「長く愛されるクルマ」の開発で大事なことは?

2026.09.22 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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「ユーザーに長く愛用されるクルマ」は、自動車開発のひとつの理想ですよね。その点、多田さんは、何が“長く愛されるクルマ”を実現するための条件、開発のキーポイントになるとお考えですか? 

これは質問の捉え方によって答えがだいぶ変わってくると思うのですが、「長く愛用されるクルマ」=「一度買ったらずっと、長期にわたって乗り続けたくなるクルマ」という意味でお話しします。実は……自動車メーカーにとっては、非常に微妙なところなんですね。

もちろん長く乗っていただけるのはありがたいことなのですが、自動車の会社も商売ですので、ある一定の期間でどんどん新しいクルマに乗り換えていただけたほうが、経営的にはありがたいわけです。

実際、新しいクルマを企画する時には「いかに早く時代の流れに乗ってたくさん売るか」「いかに買い替えを促すような要素を盛り込むか」という観点で取り組みます。何十年も買い替えてもらえないというのは痛し痒(かゆ)しで、ブランド価値を高めていくうえではありがたいことですが、メーカーが最初から「何十年も乗り続けてもらうこと」を目標としてつくっているかというと、そうではありません。

例えば、昔の「カローラレビン」「スプリンタートレノ」(AE86)のように、メンテンナンス・修理を繰り返しながら長く愛され続けているクルマがありますよね。そういったものは、メーカーが狙ってそうなったというよりも、偶然の要素や時代の移り変わり、そして何より「熱烈なファンの方々がそういう世界をつくり上げていった」結果なんです。

クルマは、新車として発売してからのスペアパーツ(サービスパーツ)を供給する期間があらかじめ設定されています。故障した時にいかに早く確実にパーツを届けられるかはクルマの価値を決める大事な要素で、トヨタのサービスパーツの供給網と迅速さは世界一だと関係者は自負しています。

しかし、パーツを保管し続ける倉庫の維持などには、膨大なコストがかかります。そのため、補給部品の保有期間が過ぎると、基本的にはパーツを廃棄処分することになります。AE86の時も、保管期限が切れて、最後はシリンダーヘッドのような大きなパーツを捨てることになりました。それこそマニアが見たら卒倒するような光景でしたが、背に腹は代えられない事情があるわけです。

ですが、その後、パーツ供給に対する熱烈な要望が多かったため、追加でパーツを再生産(再販)して復刻させるといった取り組みを行いました。メーカーとしてもそうした姿勢がブランド価値の向上につながることに気づき、最近ではトヨタだけでなく他社でも古いクルマのパーツを再生産する動きが広がっています。

では、結果として「長く愛されるクルマ」になるための条件や共通点は何なのでしょうか?

結論から言うと、「メーカーのお仕着せではないこと」、そして「ユーザー自身がカスタマイズ(改造)して楽しめる余白があること」です。

長く愛されているクルマを見ると、オーナー自身が自分の好みに合わせてかなり手を加えて楽しんでいます。それゆえ、後からカスタマイズや改造がしやすい構造になっているかどうかが、結果的に長く乗ってもらえるか否かにかかわってくるのです。

初代「86」(ZN6系)を開発する際、かつてのAE86や「シルビア」のユーザーに話を聞いて分かったのは、「ユーザーが自分でクルマをいじるのを拒否するようなメーカーの姿勢はまずい」ということでした。当時の自動車業界は、「メーカー指定以外のパーツを使って少しでも改造したなら、ディーラーでの整備は一切受け付けない」と明言していた冷たい時代でした。

そこで86についてはユーザーのカスタマイズを前提に開発し、デビューに際してもその点をアピールしました。「違法改造でなければ、どうぞ自分好みにいじって楽しんでください」というメッセージを出したのです。内装のパーツなどは取り外しがしやすい構造に設計し、ディーラー内にはカスタマイズの相談にのる専門スタッフや場所(AREA 86)も設置しました。

後にマイナーチェンジで足まわりに改良を施した際も、既存のユーザーがガッカリしないよう、「ボルト1本を交換すれば新型と同じ性能にアップデートできる」といった補修パーツを供給する仕組みを用意しています。

つまり、「長く愛されるクルマ」というのは、飽きない・壊れないといっただけの話ではなく、「時代やユーザーの好みに合わせて進化・カスタマイズできる余白があり、それをメーカーやコミュニティーが支えているクルマ」といえるでしょう。今どきのクルマは、普通に乗って適切に整備していれば、壊れて乗れなくなることなんてまずありません。だからこそ、「ユーザーが“自分仕様”に育てていける構造や環境があるかどうか」が、結果として長く愛され続けるクルマになるのだと思います。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。