日産マーチ12G(FF/CVT)【試乗速報】
4代目は「輸入車」 2010.07.27 試乗記 日産マーチ12G(FF/CVT)……146万8950円
全数がタイで生産され、日本に輸入されることとなった新型「マーチ」。話題は経済に集中しがちだ
が、中身も相当の力作だ。その実力をリポートする。
日本車はつらいよ
その国のクルマの底力を知りたかったら、スーパーカーや高級サルーンなんか見たってダメだと思う。企業の体力は、小型車にこそ一番強く出るからである。小型車はその国のモータリングの足腰。いうなれば自動車界の「水」であり「コメ」である。日産でいうなら「マーチ」がそんな存在だ。
にもかかわらず、マーチの生産は全数が追浜工場からタイ日産に移管されてしまった。これまでも「ホンダ・フィットアリア」や「スバル・トラヴィック」のように、タイから逆輸入される日本車はあった。しかし、基幹車種で、それもすべてというのは初めての経験である。日本は食料自給率が低い国だが、クルマ自給率まで下がるのか……そんな思いが、目の前の新型マーチの見え方を複雑にする。
日本には自動車産業に直接的・間接的に従事する就業人口は約515万人いるといわれる。生産が海外に流れると“産業の空洞化”が思いのほか速いペースで進むかもしれない。まずこれが怖い。また海外生産車が売れればメーカーの業績は上がるかもしれないが、従来のようにGDPの伸び(経済成長)とは直接関係しなくなってくる。これも大いに不安だ。しかし、1ドル=88円などという非常に厳しい円高と、ウォン安と品質向上で一気に実力を上げてきた韓国車の猛追によって、日本メーカーは四の五の言ってはいられない状況となってしまった。
思えばゴーン体制下の日産は、国内の系列部品メーカーとの関係を見直して、世界でベストのサプライヤーと取り引きするという“日本離脱”の姿勢を早い時期から見せていた。その辺に課題を抱えるトヨタやホンダに比べると、日産は良くも悪くもクルマ作りにおいてひとつ先のステージに行ってしまった感がある。前置きはこの辺にして、実際に新型に触れてみることにしよう。
微妙なズレ
新型のスタイリングは旧型と似ているようで、実はけっこう違う。何よりマジメだ。先代が不マジメだったとは言わないが、スタイリングのためには実用性が多少犠牲になってもいいという気配が、新型にはない。たとえば後席の居住性がそうだ。旧型はルーフ後端が丸みを帯びていたせいでヘッドルームの余裕がなかった。しかし新型ではルーフを後方に伸ばし、テールエンドの丸みを緩めた形状に改めたので、身長182cmの筆者でもきっちり座れるようになった。これから本格的なマイカー時代を迎える新興国でも、家族の幸せを運ぶことだろう。
前席に乗り換えると、「おやっ?」と思うところがいくつかあった。残念ながら、ダッシュボードの質感に不満なしとは言えない。素材の光沢感が強すぎてチープに見えるのだ。特にブラックのインパネでこの傾向が強い。もっとも、これはタイ製だからテカッているというわけではないだろう。この樹脂を使うかぎり、タイ製だろうが追浜製だろうが、フィニッシュは同じになるはず。技術ではなくコスト管理の問題である。
むしろ気になったのは、“擦り合わせ”の甘さである。インパネ中央部、エアコン吹き出し口の向こう側にチラッと見えるコンポーネントの継ぎ目。これが微妙にズレていて、とても気になるのだ。自動車というのは擦り合わせ技術の集大成である。メイド・イン・ジャパンは個々のパーツの優秀さもさることながら、そこでこそ巧みさで強みを発揮していたはずだ。それを失ったら、特に韓国車に対し、日本(に本拠を構えるメーカーの)車の立つ瀬がない。じきにカイゼンが進み、解決される問題とは思うが、今は厳しく「課題アリ」と指摘しておきたい。
頼もしい新型3気筒エンジン
新型には新しいVプラットフォームが採用されている。それだけではない。1.2リッターの直3エンジンが新設計で、アイドリングストップ機能もついており、それに組み合わされる副変速機付きのCVTも新しい。ついでにサスペンションも大幅に改良されている。つまり走りに関係する部分のほとんどが新しくなっているわけで、これはスタイリングにもましてすごいことだ。さりげなく「技術の日産」、復活である。
その目的は燃費の改善である。旧型に比べて37%も改善されており、FFのアイドリングストップ搭載車は10・15モードがクラストップの26km/リッターをうたっている。今回の試乗はひと枠が3時間と長く、高速道路を中心に92kmも走ってしまったが、車載の燃費計は13.6km/リッターを示していた。特にエコランもせず、無頓着に走ってこれなのだから、かなり良好と言えるだろう。
3気筒エンジンは低速から力強く、しかもレスポンスもいいので街中でとても乗りやすい。これは変速比幅で7段ATを超えるというCVTの存在あってのことだろう。吹かすと5000rpmあたりから「フォーン」と軽自動車を思わせる乾いた3気筒サウンドが響き、少々騒々しい。しかし、実際それほど回す必要性に迫られた場面は高速道路の合流ぐらいしかなかったので、さしたる問題にはならないはずだ。またアイドリング時の振動も、バランサーが効いているおかげでほとんど気にならなかった。
アイドリング振動が気にならなかったのは、アイドリングストップ機能が働いたからでもある。これも、止まってほしい時に止まり、動き出してほしい時にサッと動いてくれる、いい意味で“存在感のない”装備だった。停止すると1秒後にエンジンを止め、ステアリングに1.9Nmの操舵力を加えるか、ブレーキを緩めると0.4秒後にスムーズにエンジンを始動させる。交差点の右折でも、テンポよく働いてくれた。
“低ころタイヤ”の功罪
新型の乗り心地は、ソフトすぎず腰があり、適度なフラット感も演出されている。おおむね快適だ。ただしいくつかの“但し書き”あっての快適であることを断っておきたい。まず踏面は硬いがサイドウォールは柔らかい、いわゆる低転がり抵抗タイヤ特有の構造のせいで、路面が悪いとコツコツと細かな振動を伝え、しかもロードノイズを大きく伝えてくる傾向があった。
一方で速度が上がると、たとえば高速道路のレーンチェンジで、タイヤのねじれによってステアリングの反応がワンテンポ遅れるような手応えを示した。新型が元来持っている素直なハンドリングが見えづらくなってしまっているところがあり、これはちょっともったいないと思った。新型はキャスター角が旧型より立ち気味に設定されているという。軽量なボディとあいまって、本来フットワークが軽い、キビキビとしたクルマであるはずなのだ。新型をベースにしたマーチ・カップカーが作られたら、かなり面白いクルマになるだろう。
ちなみにステアリングのギア比は遅めで、しかもロック・トゥ・ロックは今どき珍しく3.5回転も回る。新型の開発者にその理由をたずねたところ、女性ユーザーを考慮した結果、こうしたとのことである。ギア比が速すぎて、直進時にノーズがちょろちょろと逃げるような過敏なクルマが少なくない中で、これはひとつの見識というか、乗っていてホッとさせられる。
また今回、「マーチボレロ」には台湾メーカーの「マキシスMA-307」というタイヤが装着されていたが、ザラついた硬さを感じさせない、しなやかな乗り心地という意味では、こちらの方がむしろ印象が良かった。「ジャガーXF」みたいなフロントグリルに抵抗を感じなければ、ぜひともお試しあれ。
(文=竹下元太郎/写真=高橋信宏)

竹下 元太郎
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