第115回:ヘンタイと言われても・・…・大矢アキオの瞼(まぶた)に残る、あのクルマたち
2009.10.31 マッキナ あらモーダ!第115回:ヘンタイと言われても・・…・大矢アキオの瞼(まぶた)に残る、あのクルマたち
911よりも928
「定番」という言葉は、今や一般用語になってしまった感がある。だが、もともとは服飾を中心とする小売業で、長い期間にわたりコンスタントに売れる商品を指す業界用語だった。クルマの世界にも定番と呼ばれるものが、いつの間にか出来上がっている。
その代表が「ポルシェ911」であろう。たゆみないリファインの積み重ねによって輝き続けている。
しかし、だ。ボク個人は、「ポルシェ928」(1977-1995年)が忘れられない。ポルシェ928のデビューは1977年。911のリアエンジンをあっさりと捨て、V8エンジンをフロントミドシップにし、トランスアクスルを介して後輪駆動するグランドツアラーだった。
ポルシェとしては911の後継として市場に定着させることを意図していたが、愛好者たちからはまったくの別物として捉えられてしまった。そのため、928は改良を加えられながらも、1995年にはカタログから消えていった。
デビュー当時小学生だったボクにとって、正直なところ911のスタイルは、カエルの化け物以外の何物でもなかった。そのいっぽうで928には、限りなきモダンさを感じたものだ。これまた前衛的なお椀型ヘッドランプを起こされた日には、失神しそうであった。
大人になってからも、知人の新人医師から「ポルシェだったら何がいい?」と相談されたとき、迷わず928を薦めた。
残念だったのは、彼が買った中古車の個体が相当“ハズレ”だったことだ。
以後今日まで、彼の医院に出入り禁止になっているボクだが、928を推したことは間違いではなかったと信じてやまない。
思い起こせば、1976年発表の「アストン・マーティン・ラゴンダ」も、衝撃的だった。その折り紙のような面構成は、正統派アストン愛好者にはちょっとインパクトが強すぎたようで、従来型2ドア・アストンと並ぶステイタスは得られなかった。
だが英国人デザイナー ウィリアム・タウンズによるスタイルは、イメージスケッチから飛び出てきたように伸び伸びとしていた。また、4ドアの高速サルーンでありながらリトラクタブルライトを備えていたのも、当時としては衝撃的だった。
プレミアムカーばかりが続いたが、巷にも「世の中じゃウケなかったけど、けっこうイケてたのに」というモデルがあった。その代表例が、「ルノー・フエゴ」である。1980年に登場し、ルノーが「R18」をベースに製作したフロントドライブのクーペである。
フロントおよびリアフェンダーにのびるプラスチックのモールは、目を半開きにして見ると、あたかもサイドウィンドウと繋がっているように見えるトリックだ。当時多くのデザイナーが描くスケッチに、こうしたアイディアはみられたものだが、本当にやってしまった大胆さよ。
テールゲートにも、従来のルノーのイメージからはかけ離れた、大胆なカーブドグラスが使われていた。デザイナーは何を隠そう、名車「シトロエンSM」や「GS」そして「CX」を手がけたロベール・オプロン(1932−)である。彼はシトロエンのあと入社したルノーで、このフエゴのほか、当時のトップモデル「25」も手がけた。
フランス市場ではそこそこウケて、その証拠に1992年まで生産された。だがルノー=実用車のイメージが強い国外で、知名度はついぞ上がることはなかった。
ちなみにボクが住むシエナでは、アフリカ系のお兄さんが10年ちょっと前まで赤いボロボロのフエゴを得意げに乗り回していたが、その後消息を絶ってしまった。
帰国子女好きには、たまらない
日本車にも、世間のウケはそこそこでも、ボクの心に刺さったモデルは数々ある。そういうクルマが好きだというと、ヘンタイ呼ばわりされることがあるが、よーし、ボクが受けて立とう。
たとえば、「トヨタ・アバロン」(1995-2000年)である。
アメリカのトヨタ技術センターで開発され、生産もアメリカ。滝川クリステル登場以前から帰国子女に萌えるボクとしては、大いに惹かれる経歴であった。
