょうか? また、楽しさを奪わない制御のバランスなど、開発の場での苦労があればお聞かせください。

私がトヨタでABS開発に関わっていた1990年頃はまさに、そうした制御が介入することでドライバーに違和感を与えてしまうというのが問題になっていました。スキルの高いドライバーほど「介入がないほうが走りやすい」と言うことが多く、ABS(アンチロックブレーキシステム)などはその典型でした。

その違和感をなくすため、WRC(世界ラリー選手権)のラリードライバーなど超一流のプロのブレーキングを研究し、改良を重ねてきました。そのかいあって、今ではABSもトラクションコントロールも、プロに「邪魔だ」と言わせないレベルにまで進化しています。

安全性の面では、電子制御は圧倒的に有効です。人間が常に100%の緊張感をもって操作するのは不可能ですし、走行環境や路面状況の変化をコンピューターが常に監視して瞬時にブレーキ圧やアクセルを適正化してくれるメリットは計り知れません。

では、「速さ」でプロを上回れるのかという点はどうか? 当初は「ABSは4輪の油圧を個別にコントロールできるが、ドライバーはたとえプロでも足ひとつで4輪を一緒にコントロールしなければならないのだから、機械の制御が上回るはずだ」と思っていました。しかし、少なくとも私の現役時代は、機械は超一流のプロを明確に上回るレベルには達していませんでした。

理由は“先読み”の能力です。例えばABSは、タイヤの回転を見てから制御する“後追い”の仕組みなのです。一方プロドライバーは、ブレーキペダルを踏む前に目で路面を見て、路面の摩擦係数(μ)を瞬時に判断します。そして、4輪に最適な荷重がかかるように、ステアリングやアクセルの操作を組み合わせてからブレーキングを行う「フィードフォワード(先読み)」の操作をしています。この「見て、予測して、準備する」という人間の能力に、機械が及ばない部分がありました。

ただ、それも今では、カメラやレーダーで路面状況を先読みする技術がありますし、AI(人工知能)がプロの運転を学習することも可能です。カメラが路面の先を読み、それをAIがプロ並みの操作に反映させるようになれば……電子制御がプロのラップタイムを上回る日は、すぐそこまできているといえるでしょう。一部のスーパースポーツモデルなど、すでに「プロのドライバーを上回るシステム」をうたうものもありますね。

一般の人が通常の道路を走るぶんには、現在の電子制御はすでに限界に近い、完璧といえるレベルにあります。ただ、サーキットのように同じ場所を走るなら、路面状況を学習させることでさらに高い制御が可能です。

スポーツカーを運転する楽しさという観点からは、「なるべくシステムを介入させない」のが理想です。しかし、スピンなどの致命的な状況に陥るギリギリまで我慢してから介入しようとすると、どうしても挙動が唐突になり、違和感が残ってしまいます。そのため、「早い段階から、ユーザーに気づかれないように少しずつ介入していく」のが、今の洗練された制御のトレンドであり、開発者の腕の見せ所になっています。

もちろん、こうした細かなセッティングに莫大(ばくだい)な時間とコストをかけられるのは、限られたスポーツカーだけです。多くのクルマにとっては「安全第一」が正解ですが、こだわり抜くことで「楽しさ」と「速さ」を両立させるというのが、現代の電子制御開発の難しさでもあります。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。