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第77回:この冬「人間ゲレンデバーゲン」になったワタシ

2009.02.07 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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第77回:この冬「人間ゲレンデバーゲン」になったワタシ

紐靴コンプレックス

ボクは「靴の紐」にいい思い出がない。
皆さんにも経験があると思うが、小学生時代、成長につれて体育の時間に履く運動靴が「紐のついた靴」しかなくなってしまったのが、そもそものきっかけだ。

みんな学校指定の靴店に行って買うのだが、そこにやたらうるさい店主の親父がいた。紐がきちんと結べるようになるまで帰してくれないのである。
「ほどけた紐が原因で、転んでケガをさせないための親心。ありがたく聞いておけ」ということだろう。
しかしその厳しさといったら、いくらボクが子供だからといって、客に対する態度ではなかったのだ。靴店にとどまらず、写真店、自転車店など、昔のハイカラ商売には当時そういうムードが漂っていたものだ。

なぜ人が宇宙に行くようになっても、靴の紐だけはそのまま技術改良がされず放置されているのか? そんな疑問をもったボクは、大人になるまでプライベートでもできる限り紐靴を避けるようになり、たとえ紐がある靴も解かずに履くようになってしまった。
おかげで2級小型船舶免許も、試験科目に「ロープもやい結び」があるのを知って受けるのを断念した。

レナート家の「フォルクスワーゲン・パサートV5 4モーション」。
レナート家の「フォルクスワーゲン・パサートV5 4モーション」。 拡大
家族で歩く。今見ると、子供までいい靴を履いてるなぁ。
家族で歩く。今見ると、子供までいい靴を履いてるなぁ。 拡大

スイス人の「散歩」に注意

さて昨秋のことだ。スイスに住む友人レナートの一家を訪ねた。着いた翌日、レナートは「ちょっとパッセッジャータ(散歩)しよう」と言う。
イタリアで散歩といえば、街なかをブラブラ歩いて人と会ったり、ウィンドウショッピングを楽しんだり、ジェラートを食べたりすることを意味する。ところが、レナートたちは愛車の「フォルクスワーゲン・パサートヴァリアント」にボクを乗せるではないか。そこいらをうろつくのかと思ったら、そうじゃないらしい。
そして、隣村に着いた彼らは、登山口に向かって歩き始めた。「散歩」と言われてついてきたのだが、結局山歩きは3時間半に及んだ。新幹線のぞみに東京から乗れば、とっくに岡山を通り越している時間である

それも途中、食堂で昼をとった以外は、ただ歩いていただけだ。彼らの“散歩”は半端じゃなかった。スイス人が好きな“ヴァンデルンク”(Wanderung:山歩き)というやつだったのである。これからスイス人と国際結婚しようとする人は覚悟しておいたほうがいいだろう。

そしてその晩、レナートの高校生になった長男が「去年買ったけど、ひと冬で小さくなっちゃった」と言いながらトレッキングシューズ、つまり登山靴を倉庫から出してきた。

10年前知り合ったときはまだ子供だったというのに、もはや立派な大人。サイズを見たらボクと同じだったので、履いてみるとぴったりだった。そこで彼はボクにその登山靴をプレゼントしてくれると言い出した。
山歩きどころか、前述のとおり紐付き靴を極力避けながら人生を歩んできたボクである。最初は断ろうかと思った。が、「タダ」と聞くと弱い性格ゆえ、とりあえず頂戴して帰ることにした。

イタリアに戻って調べてみると、そのトレッキングシューズは「メレル」というアメリカのブランドだった。アウトドア派の間では人気のブランドであるらしい。
価格は円にして1万円台で日本で販売されていることが判明。普段履く靴以外にお金をかけたことのないボクは、「え〜、これで1万円超え!」と驚いたものの、山歩きなどしないので物置に放り込んでしまった。

途中、に眼前に開けた湖。
途中、に眼前に開けた湖。 拡大
帰りがけ、無人販売所でひまわりを収穫。どこまでも健康的。
帰りがけ、無人販売所でひまわりを収穫。どこまでも健康的。 拡大

もれなく「ファイト一発!」の夢が

そんなボクを改心させてくれたのは、年を越えてからだった。この冬、イタリアは例年にない寒さとなったので、日頃そんなに厚着をしないボクも防寒具に頭をひねるようになった。
松本零二先生のごとくニット帽を被り、「モジモジくん」になるのを覚悟で女房から借りたスパッツを履くと、それなりに体感温度が改善された。それでも街に出て、石畳を歩くと、まだ足元からジワーッと寒さがやってくる。欧州に住んでいる人だけがわかる物悲しさである。

そこで思いだしたのが、例のメレルのトレッキングシューズだ。履いてみるとポカポカと温かい。にもかかわらず通気性が良くムレない。そしてたとえ街なかの買い物であろうと、クッション性が高く、いくら歩いても疲れないではないか。
実は例のスイス訪問には、イタリアのメルカートで買った6ユーロの安物運動靴で臨んだ。だが、もしメレルを履いていたら、ヴァンデルンクももっと楽だったに違いない。もっと早く譲ってほしかった。

やはりよいといわれるものは、それなりに理由があるのだとあらためて思った。サングラスの「レイバン」を初めて使ったときもそうだ。単なるブランドと思いきや、実はトンネルの中やイタリアの強い炎天下での視認性は、そこいらのサングラスとは天と地ほど違うことに気づいて衝撃を受けた。

メレルに関して言えば、アウトドア派読者から「そんなことも知らなかったのかよ。バカでェ」と言われるかもしれない。しかし、それまで自分が関心がなかったジャンルのアイテムで開眼する喜びの度合いは、新しいクルマと出会うのと同等のものがある。

いいトレッキングシューズは、その快適さと同時に「もしかしたら『ファイト一発!』のCMに出てくるような山も踏破できるかも」という夢が、もれなくついてくる。まさに自分がメルセデス・ベンツのクロスカントリー「ゲレンデバーゲン」になったような錯覚を起こさせてくれるのである。

ただし、本記事はタイアップでもなんでもないので勝手なことを言わせていただけば、メレル製トレッキングシューズのデザインは街なかではいかんせんゴツい。散歩ついでにちょいと洒落た店に入るには、A.シュワルツネッガーのような体格でないと、靴ばかりが目立ってしまう。
そして険しい山でも足に完全にフィットするように作られているため、不精して紐を解かないで脱ごうとすると結構な力を要する。これまたアウトドア派から「お前には履く資格がなーいッ」と言われそうだが。ああ、イタリアにお座敷食堂がなくて良かった……。

(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

ひまわりの無人販売所があるそばで「不発弾を発見したら触らず、目印だけして通報せよ」の告知看板も。
ひまわりの無人販売所があるそばで「不発弾を発見したら触らず、目印だけして通報せよ」の告知看板も。 拡大
今年はイベントの景品でもらったニット帽も被ってます。
今年はイベントの景品でもらったニット帽も被ってます。 拡大
頂戴してきたメレルの靴。ついでに手前は愛用の防寒スパッツです。
頂戴してきたメレルの靴。ついでに手前は愛用の防寒スパッツです。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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