そんな冗談はさておき、全長4845mm×全幅1785mmという、当時のクラウン4ドアハードトップを上回る余裕のサイズでありながら、親父グルマ的華美な装飾や過剰な装備とは無縁なのが潔かった。その寸法は、ひたすらゆとりある室内空間に向けられ、FF車ならではの低いフロアトンネルでさらに、それは強調されていた。デカいが、飾り立てず、さりげない。サイズこそ違えど「フォード・クラウン・ビクトリア」や「シボレー・カプリス」に似た「粋」がそこにあった。ボク自身、もしイタリアに渡らず日本に住んでいたら、1台買ってしまっていたかもしれない。
もう1台瞼に残る日本車は、「トヨタ・セラ」(1990-1995年)である。おなじみガルウィングドアのクーペだ。幸運にも記者発表会に立ち会えたボクは、その前身であった1987年デビューのコンセプトモデル「AXV-2」が、まさかこんな形で市販化されるとは……と感慨深かったものだ。
ベースは単なる「トヨタ・スターレット」だ。でもその手法は、なんでもない大衆車からスタイリッシュなスポーツモデルを造り上げるのを得意とした、往年のフィアットを彷彿とさせた。
セラには思い出がある。東京での編集部員時代のことだ。上司に連れられ、往年に軽量スポーツカーを手がけた名エンジニアを訪ねたことがあった。ボクがそのとき発表されたばかりの「セラはどうお感じですか?」と質問したところ、エンジニアからは「あんなものがいいと思いますか!」と吐き捨てるような答えが返ってきた。
軽量化に命を賭した航空工学から自動車業界に転身した方だったので、重いカーブドグラスを抱えたセラなど、何とも幼稚な遊びに映ったのだろう。しかしどんなクルマにも技術的チャレンジがあり、必死に開発した人たちがいる。そして、理詰めでないものに安らぎを感じるボクである。だからボクは「それでもセラが好きだ」と心の中で呟いたものだ。
同時に、いくら好きでも、買う勇気がなかった当時の自分が悔やまれる。先日、水道橋界隈でセラを偶然見かけたとき、昔ついぞ告白できなかった女友達に再会したような気持ちだった。
とにかく今もアバロンやセラをお持ちの方、過去に乗っていた方、いずれもボクは、そのセンスに敬服します。
あんなクルマ、また出てこないかな
繰り返しになるが、今回ボクが挙げたクルマたちは、いずれも市場では大ヒット作とはならなかった。でも考えてみてほしい。ポルシェ928の教訓がなければ、よりライトな方向に振ったボクスターは誕生し得なかっただろう。「折り紙」ラゴンダがあったからこそ、アストン・マーティンは今日話題の「ラピード」まで4ドア高速サルーンの伝統が繋がった。実用車が多いルノーにもルノー・フエゴのようなモデルがあったからこそ、今日の「ラグナ・クーペ」もあると信じている。
それらのスタイリング的チャレンジは、近年アメリカのメーカーでブームとなった、往年のモデルをモティーフとした懐メロリバイバルより、ずっと健康的である。
アバロンも、アメリカでは国産ブランドのユーザーを、トヨタディーラーに引きつけることに貢献し、トヨタのイメージを従来の「安くて便利な小型車」から、「高品質なファミリーカー」に押し上げることに寄与した。
さて、セラの功績は? それを語るには、新車当時の東京モーターショーでのひとコマを語ろう。セラを見つけた外国人ジャーナリストが、脇に立っているコンパニオンに「これはショーカーか?」としきりに聞こうとしていた。ボクは、かわりに「もう売ってますよ」と彼に答えた。ショーカーのようなクルマを、それも手が届く値段で売っている国。ボクにとってセラは、クルマの国・日本に生まれた誇りを感じさせるクルマだったのだ。
そんなワクワクするような市販車、また出てこないものだろうか。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=PORSCHE、ASTON MARTIN LAGONDA、RENAULT、トヨタ自動車/協力=CGAS)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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